第2話 建前、本音?

「どうした? リア」

 ジーンは近くの原っぱに車を停車させて、わたしを気遣うように視線を落とす。

 屈んでくれるその姿は紳士な振る舞いだが……。

「わたしにも分からないの。少し一人にして」

「だが、この辺りはスキアがいる。一人にはできない」

 むずがゆかった。

 ジーンがしっかりしていないから、こうなったのではないか。

 そう言いたかった。

 でもわたしにはそんな勇気なかった。

 地図を見やると近くに湖畔があるらしい。

「わたし、水をくんでくるよ」

「一人で大丈夫か?」

「ここなら大丈夫、でしょ?」

 わたしはぎこちない笑みを浮かべてジーンから離れる。

「分かった。だがすぐに戻ってこい。言ってもここも危険だ」

「うん。分かっているの」

 わたしはそう言い残すとバケツを持って湖の方向へ向かう。

 やっと一人になれた。

 彼と一緒にいるのが苦痛に感じていた。

 彼氏のはずなのに、会話もない。スキンシップもない。

 もう嫌だ。

 なんでこんなに愛されていないのだろう。

 わたしじゃ満足できないのかな。

 辛いよ。寂しいよ。

 湖につくとわたしはバケツで水を掬う。

 と、周囲から視線を感じる。

 ふいに周りを見渡すと、子どもがいた。

 それも一人二人じゃない。十を超える人数だ。

「ねぇ。お姉ちゃんはどこから来たの?」

 男の子が一人わたしに向かって投げかける。

「わたしはイチホンから来たんだよ?」

「イチホン? どこ?」

 かつてライトノベルやオタク文化が流行った国の名だ。

「今、見せるね」

 腕時計型の携帯端末を操作すると、空中に立体映像を映しだす。

「何これ」「すっげー!」

 この辺りの子どもは『SW』も持っていないのかしら。

「なあなあ、姉ちゃんはここ以外の村も知っているんだろ? 教えてくれよ」

「え。でも……」

 少しだけ離れる約束だ。

 水をくんだら帰る。それだけなのに。

 でもどうせ歌ってもスキアを撃滅できないんだ。

 だったら、ここで少しくらい話してもいいよね?

