第3話 難民

 ネイトたちがスキアを撃退したあと、わたしは子どもたちに駆け寄る。

「もう大丈夫よ。おいで」

 そう優しげに微笑むと、後ろでネイトの声が響く。

「そんなに子どもが好きなら産めばいいじゃない」

「ネイ」

 咎めるように言うネイトの彼氏ベン。

 ちらりとジーンを一瞥すると顔をまっ赤にしている。

 恐らくわたしもだ。

「あー。姉ちゃん顔まっ赤!」

「も、もう! 何言っているのよ! まったく!」

 わたしは上擦った声で顔をあおぐ。

「もうネイは口が軽いんだから」

 やれやれと言いたげなベン。

 そっとキスをするベンとネイト。

「あー。お姉ちゃんたちはしないの?」

「え!」

 わたしは思わずジーンを見やる。

「い、いや。俺たちはそんなただれた関係じゃない」

「ただれてもいいじゃない」

 わたしは少しふくれっ面になる。

 彼女なのだから、してもいいのだと思う。

「言われたからといってやるもんでもないだろ?」

「それもそうね」

 納得いく応えが返ってくると、わたしは頬を緩める。

 クスッと笑うわたしたちを見て、微笑むネイトとベン。

「まあ、とりあえずソルトで休もうか?」

 ネイトがハスキーな声で訊ねてくる。

 姉御と言った様子で、格好いい。

 ベンは、というと少し可愛げのある弟のような人だ。あどけなさを残している。

「ネイ、ちょっと美味しいものでも食べよう、ね?」

 ちらりと一瞥し、わたしとジーンにも訊ねているようだった。

「そうだね。いこう。ライトさん、リアちゃん」

 ネイトはそう言うと、車に子どもたちをのせて走らせる。

 わたしたちも後を追う。


「ここらで美味しいパスタの店があったけど……」

 車を降りたベンがそう言うと辺りを見渡す。

 三ヶ月前、突如として現れたスキアはそのほとんどが対抗策を見いだせないまま、都市を占領されていった。

 その一ヶ月後にレイ・シンガーと呼ばれるスキアに対抗できる歌手を見いだした。その歌声は人の闇を浄化する。

 ときめいている人が放つ声が闇を撃ち払う。

「やっぱりもうやっていないみたいね」

 ネイトが苦笑を浮かべながら肩をすくめる。

「まあ、スキアの侵攻があって無事だった街なんてないのだから」

 ジーンは辛そうな顔色を見せる。

 彼がスキアに襲われそうになったときのことでも思い出しているのかもしれない。

 険しい顔を見せている。

「辛い、よな……」

 ジーンの一言に、ネイトとベンが向き直る。

「そうですね。だから僕たちが頑張るんじゃないですか」

「そうね。ベンの言う通りよ」

 少し勝ち気そうな目を見せるネイト。

「そうだな。俺も頑張らないと」

 何やら納得した様子のジーン。

 頑張るってなに。

 ちょっと不安なのだけど。

「この辺りは美味しいものが多かったのだけど、残念ね」

 ネイトはそう言い、枯れ木を集め、大広場で焚き火を始める。

 そこに合成タンパク質でできた肉や、レーションをスープにいれて煮詰めている。

 そうして五分ほどでネイトがスープを小分けにする。

「ほら。食べな」

 あまり美味しくなさそうとは言えずに受け取る。

 わたしとジーンは目を合わせる。

 気まずい雰囲気にならないよう、わたしはそのスープに口をつける。

 うん。あまり美味しくない。

 でも食べられないほどでもない。

「マズいな。これならリアのつくった料理の方が百倍マシだ」

「ちょっと! ジーン!」

 わたしは咎めるように声を荒げる。

 目をパチパチさせて見つめ合うネイトとベン。

「ははは。これはお笑いです。こんなにハッキリと言う人を初めて見ました」

「もう、私だって色々と考えているのよ?」

「俺は本音を言ったまでだ。改善点として調味料の使い方、ダシの取り方だな」

 そうだ。

 ジーンはいつも真面目に言っている。

 そうだった。そう言う人だった。

 なのにわたしはうがった見方をしていた。

 反省だね。

「真面目ですね。ジーンさんは」

 苦笑を浮かべるベン。

「すまない」

