第22話 影

 光があれば影がある。

 光が強くなれば、影もより一層濃くなる。

 そんな当たり前のことを、俺は知らなかった。

 彼らの栄光の裏側には陰惨な死を遂げた者が大勢いる。脱落者と敗者の死体の上で踊っていたのだ。

「おれはウォーレス=スペンスだ。よく転移門を開いてくれた」

 第四者だいよんじゃの一人であるウォーレスは恭しく言うと、俺の頭を撫でくりまわす。

 転移してきたのは四人。

 大剣使いのウォーレス=スペンス。

 弓使いのガイ=ハーリー。

 魔法師のニック=イーガン。

 回復魔法師のヴァイオレット=リリー。

 この四人がいればいかにアルサラスの軍勢と言えど、太刀打ちできないだろう。

「そちらの青髪の子、可愛いね〜。今度一緒にエッチしよ?」

 女子のヴァイオレットがクリスに抱きつき、ニックがセクハラ発言をする。

 こいつらは好き勝手に言いたい放題言っている。

 それが許せない。

 それだけだった。

 そのはずだった。

 一緒に敵陣の本隊を叩く話し合いが設けられた。

 敵軍を倒す。それだけだ。

 気にしてはいけない。

 軍であれば、死を受け入れることにためらいはない。

 俺は死ぬ覚悟はできている。けど、相手は?

 死ぬ覚悟もなく、生きたい。それで戦っている者たちはどうすればいいのだろう。

 俺は迷路の中にまだいる。

 戦えば犠牲はでる。

 話し合いで穏便に解決できないだろうか?

 そう願ってしまうのは、俺が甘チャンだから? それとも未熟者だから?

 わからない。

 でもいっときの勝利になんの意味があるのか?

 平和は次の戦いの準備期間とも言われている。

 もしそれが本当なら?

 人は忘れて繰り返すだけの存在だとしたら?

 そこに答えはないのかもしれない。

 人は運命から逃れられないのかもしれない。

 それでもそこに感情があり、心があり、命がある。

 そんな彼らの思いを、命を……どう報いればいい?

 みんな臨んで死ぬわけじゃない。もちろん、この世界に嫌気がさして自ら命を落とす者もいる。

 だが、それではあまりにも悲しいじゃないか。

 誰も救われない。

 少しでも光ある世界にしたい。

 そう願うのは間違いだろうか?

