第21話 転移装置

 夢を見ていた。

 白昼夢を見ていた。

 ギレオンの夢を。

 俺は全然何も知らなかった。

 異端児、この世界のやっかみもの。

 そう呼ばれて排除されてきた者の末路。

 それを知っている。

「教えてくれ。ギレオン、お前は一体何を?」

「貴様に答える義理はない!」

 一瞬繋がった記憶を想起し、攻撃をためらう。

 こいつは敵じゃない。

 彼らの意見は至極真っ当だ。

 間違っているのは俺たちの方だ。

 それがわかった今、俺にできることはなんだろう?

 わからない。

 答えの見えない迷路に迷い込んだ子供のようにただ泣きじゃくることしかできない。

 そんな自分に嫌気が指したから、ここにいるはずなのに。

 それなのに。俺はまた繰り返している。

「終わりにしてやんよ!」

 ギレオンの振るった鉄球は火球とぶつかり消滅する。

「なんだ?」

 ギレオンが視線を這わせる先に、そいつはいた。

「はっ。まだ対話でなんとかしよーとしてんのかよ! 甘チャン!」

「グレン? どうしてここに?」

「新手かよ!」

 うねるギレオンは電撃を周囲に放つ。

 それにからめ取られる前に木々に移るグレン。

「テメーのことはよくわかっていんだよ。ギレオン」

 苛立ちの声を上げるグレン。

 紅蓮ぐれん

 それは東洋で言う『死後そこに落ちた者は、酷い寒さにより皮膚が裂けて流血し、紅色の蓮花のようになるという』という意味である。

 そんな名前をつけるなんてどうかしているようにも思えるが、彼には些細なことなのかもしれない。

「オレ様たちを貶めようなどと、テメーの小賢しいやり口はとうに飽きているんだよ! ギレオン」

「貴様が言うセリフか! グレン」

 お互いの顔が憎しみで歪む。

 何があったか知らないが、俺はクリスに目配せをする。

「ここから離脱する」

 小さくつぶやくとクリスも応じる。

 弾かれたようにその場から離れる。

 木々に隠れ、徐々に距離をとっていく。

 ギレオンとグレンが白熱化しているを尻目に去っていく。

 後ろ髪をひかれる思いで。

 俺にもなにかできたんじゃないか。その慢心がほころびを生む。そう知っていても。

 驕りがある。そうわかっていても。

 実際、俺にはできることなんてないんだから。


 宇宙のように星をばらまいた空間にすっとため息が漏れる。

「ここはこんなに美しいのに」

 残念そうにつぶやくクリス。

 争いを心から嫌っている。

 その優しさが、危ない橋をわたらせているのかもしれない。

 その過度な優しさも今の時代には必要ない。

 残念だが、生かされる機会などないのだ。

 悲しげに胡乱でいると、クリスがこちらに向きなおる。

「どうかしましたか?」

 不思議なものを見つめるようにこちらに視線を投げかけてくるクリス。

 頭の上には疑問符が浮いている気がした。

「フィルはどうすればこの戦いはなくなると思いますか?」

 ずっと心に秘めていた言葉を紡ぐ。

 それはこの国の成り立ちを、戦争を否定するもので相違ない。

 だが、あまりにも酷く独善的で、一方的な理想でしかない。

 戦いたがる者なんていない。

 みな、自分のため、家族のため、そして国のために戦っているのだ。

 そこに賛否も、勝ち負けもない。

 ただ自分の存在を理解させたいため。それだけ。

 認めさせる。

 その一歩的な独善がいずれも戦端の口火を切っているのだ。

 そこに他者はいない。

 一人相撲をしているかのように、自己を知らしめる。

 その中で争いはなくならないかもしれない。

「なくならないよ。戦争は」

 悲しくつぶやくと、クリスはショックを受けたかのように狼狽える。

「そんな!」

「新しい主義を思いついても、古い体制はそれを否定する。協和・共存を望む声が上がっても、それは古い体質と剥離する。どこまでいっても争いは消えない」

 きっと俺たちが生きている間ではそうなるのだろう。

 なにかを始めると否定する者が現れる。

 それは消えることのないパラドックスなのだろう。

「そんなの悲しすぎます」

 そう言ってうつむくクリス。

