第4話 スキアの陰。
リヒティアの街なみを見てジーンが現地の人々を探しに回る。
疲弊し、体力を使ったわたしは酸素ボンベで息を整えていた。
しばらくして剣呑な表情を浮かべたジーンが帰ってくる。
「どうしたの?」
わたしは疑問に思い、ジーンに訊ねる。
「あ。いや……」
新通信機をばらまいたあと、わたしは街を練り歩くことにした。
通信障害をもたらすスキアの瘴気だが、最新の通信機なら妨害をうけないことが分かっている。
それと何故かCDなどの録音した歌声ではスキアを浄化できないことも分かっている。これは謎だが、一定のときめきポイントが足りていないという結論が出ている。
街を歩いていると、路地裏の方で悲鳴が聞こえてくる。
わたしとジーンは慌ててそちらに向かって走り出す。
「止めて。止めてよ! お母さん!」
小さな女の子が泣きながら逃げていた。
スキアは壁を走り、赤い双眸を揺らす。
飛びつき、少女の前に躍り出る。
少女はゴミ箱に躓き、これ以上走れない。
そんなとき、わたしはアカペラで歌いだす。
アカペラではとても浄化できないが、効果がない訳でもない。
そしてジーンが後ろからハンドガンを撃ち放つ。
気を逸らすだけでなく、銀の弾丸が瘴気を消し飛ばす。
だが致命傷にはならない。
「やっぱり音響機材がないと!」
「分かっている」
リモコンを操作し、マイクを放り投げるジーン。
マイクを受け取ると、少女の前で歌い始める。
わたしの気持ちをのせた歌は遠くにある車の音響機材を通じて流れてくる。
車の音がどんどんと近づいてくる。
歌を聞き入ったスキアは浄化されていく。
《我が子よ》
完全に消えたスキアの前に立つ少女。
わなわなと泣いているのが見える。
「大丈夫だよ! わたしたちがいるから」
わたしは少女を抱き寄せる。
ジーンは物悲しさと痛そうな顔をする。
なんでそんな顔をするの? だって彼女は助かったんだよ?
わたしは背筋に冷たいものを感じながら彼を見つめることしかできなかった。
その悲痛で歪んだ顔が忘れられない。
ショックだったのか、少女は気を失った。
わたしとジーンは少女を抱えて病院へ連れて行く。
そんなに大きくない街だけど、小さな病院はあった。
助かった。わたしは安堵の息を漏らす。
「外傷はないって。良かった」
「ああ。そう、だな……」
歯切れの悪い返事にわたしは不思議に思う。
「ジーン、なんでそんなに嫌そうな顔をしているの?」
「い、いや、なんでもない……」
胡乱げな顔を向けてくる。
わたしは不可思議な顔を浮かべているに違いない。
通信機がザザッとノイズを走らせる。
「すまん。出る」
その場を後にし、ジーンは通信機を手にして表に出る。
気になったわたしは病院のすぐそば、彼の声が聞こえる方に行った。
「ベン、そちらの解析はどうなっている?」
ベン君と通話しているのかな。
息を潜めて草葉の陰から見守る。
それに解析ってなんだろう。
『こちらのデータでもしっかりでました』
「そうか。やはりスキアは人間を母体に生まれてくるのだな」
「人間を!?」
わたしは思わず目を見開き、茂みから飛び出す。
「聞いていたのか!? リア!」
ジーンは悔しそうに顔をしかめる。
「ベン。かけ直す」
そういって逃げ出すわたしの後を追いかけてくるジーン。
すぐに捕まったわたしはその場にへたり込む。
「わたし、人を殺していたの?」
救いを求めて問う。
「いや、あれはもう人ではない」
頑なな様子で呟くジーン。
その素直さと生真面目さはわたしを不安にさせる。
「スキアから人へと戻してやれないの?」
できるのなら、わたしは……。
「ない。今のところは、な……」
口ごもるジーン。
その声にわたしは一層不安を募らせる。
「そんな……」
でも戻す方法があるのなら、わたしはどんな気持ちになっていたのだろう。