「さ。ここらで食事にしよう」

 リーダー風情としたウォーレスがにこりと笑みを零す。

 さらっと華やかな香りを漂わせて。

 そんな彼に尽くすクリスを見て腹が立つ。

 俺の恋心だとわかっているから、何も言えない。

 クリスにだって相手を選ぶ権利はある。

 苛立ちを押し殺し、俺も火を起こす準備をする。

 俺はまだ諦めたわけじゃない。

 だけど、俺は平和を求めていたはず。

 いつの間にか最前線のど真ん中にいる。

 なぜこんなことになってしまったのか。

 俺はやるせない気持ちでいっぱいになる。

 俺にだって理想はある。夢がある。

 それがなぜこんなことになっているのか。

 グッと拳を堅く握る。

 俺はなんて無力なんだ。

「さ。お前さんも食え」

 そう言って差し出された鶏肉のスープを差し出してくるウォーレス。

「あ、はい」

 俺は思わず低いトーンで返すと、首を傾げるヴァイオレット。

「まるで私たちの食事が気に入らないようね」

「いえ。鶏肉は初めてなので」

 そう誤魔化すと、俺はたはははと乾いた笑みを零す。

 実際、鶏肉は食べたことがある。

 ニワトリはこの世界でも屈指の家畜である。

 エサはなんでも食うし、飛ばない。さらには卵も産む。

 人にとってこれ以上の家畜はいないだろう。

 鶏肉のスープはけっこう美味しい。

 でも寒気が走るのは何故だろう。

 まるで彼らとの間に一枚壁があるような……。

「どう? フィルくん」

 ヴァイオレットがふふと笑みを零し、あぐらをかいている俺の太ももに手を当てる。

「え。いや、え……」

 俺は驚きとくすぐったさに身もだえる。

「今夜、どう?」

 ヴァイオレットが耳にそっと顔を近づけ、色っぽい声で囁く。

「お、俺は……好きな人としか」

「そう、残念ね」

 どこかマイペースなヴァイオレットがくすりと笑みを浮かべる。

 艶っぽい彼女に少しときめいたのは内緒だ。

「あー。フィルってば、何を離していたのですか?」

 少しふくれっ面に見えるクリス。

「なんでもないって」

 純真無垢なクリスにはまだ早い気がした。

「もうフィルの意地悪」

「しかし、こんな可愛い子が前線にいるとはのう」

 かかかと笑うニック。

「もう、冗談はよしてくださいよ。ニックさん」

「ほほほ。わしにも希望がみえてきたわい」

 年寄りめいたニックが嬉しそうにしている。

 その手つきがいやらしく、腹の底から沸き立つ熱を感じる。

「何やっているんだよ。ニック。おれらならもっといい子と出会えるって」

 ウォーレスが諦めさせるために言ったのだろうけど。

 でも俺の中でふつふつとこみ上げてくるものがある。

 あのギレオンが伝えたかったことは何だ?

 俺はどうしてこいつらと一緒にいる?

 沸き立つ衝動を抑え込み、なんとかしかめっ面を隠す。

「しかし、まあ。そろそろ敵陣の本隊と接触する頃合いだな。明日か?」

「そんなところじゃろうな」

 ウォーレスの視線を受けてこくりと力強くうなずくニック。

 本当に戦争になるのか……。

 これでいいのか? 俺。

 俺が望んだものはなんだった?

「どうしたね? アーサーくん」

 ウォーレスが俺を見て爽やかに訊ねてくる。

「いや、その。戦争はすぐに終わるのでしょうか?」

「ああ。おれたちがいればすぐに終わる」

「そう、ですか……」

 残念な、悲しいような気持ちになり、言葉を濁す。

「ふふ。大丈夫よ。あなたは後ろからついてくればいいの。私のお尻につついてもいいのよ?」

「ははは。セクハラはそのへんにしておけ、ヴァイオレット」

「ええ。いいじゃな。こんな若い子を見ると興奮するわ」

 ゾクゾクするような顔をするヴァイオレット。

 俺は感じたことのない気分になる。

 それが悪いわけではなく、どちらかと言えば心地良いような……。

 しかし、理性が拒絶している。

 脳髄を刺激する見た目のヴァイオレットだが、それで俺がなびくわけがない。

 そうだ。

 俺には好きな人がいる。

 クリスがいる。

 ならヴァイオレットとはそうなれない。

 一途と思われるかもしれないが、案外合っているのかもしれない。

「さ。そろそろ寝るぞ。見張りは先ほど言ったように交代制だ」

 ウォーレスがそう言うと、寝袋を纏う。

 俺とクリスも最初は躊躇いながらも寝袋に入る。

 しばらくして、交代の時間になると、俺は起き上がり同じく起きてきたウォーレスとかち合う。

「……ウォーレスさんは迷ったりしないのですか?」

 俺は迷ってきた。

 今も迷っている。

 どれが正しいのか、間違っているのか、わからない。

「おれはローランド王の部下だ。彼を守るために生きている」

「そんな風に思い切れません。俺は」

 何かに従うのはそれでそれは幸せなのかもしれない。

 自分で考える必要がない。

 脳死させて付き従う。それもありなのだろう。

 でも――。

「俺たちは奴隷じゃない。ローランド王の言うことが間違っていることもある」

 なんとか言葉にした俺は顔色をうかがう。

「ああ。そうだな。でもその責任も王のものだ」

「そう、ですか……」

「兵士は多くのことを考えるべきではない。それでは心が潰れてしまう。アーサーくんもローランド王に付き従うものなら、余計なことは考えるなよ」

「そんなの……」

 できるわけがない。

 俺は戦争を企てるローランド王に不信感を募らせている。

「話し合いで解決できることもあると思っています。俺は」

「無理だな」

「なぜです?」

「人は欲望を持っている。それが人を狂わせる。だから戦わねばならない。おれたちは平和になるまで戦い続ける」

 俺は、そんな覚悟はない。

 戦争を止めるため、今ここにいるはずだ。

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