第9話 おつりなんかいらん
マイルと同じように屋根に登って追いかけようかと思ったが、どうやらそれはできない仕様らしい。
仕方がないのでマイルが逃げたであろう方向に向かって僕も走り始める。
すでに町は夜になっていた。人も少なくなって、見かける多くの人間がマイルを追っているであろう警察官だった。
『いたぞ!』警官の叫び声。『上だ!』
言われて上を見ると、影が見えた。
屋根から屋根に飛び移る巫女服の女性。袋を背負ったその姿は間違いなくマイルだった。
それから発砲音が聞こえる。どうやら拳銃というものが存在する世界らしく、警官たちがマイルに向かって発砲していた。
なんとも美しい光景だった。巨大な月をバックに巫女服の美少女が屋根の上を飛び回る。そのワンシーンを切り取って一枚絵にしたいくらいだった。
マイルは降り注ぐ銃弾たちを笑顔でかわしながら北に逃げる。巨大な袋を背負っている状態なのに、相当なスピードだった。追いかけるだけで精一杯である。
最初のうちはにぎやかだった。しかし警官たちは1人、また1人と脱落していく。マイルの速度についていけず、どんどん振り切られていった。
しばらく走って、違和感。
「なんか……疲れてきたんだけど……」
僕が息を乱している。画面上の主人公はピンピンしているのに、操作している僕の体力が切れそうだった。
天使様が説明してくれる。
「だから、あの主人公はキミ自身なんだって」
「……つまり……主人公の疲れとかダメージは全部、僕に返ってくる?」
「そういうこと」
道理で疲れるはずだ。調子に乗って全力疾走していたから、もうフラフラだ。
主人公そのものは元気そうなところを見ると……こちらで力を加減しないと限界を超えてしまいそうだ。スティックを倒したまま寝たら疲労で死んでしまう。
気がつけば警官は全員見えなくなっていた。全員マイルに振り切られたのだろう。もうちょっと頑張れよ警官。
とはいえ、僕もそろそろ限界だ。今日のところはこれくらいで……
「……!」走っている最中、一瞬何かが視界に映った。「なんだ……?」
路地裏に、人影が見えた気がする。それも子供の姿だったように思える。
スティックをニュートラルに戻して急ブレーキ。そして路地裏に入って……
いた。少年がそこにはいた。
15歳にも満たない少年だった。10歳くらい、だろうか。痩せこけて、元気や覇気というものをまったく感じられない少年。
そんな少年が路地裏に倒れていた。眠っているのか、意識を失っているのか……
グーっ、と少年の腹が鳴る。どうやら相当な空腹であるらしい。
少年に近づいて【話しかける】コマンドを入力する。
練習の甲斐もあって、今度は一発で成功した。
『大丈夫か?』今さらだけど、この主人公かなりの美声だよな……低くてワイルドでカッコいい。『お前……親はどうした?』
勝手にしゃべるじゃん主人公……そんなこと僕は言おうとしてないよ……似たようなことは言おうとしたけれど。
『……』少年は虚ろな視線を主人公に向けて、『……』
パクパクと口を動かすが、何も聞こえない。どうやらしゃべれないほど衰弱しているようだった。
このままだとマズイな……病院に連れていくか? いや、僕はこの世界の病院の場所を知らない。
じゃあ食べ物を買ってくるか? 明かりがついてる酒場とかに入れば食料くらいは売ってくれるだろう。
だが金がない。当然ながら主人公は無一文だ。
警官に助けを求めるか? いや、彼らはもう振り切られている。近くに警官の姿は見えない。
どうする……? どうすれば……
迷っていると、
「え……?」
突然頭上から札束が降ってきた。ドスンと音を立てて現金が目の前に落ちてきた。
『使ってええよ』視点を上に向けると、マイルが屋根の上からこちらを見ていた。『おつりなんかいらん』
なぜ泥棒が助け舟を出してくれるのか……
考えている暇はなかった。
『すまん』
主人公はそのお金を掴んで走り出す。どこに走ればよいのかわからないが、酒場くらい近くにあるだろう。
走りながら考える。
あのマイルとかいう泥棒……敵なのか、それとも味方か……
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