 自分に言い訳をしながら、子どもたちに向き直る。

「分かった。いいよ」

 何から話そうか。


 わたしは少しの間、この旅二ヶ月間を振り返る。

 イチホンでのこと。

 フロイダ州のこと。

 モントロクメリー

 そしてここソルトに来た経緯。

 スキアを撃退してきたこと。

「すっげー!」「かっこいい!」

 そんな賞賛の声を聞いて、わたしは跳ね上がる。

「そうでしょう!? わたし、すごいんだから!」

 彼はこんなこと、言ってはくれない。

 だからテンションが上がってつい話し込む。

「そこで、この歌を歌ったのよ」

 そう言ってアカペラで軽く歌う。

「姉ちゃんの声、綺麗」

 賞賛の声を聞き、有頂天になっていたわたし。

 と背中に視線を感じる。

「あ。ジーン」

「何やっているんだ。こんなところで」

「ここの子どもたち、恐らくは難民なの」

 ジーンは周囲の子どもたちを見やると、わたしの腕を引き上げる。

「バカやろう。なら余計に歌うな。スキアは声に敏感なんだぞ。こいつらを殺したいのか!」

「あ……」

 失念していた。

 子どもたちが喜ぶのを見たくてつい披露してしまった。

 スキアは声に敏感なのは前から言われていた。

 分かっていた。分かっていたはずなのに――。

「うん。ごめん」

「ほら。子どもたちもこい」

 そういってジーンは子どもたちを車のある方向へ向かう。

「でも、なんで湖まできたの?」

「心配だからに決まっているだろう。それ以外に何の理由がある」

「わたしがいないとスキアを倒せないから、でしょ?」

 賞賛の声もない彼にいつの間にか抱いていた気持ちを吐露していた。

 スキアを撲滅できるのがわたしじゃなくて別の女の子だったら、彼はそっちに振り向いていたクセに。

「……そんな風に思っていたのか?」

 地を鳴らすような、低くうねった声を上げるジーン。

 車に押し込むように乗せると、近くの家屋に子どもたちを誘導するジーン。

「あんなの気休めにしかならないじゃない」

 子どもたちの隠れている家屋にはスキアが侵入できそうな隙間がある。

 あれでは数分しか持ち直すことができない。

「歌え。あの子どもたちのために」

 ジーンは音響機材を操作し、アップテンポのBGMを鳴らす。

「で、でも……」

「俺はお前だから一緒に旅をしてきた。お前になら全てを任せられると思ったからだ。俺はお前を守る」

 そう言ってミニガンを前方に向ける。

 ゆっくりとだが、スキアがこちらに向かってくるのが見えた。

 距離にして二キロ。

 歌声が届くかどうかの距離。

 一応ジーンの持つ音響機材が増幅してくれる。

 でも、わたしはときめいているのだろうか。

 彼の気持ちを知って少し心が揺らいだけど。

「何をしている。お前ならできる。俺はそのためにここまで来たんだ」

 調子のいいことを言って。

 でも今はのせられて上げる。

「分かったよ、歌う」

 サンルーフが開き、わたしは車の上から顔を上げる。

 ソプラノボイスが響き渡る。

 車を走らせる。

 ソルトの町並みが見えてきた。

「同調率19パーセント。お前ならできるはずだ。俺の初恋の相手だからな」

 初恋。

 そう言われて少しときめいている自分がいる。

 こんなに単純なわたしでいいのかな。

「同調率21パーセント! 行ける!」

 歌が世界を修復していく。

 スキアというのろいに閉じ込められた人々が解放されていく。

 近くにいたスキアはだいぶ減ってきている。

 でも、まだ歌える。

 歌わなくちゃいけない。

 Aメロが終わりBメロを歌い出す。

 振り付けを間違えることなく、身体を揺らす。

 運転しているジーンは街中に入ると車を止める。

 歌はいよいよ終わる。

 消えていくスキアたち。

 歌い終えると、わたしは額に浮いた汗を拭き取る。

「や、った……」

「ああ。ご苦労様」

 こういう上から目線が気に食わない。

 それに本当にわたしのことをどう思っているのか。

 しかし、スキアの姿が見えてくる。

「同調率19パーセント? どうした、リア!」

「分からない! でも、わたし……」

 思ってしまった。

 スキアを倒すためだけにジーンはわたしを頼っているのではないか、と。

 ただの道具にすぎないのか、と。

 スキアがじりじりと迫り寄ってくる。

「まあ、でもあの子どもたちは救えたかな」

 わたしが弱音を吐くと、ジーンは悲しそうな声を上げる。

「バカ。俺はお前を信じている」


 けたたましい音が近寄ってくる。

 その歌はバラード調でどこかもの悲しい音だ。

 それにアルトボイスをふんだんに活かした音質。

 音響設備もそうとういいのを使っている。

 近寄ってくる車が一台。

「なんだ? これは……」

 赤と白で彩られた車が隣に止まる。

「そこの二人。さっさと引き下がれ。こっちらのデータでは粒子同調率が17パーセントだ」

「くっ。後退する」

 新しく現れたレイ・シンガーは粒子同調率が83パーセントを維持している。

 ステアリングを回し、ジーンは車を先ほどの子どもたちを避難させた家屋まで後退させる。

 ソルトの町並みを奪還したレイ・シンガーはこちらに車をよこし、降りてくる。

「私の名前はネイト=ブライアム。よろしく、レイ・シンガーさん」

「俺はジーン=ライトだ。よろしくお願いする」

「わたしはリア=セイラー。よろしくです」

 俺たちはお互いに頭を下げる。

「僕はベン=コナーです」

 優しげな少年が車から降りてくる。

 この人がネイトの彼氏か。

「しかし、そんな同調率で前線にでるなんて……」

 ネイトの言いたいことは分かる。

 わたしが面倒くさい女だから、でしょ。

 ジーンを一瞥すると、わたしはふいっと顔を背ける。

 彼の言っていることは嘘かもしれない。

 わたしをのせるための言葉でしょう。


 わたしにはそう思えてしまった。


 彼がそこまで器用じゃないと知っていながらも。

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