第23話 対話の始まり

「キミは本当は戦士向きじゃないな」

 一緒に見張り番になったウォーレスが俺を見てそう評価する。

「キミは考えすぎる。それは指揮官の考えることだ。おれたちは従えばいい。それで幸せになれる」

「本当になれますか?」

「ああ。それが兵士としての本分だからな」

 これ以上、話しても意味がないかもしれない。

 幸せって誰からか与えられるものではない。

 きっと自分で見つけていくもの。

 そうじゃないのか。

 俺には理解できない。

 一方的な気持ちで、そんな風に思い切れるなんて俺にはできない。

 それがもしウォーレスが自分でたどりついた応えなら否定はできない。

「さて、そろそろ次の交代時間だ」

 ウォーレスがそう言ってクリスとヴァイオレットを起こす俺たち。


 会敵予測十五分後。

「さて。最後の仕上げだ。ヴァイオレット、ニック、ガイ」

「ふふ。大丈夫よ」

「いけるわい」

「……」

 無口なガイを残し、みな息巻いている。

「クリスティーナさんとフィルくんもいいかな?」

「は、はい」「はい!」

 俺とクリスが緊張した様子で返すと、ウォーレスはにこりと笑みを浮かべる。

 敵軍が見えてきた。国境沿いの警備兵。その数三百。

 こちらは第四者の四人、と俺とクリス。計六名しかいない。

 無口一辺倒なガイが放った矢が空を覆い、いくつもの兵を襲おう。

 セクハラ老人のニックの編み出した魔法が地をうねらせる。

 妖艶エロスのヴァイオレットの幻惑魔法が敵兵を惑わす。

 爽やかイケメンのウォーレスの大剣がバッタバッタと切り伏せていく。

「俺たち、いらないな」

 苦笑をクリスに向けるが、その視線は地に伏せられていた。

 死。

 彼女も何か思うところがあるらしい。

「これで争わなくていいんですよね? フィル」

「……ああ。たぶん」

 自信はない。

 これを呼び水に、戦争が広がる可能性だってある。

 それともこの第四者がいれば、ローラランドは無事で済むかもしれない。

 怒りと憎しみがひろがらなければ、だが。

 人を憎み、嫌いになった俺としては否定的な気持ちになる。

 理不尽に対して怒るのが人間だ。

 それを許せるようになった者はもはや神様のような存在だ。

 俺にはできない。

 血が戦場に舞い、肉片が飛び散る。

 火球魔法により、肉の焦げる匂い。土を裏返したような匂い。

 幻惑魔法で狂った兵士同士が殺し合う。

 大剣が突き刺さり、矢が降り注ぐ。

 これはもはや戦争ではない。一方的な虐殺だ。

 人がいっぱい死んでいく。

 一人残らず死んでいく。

 これが本当に平和なのか?

 疑問を持たずにはいられない。

 だが、力がなければ侵略されるだけだ。

 俺の村がそうだったように。

 咆哮するように断末魔を上げる人々の声。

 それがノイズのように俺の耳をつんざく。

 命が砕けるみたいな音だった。


 三百いた敵兵士はもう十ほどに減っていた。

 そして、ウォーレスはその者たちを見逃すつもりらしい。

 怯え、すくむ兵士は馬を駆り、撤退していく。

「これでおれの仕事分は終わりだな」

 納得いかない。

 先ほどまで嬉々として兵士を狩っていた英雄が、なぜ逃がしたのか。

「逃がしたのはなぜです?」

 憤怒が滲んだ声で訊ねる。

「ああ。おれらの力を示した。これで牽制の意味合いがある」

「牽制……?」

「そうだ。おれらを脅威に思った国々は停戦をし、おれらに従うだろう。そうすれば長かった戦争状態も解決だ」

 少し疑問に思う。

 スターミアンだった少女は平和であるはずの街でテロを起こした。

 少数派の、マイノリティな彼女たちは迫害を受けて、行く当てもなく、ただよかれと信じてその身を散らした。

 それが世界を変えると信じて。

 でも実際は何も変わっていない。

 痛ましい事件だってね、の一言で全て片付けられている。

 そこには何も残らない。

 怒りと憎しみの連鎖が続き「やっぱりスターミアンは危険だ」という悪評がついて回る。

 これでは歴史の再現、繰り返しだ。

 何も生むことなく消えていく命。

 どこかで間違っていなければ、今もなおパン屋の娘として育った命。

 分からないが、言いようのない悪循環を、ひりつくような怒りがわき上がってくる。

 ギレオンの見せた夢やグレンとの対峙が俺に疑問を持たせる。

 分からない。

 分からないが、今のままではいけないんだ。

 誰も死にたがる者なんていない。

 だから、だから!

