歌で世界を変えられるなら、わたしは彼といちゃつく。もう一度恋をしたい。
夕日ゆうや
第1話 歌で世界を救う
オリエンタル会場のセンターステージ。
コンサートホールには一人の少女と、俺がいた。
俺が調整したBGMにのり、少女は歌い続ける。
外では三機のロボットが動いているが、
人間の負の感情から生まれたスキアには。
歌で世界を救う。スキア、影成る者を滅する光――それが歌である。
リアの歌には世界を救う力がある。
それを最大限活かせるのは俺の治療薬と機械技術だったりする。
アイドルであるリアはスキアを滅することができる。
――世界に選ばれたアイドルだ。
Aメロが終わり、Bメロが流れてくる。
曲調に合わせてスキアが踊るように消えていく。
流れるソプラノボイスがホール一杯に広がる。
歌は世界を変える。
人を襲っていたスキアが消えていく。
「粒子同調率21パーセント! 行ける!」
20を超えるとスキアを撃滅する力に変わるのだ。
世界が歌で満たされたとき、スキアの居場所はなくなる。
癒やしと魂をのせた歌が世界を浄化していく。
さびに入ると、スキアに汚染されていた人々が我を取り戻していく。
「そろそろ畳むぞ」
俺は袖からサインを送ると、リアはコクリと力強く頷き、歌い終える。
ジャーンというギターの音とともに終わりを迎える音楽。
あとに残ったのはスキアに襲われた人々の残滓と、生き延びた人々。
「全員を助けるって難しいねっ」
リアは一仕事終えた顔でステージから降りる。
そのリアにタオルを渡す俺。
「お疲れ様、いいコンサートだったよ」
俺は携帯端末をポケットにしまうと、リアのそばを歩く。
女子更衣室に入ると、衣装を変えるリア。
外で待っている間、先ほどのスキアのデータを解析する。
21パーセントしか発揮できなかった。
これは問題である。
それもこれもリアの〝ときめきポイント〟が足りなかったからだ。
俺がリアをときめかせる必要があったのだ。
スキアが人の負の感情から生まれるのなら、リアは愛の感情で戦える。
同調率を上げるにはそれしかないのだ。
「ときめきかー」
俺は独りごちると、着替えを終えたリアが顔を見せる。
「行くか?」
「うん。でも世界各地でスキアが暴れるとはね」
「ああ。俺たちのようなレイ・シンガーがいなければとっくに世界はスキアに呑み込まれていたよ」
肩をすくめて俺はリアを見やる。
リアは悲しそうな、辛そうな顔を見せる。
おちゃらけている場合じゃなかった。
リアはどこまでも真面目な奴だ。真剣なのだ。
だから俺の冗談も通じない。
「悪かったよ。軽口を聞いて」
俺とリアは腐れ縁だが、その関係はあまり良くない。
ただ、俺は機械が得意で、携帯端末からギターやドラム、ベースの音を出せる。
それがなければリアはまともに歌えない。
アカペラでは同調率が下がり、スキアを消すことはできないのだ。
故にリアも俺を無碍にはできない。
複雑な関係になった俺とリアは腐れ縁以上の何かがあるのかもしれない。
「さ。行くよ、ジーン」
「ああ」
瓦礫の山の上を歩いて横断していく俺とリア。
この世界はまだ闇に包まれているらしい。
夕日が西に沈む頃、光と闇が交差する夕暮れ。
消えていくのは人の命か、それとも負の感情か。
俺とリアは荒野の大地をバギーで疾走していた。
低木よりも草の方が目立ち、大きな草プヤ・ライモンディもメートルを超えている。
砂漠ほど飢えてはいないが、ここも十分に劣悪な環境と言えよう。
よく西部劇に出てくるような荒野だった。
「この辺は人も少ないせいか、スキアもいないな」
「そうだね。でもわたし、ここにいたくないな」
汗かいちゃうし。
わたしはボソッとそんな言葉をもらす。
隣で運転しているジーンを見て思う。
悪い人ではないのだけど――。
ときめかないんだよね。
