第8話 QTE
『お、おーい……』マイルが手を振って、『……キミ、なにしてんの? そろそろ攻撃してもいい?』
L2を押して首を横に振る。
『そ、そっか……』待ってくれるらしい。『……なんのために勝負仕掛けてきたんやろ……?』
もうちょっと戦えると思ってたんだけど……想定外の仕様がありすぎて……
ともあれ必殺技コマンドは最後の矢印の方向にしか出ない。コマンドの最後の矢印が下なら下にしか出ない。
ムカつく仕様だが、それがこの操作性なら仕方がない。プレイヤー側が適応するしかないのだ。
必殺技に関しては基本的に封印だ。タイミングよく相手が動きを止めたときに使おう。ヘタに必殺技に囚われていたら危険な気がする。
基本はパンチとキックと投げ技……それだけでなんとかなるはずだ。
考えはまとまった。必殺技は本当に切り札にしよう。
『……そろそろ警官きちゃうんやけど……』待ってくれる律儀な泥棒さんだった。『戦わないなら……私はそろそろ逃げるんだけど。逃げてもいい?』
首を横に振らせて、戦う意志を示す。
『じゃあ攻撃しちゃうよ? いいの? 無抵抗な人間を倒すのは趣味じゃないから……』
今度こそちゃんと抵抗する。うなずいて、彼女からの攻撃を待つ。
彼女の蹴りをかわしてこちらも蹴り――と見せかけて【つかみ】を入力。蹴り出してきた彼女の足を掴んでそのまま投げ飛ばす。
なるほど……相手の攻撃に合わせてつかむ部位は変えてくれるようだ。今回は近くに足があったから足をつかんでくれた。
『強いけど……』マイルは簡単に着地して、『変わった動きやなぁ……どんな流派?』
流派とかないです。強いて言うならゲーム派です。
ともあれこの主人公……かなり機敏に動いてくれる。人間を1人軽く投げ飛ばせるあたり、パワーも相当なものだ。
『みんな……キミくらい強ければ楽しいんだけどね』強い相手と戦うのが楽しいタイプらしい。『時間もなくなってきたし……飛ばしていくよ』
言った瞬間、マイルは背負った袋から何かを取り出した。
そしてそれを僕に向かって投げつける。
「……札束……?」
投げつけられたのは札束だ。もちろん通貨は日本円じゃないが、かなりの大金のように見える。
その札束が空中にばらまかれる。一瞬にして僕の視界が舞う紙幣で埋まった。
目眩まし。気づいた瞬間、マイルが低い姿勢で僕に突進してきた。
そのまま顎に向けて掌底が飛んでくる……その刹那――
――✕――
なんか画面に出た。一瞬だけ画面全体の動きがスローモーションになる。
QTE。Quick Time Event。
意識するより先に体が反応する。ほぼ最速で✕ボタンの入力に成功。
画面上の主人公がマイルの掌底をかわして、逆にマイルに足払いをかける。
マイルが飛び上がった瞬間にまたQTE。今度は◯ボタンを入力して、マイルの飛び蹴りを回避。
お互いに距離を取って、舞い上がった紙幣たちが地面に落ちきる。
『やるねぇ……』まだマイルも本気じゃなさそうだが。『もうちょっと遊びたいところやけど……そろそろ終わりやね』
少しずつその路地裏は騒がしくなってきていた。どうやら通報を受けた警官たちの増援が集まってくるようだった。
『キミとはまた出会うような気がするよ。そのときは、またよろしく』
ヒラヒラと手を振って、マイルは壁を起用によじ登って屋根の上まで消えていった。最後まで笑顔を絶やさない人だった。
ここで僕はいつもゲームの中で思っていたことを思い出す。
どうしてこういう場面で……主人公は相手を追いかけないのだろう。序盤から全力で追いかければ物語はスムーズに進むのに。
疑問に思っている場合じゃない。この世界はゲームではないのだ。
画面上の世界こそが現実。そして映っているキャラクターは僕自身。
追いかければいい。その行動は僕の意思でできるのだ。
というわけでチェイス開始。
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