「俺は納得できません」

「納得、できない?」

 思わず吹き出しそうになるウォーレス。

「キミがどう思うかなんて、誰も気にしちゃいないよ。ただあるのは勝ち負けだけ。おれは負けたくないからここにいる。それだけだ」

「そんなの、何も生まない。みんな戦いたくなんてないんだ」

 俺は直感で感じた。

 誰もが〝死〟に怯えている。

 だから武器を手にする。

 あいつは危ない。危険だ。

 そんな感情が武器を持たせる。

 本当に危ないのは武器を手にした人間だというのに。

「生まない? 何をいっている。これでおれは食ってきた。何も生まないわけがない」

「そんなの自己顕示欲でしかない!」

「言ってくれるな。ならお前は何か生み出したのか? 何か達成できたのか?」

「俺は……」

 確かに。俺は何も生んでいない。

 何も達成できていない。

 それでもクリスと過ごした時間は素敵なものだった。

 殺し合ったこともある。

 でも、この一ヶ月の旅路は意味のあるものだった。

「人はわかり合えるんだ。相手の気持ちを知り、仲良くなることができる」

「そんなのいっときの夢でしかない。そんな曖昧なものにすがってどうする? それで平和になれるのか?」

「なれます」

 断定した俺を見てぷぷっと吹き出すヴァイオレット。

「何を言い出すのかと思ったら、顔だけでなく、中身もお子ちゃまなのね」

「何も分かっていないのはお前たちだ。人を殺してもなんとも思わないのか?」

 俺はうだるような暑さを感じ、額に脂汗を浮かべる。

 必死で対話できると思った。

「あら。人はいずれ死ぬものよ? 遅かれ早かれ、ね」

「ああ。そうだ。死が意味を持つなら殺してやった方が幸せだろ?」

「そんな!」

 クリスも弾かれたように視線をよこす。

「死んでは何もできない。生きているから世界を変えられるだ」

「そうだ。世界を変えるには人を殺すしかない」

「そんなはずないです。彼らだって必死で生きています!」

 クリスが顔に怒りを滲ませている。

 やっぱりクリスも違和感を抱えていたのだろう。

「俺たちはこの戦争を止めたい」

「わたしは平穏な日常を送りたい」

 俺とクリスは一歩下がる。

「ははは。君たちは本当にバカみたいだね。こんなことをしてもなんにもならないよ?」

 爽やかな雰囲気をまとった返り血を浴びたウォーレスが笑いながら近寄ってくる。

「ふふ。やっちゃいなよ。ウォーレス」

 ヴァイオレットが後ろからウインクをする。

「そうだな。反乱行為だ。国家反逆罪は極刑だな」

「そうじゃのう。ここまで言って王に逆らうなんてのう。もったいないのう」

 ニックだって、人をオモチャのように扱ってきた。

 これでは何のために死んでいったのかわからない。

 自らの手を汚した戦争ならば、返り血を浴び、わずかばかりの後悔をもたらす。

 それすらできない人は壊れている。

 人を理解し、分かち合うことができるはずだったのに。

 俺たちはこの人らと戦わねばならない。

 そうでなければ、人は滅ぶ。

 直感がそう囁いている。

 うそぶいている。

 自分でも分からない感情が押し寄せてくる。

 俺にだって守りたいものがある。

 居場所がある。

 全てを失ってもまたやり直せばいい。

 だが、だからこそ、戦わなくちゃいけない。

 彼らにも帰る家があるのだから。

 みんなに帰る家があるのだから。

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