不謹慎ながらも、わたしはホッとしてしまった。
ああ。こうするしかないんだ、と。
そんな自分が嫌になってくる。
私が危険を冒してまで歌ってきたのはみんなのため。
全ての人を救える
でもそれは脱落者と敗北者の上にそびえ立つ
「誰かの犠牲なしじゃないと、人は救えないの?」
歯の隙間から凍えるような声でジーンに投げかける。
「そんな! そんなことは、ない。誰でも救える。そう思わなくちゃ、あまりにも残酷だ」
分かっている。
ジーンも心根は優しい人だ。
心を痛めているのはわたしだけじゃない。
でも、
「わたし、歌えない」
「……そうか」
落胆した様子もなく、淡々と呟くジーンに不安を覚えた。
「なら、ロンダンに行こう」
「ロンダン? あの世界一安全な街?」
「ああ。保養所がある。行って少し休もう、な?」
ワントーン上がった声で優しく微笑むジーン。
申し訳なさで俯いてしまうが、甘えたくなった。
「うん。ジーンがそう言うなら」
今は何も考えたくなかった。
彼に頼ってばかりじゃいけないとは思っていても、わたしも女だもの。
そんなときもあるじゃない。
ジーンはすぐさま保養所の予約とフェリーの手配を始めた。
わたしをのせたジーンの車は船着き場へと向かっていた。
凹の形をした船に車を寄せると、甲板で潮風を浴びるわたしたち。
海鳥が空を飛び、魚が海を泳ぐ。
少し焦燥した様子のジーンもいる。
彼だって本当は辛いはずなのに、わたしに気遣ってくれる。
そんなの、ただの幼馴染みじゃない。
わたしを思ってくれているのだろう。
嬉しい。
そう思ってしまった。
情けないな。
自分の感情一つコントロールできないなんて。
その点、ジーンはできているように思える。
やっぱりわたしはお子ちゃまだ。
彼は自分の非を認めて、なおかつわたしをおもんばかっているのだ。
それが分からないほど、バカじゃない。
「冷えるだろう。ほら」
今もこうして気を遣ってくれている。
「ありがとう」
差しのばされた暖かいココアの缶を渡してくる。
わたしが子どもの頃、よく飲んでいたものだ。
今では成長もして味も肥えてきたから、彼と同じくブラックコーヒーでもいいのに。
彼の中ではまだわたしは子どもなのかもしれない。
それがちょっと嫌だ。
わたしだって成長したんだよ。
そう言える気力もない。
「ココア、好きだろ?」
「え。あ、うん……」
素直に言えないわたしはやっぱり子どもだ。
彼のご機嫌を伺っているのだもの。
ジーンは少し頬を緩める。
安堵したような顔。
ココアを開けて飲み下す。
それを見たジーンは微笑む。
「なに?」
マジマジと見つめられて、気恥ずかしい。
それに飲むところをあんまり見ないで欲しい。
この乙女心に気がついてよ。
「いや、昔のままで安心した。リアはいつもココアが好きだからな」
「そうでもないけど……」
「そうなのか?」
こくこくと頷くわたし。
「ブラックもイケるよ?」
「飲んでみるか?」
ブラックコーヒーの缶を差し出してくるジーン。
わたしだって大人なんだから。
「うん。飲む」
受け取ると、グビッと飲む。
が、気管に入りむせかえる。
「うぅ。苦い……」
「だろ? やっぱり早いんだ」
そう結論づけてコーヒーを返す。
「……かんせつ」
ジーンの呟いた言葉を、わたしは拾ってしまった。
間接キスじゃん。
まるで恋人みたい。
自分でも顔が赤くなるのを感じた。
ジーンもそっぽを向いて飲んでいる。
恥ずかしいらしい。
ジーンだって、子どもじゃん。
わたしと一緒じゃない。
少し怒りたくなったけど、ブーメランだと思って言葉を飲み下す。
「甘い」
やっぱりわたしはこの味が好きかもしれない。
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