 少し引いて謝罪するジーン。

「いいよ。お姉ちゃん、そう子好きだなー」

 好きという言葉を聞いて気分が悪くなる。

 なんだか自分のオモチャをとられたような、不愉快な気持ちになる。

「リアちゃん、ごめんね。でも……」

「いいよ。別に」

 ぶっきら棒に応えてしまった。

「さ。食事を終えたら、次の街ですよ」

 ベンがそう言い、最後のスープをかきこむ。


 わたしたちはベンとネイトに別れを告げると、ソルトを後にする。

 ちなみに子どもたちはソルトに残っている。生き残った大人たちと暮らすらしい。

 また二人っきりになってしまった。

 でもときめいた気がする。

 ジーンもキスとか意識していたみたいだし。

「むふふふ」

「なんだ? リア」

「なんでもなーいよっ!」

 小難しそうなことを考えているみたい。

 眉間にしわが寄っている。

「リヒティアの北東に向かっている。スキアへの対策、しないとな……」

 ブツブツと呟くばかりのジーン。

 少し不安を覚えるけど、わたしはジーンに任せることにした。

 この生真面目で素直な彼だ。

 きっとわたしのことも考えてくれているに違いない。

 もう少し彼を信じてみようと思う。


 リヒティア。

 南から吹く亜熱帯の風を浴びて青空をどんよりと汚す雲の塊が、雨粒を落としていく山岳地帯。そこを切り開いた標高2千メートル級の開墾地。

 空気が薄く、沸点も低くく、こんなところにまで人は進出していったらしい。

 人の力を感じた。

 でもそれも昔の話。

 今はスキアが住まう荒くれた大地。

 酸素ボンベで息を整えながら、サンルーフから顔を覗かせるわたし。

「大丈夫か? 無理はするな。大事なのはリア自身だ」

 ジーンは少し堅い口調で問うてくる。

「大丈夫。今のわたしならスキアは倒せる!」

 他のレイ・シンガーと触れてから、少し会話が増えてわたしとジーンの関係値は戻ったように思える。

 少なくともわたしはそんな気分だった。

 彼の愛情は昔と変わっていなかった、と思う。

 手料理も久々に頂いたし。

 ルンルン気分で街を見渡すと、わたしはとあることに気がつく。

「スキアが少ない?」

「そうか? 今データを起こす」

 言うなり、ジーンは過去のデータを引っ張り出し、積んであった量子コンピュータで解析を始める。

「なるほど。確かにスキアが少ないな」

「これってどういうこと?」

 車の音を聞きつけたスキアが寄ってくる。

「歌え! リア!」

「う、うん!」

 酸素ボンベから顔を外し、マイクに持ち変える。

 電源オン。

 音響機材、スピーカーセット。

 イケる。

 J-POPのアップテンポな音が鳴り響く。

 わたしはノリノリでその曲にのる。

「同調率33パーセント、イケる!」

 ジーンの嬉しそうな声が耳朶を打つ。

 ウキウキになったわたしはAメロを歌い始める。

 その声を聞き届けたスキアが浄化されていく。

 街から黒い瘴気が消えていくのを感じ、わたしは爽快感を味わっていた。

 この街をわたしが救うんだ。

 その正義感と愉悦に浸っていると、ジーンは険しい顔をしていた。

 わたしは気がつかなかったけど……。


(もしも、このコンピュータのシミュレーションが正しいなら、あるいは……)

 ジーンの抱く不穏な言葉は、わたしには聞き取れなかった。

 この頃のわたしは、歌うので精一杯で、わたしは彼の顔色をうかがうことすら無理だった。


 リヒティアの街が光りに包まれていく――。

 世界は歌で満たすのだ。

 わたしは世界を変えていく。

 そして救うんだ。

 

 それができるのはわたしだけ。

 ううん。わたしたちの力だ。

 ジーンとわたしたち、レイ・シンガーが救うんだ。

 さびを歌い終え、いよいよ歌唱は後半戦。

 もっとみんな聞いて――。


 声に敏感なスキアはもちろん、全ての難民に向けて歌うのだった。

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