「どこまで行っても人は人だ」

 そう告げると、俺は周囲を見渡す。

 そろそろ敵軍の本隊が見える頃合いだ。

「ここに魔法転移装置を作るぞ」

「それで、いいのですか?」

 俺の顔を伺うように尋ねるクリス。

 訳知り顔といった様子だ。

「お前……」

「いえ。なんとなくです。それだけです」

 感の鋭さがあるらしいクリス。

 今まで見えていなかったのは、俺の不注意か、それとも心変わりがあったからか。

 どちらにせよ、俺はクリスに不誠実を働くわけにはいかない。

 唯一無二の友であり、恋心を抱く相手なのだから――。

「俺は、俺たちはもっと彼らを知らねばならない」

 酷く悲しい声音でつぶやく俺。

 それを何も言わずにまじまじと見つめるクリス。

 ギレオンが見せた夢をクリスに話す。

 俺たちは間違っているのかもしれない。

 彼らを敵にする意味なんてないのかもしれない。

 でも俺たちは勅命を受けた。

 それは変えようのない事実だ。

 国に逆らえば、死刑だ。

 そんなのはわかっている。

 その上でどう立ち振る舞うのか。

 俺にはわからない。

 どうすればいいのかなんて。

 ギレオンの見せた夢を語ると、クリスはわなわなと震え頭を下げる。

「ごめんなさい。そんな不都合を背負わせてしまって。わたし」

 言葉にならない感情を漏らす。

 そんな彼女の顔は美しいと思った。

「でも、わたしたちはローラランドの領民です。民草です。命令には従います」

「お前!?」

「それがわたしたちが託された思いです」

 ベル、ギンガナム、名も知らぬ女の子、クレア。

 彼ら彼女らのおかげで今の自分がなりたっている。

 俺たちを思い気持ちを伝えてきた人々はこれで平和になれると信じて託してくきたのだ。

 それを無碍にすることなんてできやしない。

「わかった」

 俺は力強くうなずくと、転移装置を組み立ていく。

 これが最後の戦いになると信じて。

 俺たちは新しい世界を、調和と理想をこめて作っていく。

 その先に願ったものがあると信じて。

 転移装置は簡単に言ってしまえば、虚像を映す鏡のようなもの。

 一旦、月へと反射した反転体が光を辿ってたどり着く。

 そう噂されている。

 理屈はよくわからないが、これでどこからでも転移門をくぐって来られる。

 魔法のパターンさえ、覚えていれば……の話だが。

「さてと仕上げだ」

 俺は最終調整を行うと、月に向けて狼煙をあげる。

 各地にいるローラランドの軍団が、それを見て狼煙を上げる。

 そして最終的には王のいる王都にまで届くといった寸法だ。

 ただし、伝えられる文言は限られている。

 俺は設置完了の狼煙を上げるだけだ。

 それだけだ。

 なのに、何故か気持ちがざわつく。心が痛む。

 わからない。

 なぜこんなにも、心が揺れているのか。

 でもこれで終わりだ。

 俺たちはもう戦わなくていい。

 そう思うとこの一ヶ月の旅路にも終止符が打たれるのかと、感慨をもたらす。

 すべてはこの日のため。

 そのために戦い、仲間を血で汚し、失っていった。

 俺がやったのだ。

 感情を揺らし、激情に駆られ、全てを失い、もう戻らないと知りながらも。

 それでも神に祈り、願い、焦がれて。

 俺にはできないことを神さまならできると祈って。

 そんな者はいない。

 言葉が俺の中で弾ける。

 俺が抱いていた理想は常闇の宇宙そらには届かない。

 ただ空に霧散し、消えていく。

 俺たちの戦いには意味がなかった。

 いたずらに人を死なせていった。

 俺は、俺たちはただの捨て駒でしかなかったのだ。

 それをわかったのは転移装置を作り、狼煙をあげ、増援がきたあとだった。

 第四者だいよんじゃと呼ばれる彼らには最初から薄暗い噂があった。

 それでも今のローラランドを作るにあたり、活躍した英雄だった。

 だが、英雄の裏側には悲惨な末路がある。

 他者を貶め、心を砕き、命を奪う。

 そんな陰惨な影が潜んでいたのだ。

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