バズーカ砲を組み立てていると、車の振動で弾薬を床にぶちまけてしまう。
「何やっているんだよ。ボケ」
ジーンは冷たい声で言い放つ。
いいじゃない。失敗くらい。
「もう、うるさいな」
わたしはのんびりとした動作でミニガンの弾丸を拾い集める。
「うそー。一個足んない」
「どうかしたか? リア」
「うんうん。なんでもない」
どうせ、一発だもの。わかるわけないじゃない。
わたしはごまかすように鼻歌を歌う。
歌うことを彼は望んでいる。
わたしには才能があった。
歌で人を癒やす才能が。
だから埒外であるスキアという化け物にも通じる。
人の負の感情から生まれた化け物に。
触れれば皮膚を溶かし、骨を砕き、細胞の一つに至るまで消し飛ばす――悪魔のような存在――スキア。
人類にとっての悪魔。
救世主になれると分かったとき、わたしは小躍りした。
でも、命令され続けているわたしたちは街から街へと点々と移動をしなくてはならない。
いつ途絶えるとも知らぬスキアを相手に、こんな戦いが二ヶ月も続いている。
そろそろ最初の頃のときめきを忘れてしまっている。
幼なじみの彼と冒険ができるのは喜びの一つだったけど、今では何もしてこない。
こんな停滞期が続いてはや一ヶ月。
わたしに飽きちゃったのかな?
手も出してこないし、まるで妹扱い。
これではわたしのときめきも上がってこない。
なんにも起きないんだもの。
毎日、メンテナンスしている音楽機材の方がよほど丁寧に扱われている、それが今のわたしの認識。
つまらない人になってしまった。
前はもっと気遣ってくれていたのに。
「どうしてふくれっ面になっている?」
「ぶー。なっていませんよ!」
わたしは精一杯の強がりで彼に対抗する。
じゃないと、全てが台無しになると思った。
わたしは世界唯一無二のアイドル。
自分から男の子を誘うのはなんか違う気がした。
まったくわたしというものがありながら、仕事を優先させるなんて。
「まったくジーンのバカ」
「バカかどうかは分からんが、目の前を見ろ。リア」
ジーンに言われてわたしは正面に視線を移す。
オーシャンビュー。
海の見えるおしゃれな町並みがそこにはあった。
白塗りの漆喰が目立つ家屋。それも数十戸はある。
「ソルトだ」
「あれが、ソルト」
ジーンの作ったレーダーにはハッキリとスキアの群生地が見えている。
それは潮風の街ソルトと重なっているのがハッキリ分かる。
生真面目な彼をどうこっちに振り向かせるか。
イチャイチャしたい気持ちはある。
でも最近は飽きてきたみたい。
それが貯まらなく悔しい。
わたしだって女の子として扱って欲しいもの。
とはいえ、毎日一緒にいるのだから、ときめかないのかも。
そんな一抹の不安が脳裏をよぎる。
「いた。スキアだ」
ジーンの目線の先を見据えると、そこには地を這う陰の生き物スキアがいる。
「歌うよ!」
「ああ。頼む」
この車には音響機材が載っている。
そしてそれは太陽光パネルを設置した車の天井から電源をもらっている。
音響機材により遠くに歌声が届く。
わたしはサンルーフから顔をだして、歌い始める。
「粒子同調率17パーセント」
それの声を聞き、わたしはさーっと血の気が引いていく。
20パーセント以下ではスキアは撃退できない。
むしろ大声を上げているので、近寄ってくる。
騒ぎを聞きつけたスキアが襲ってくる。
それは考えもしなかった最悪の事態だ。
「くっ。今は歌うな。すぐに撤退だ!」
「そんな!」
ジーンの言うことは正しい。
正しいけど。
「今のお前ではスキアは倒せぬ。俺のふがいなさだ」
落ち込んだ様子のジーン。
「……分かった」
わたしは静かに頷くと、ジーンは車のステアリングを回転させて反転する。
「逃げる!」
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