第20話 ギレオン

「お前は……?」

 俺が誰何すいかの声を上げるとニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる男。

 長身できっちり筋肉がついている。手には電流を発する鉄球、その鎖が握られている。

「おれはギレオン。この世界を変える者なり」

 金髪金色の瞳をしたギレオンと名乗る男。

「お前らはローラランドの人だろ? だったらおれの敵に決まっているだろうが!」

 ギレオンが叫ぶと、鉄球が飛んでくる。

 俺とクリスはそれをかわし、左右に飛ぶ。

「あっはははっはは。逃げろ。怯えろ!すくめ!」

 ギレオンが咆哮し、鎖がうねる。

 持ち上げられた鉄球はぎれおんを軸に回転運動を始める。

「かわせ! クリス!」

 俺の声が届いたのか、クリスは後方を振り返り錫杖で受け止める。それでも重い鉄球の衝撃は凄まじく、クリスを吹き飛ばす。

 受け身を取るが地面を数回転するクリス。

「クリス!」

「他人の心配をしている暇があるのかよ! ボーイ!」

 声を荒げるギレオン。

 その顔には愉悦の笑みがこぼれていた。

 こちらに向かって飛翔してくる鉄球。

 俺はその鉄球をかわし――。

 その上に乗ることに成功した。

「なっ!」

 想定外の動きに焦るギレオン。

「はっ! これなら倒せまい」

「アホか!」

 鎖を伝い電撃の魔法が俺の体を刺激する。

 超高速で伝播する電撃の威力。

 全身が痺れるのを感じ、素早く鉄球から離れる。

「フィル!」

 後方から声がしたと思えば、そこにはクリスが立っていた。

「バカ、逃げろ!」

 後方に飛んだ俺を支えるように受け止めるクリス。

「あの鉄球、鎖で繋がれています。なら攻撃範囲もわかります」

「なるほど。あの鎖よりも遠くには投げられない」

「バカチンが!」

 鎖が延長された。鉄球が飛んでくる。

 なんと鎖の代わりに電撃で柄を形成しているではないか。

「バカな! そんな魔法、聞いたことがない」

 剣で受け止めると勢いを相殺し、地面に引き下がった跡が残る。

「これではこちらが持ちませんよ!」

「わかっている」

 状況は最悪だ。俺たちは負けかけている。

 それにあの鉄球の威力と破壊力は並外れている。

 グレンの火球が可愛く見えるほどに。

 無骨で角ばって見える剣の柄を握っているが、それ以上に無愛想で無骨な武器だ。

「ほらほら! もう一撃!!」

「俺たちはわかり合えないのか!?」

「おれの両親を殺しておいてよく言う!!」

「……両親!?」

「なんにも知らないお坊ちゃんかよ!」

 鉄球が振り下ろされる。

 地面を抉り、周囲に衝撃波を放つギレオン。

「ギレオン。人と人とはわかり合える。そんな可能性だってあるんだ!」

「ねーよ。そんなもん!」

 再び襲いかかる鉄球をかわし懐にめがけて突進していく。

 相手の攻撃範囲が無限ならこっちは懐に飛び込むしかない。なにせこっちの攻撃を当てなくてはいけないのだから。

「おらおらおら!」

「わたしたちは同じ仲間じゃないですか!」

 クリスも声を紡ぐ。

「戦いの歴史は、人の過ちはこれ以上繰り替えてはいけない!」

「その未来を奪ったのはお前らだ!」

 鉄球が、電撃が足元を穿つ。

「お前らさえいなければ!」

「違う」

 俺はなんの確証もないまま思惟を巡らせる。

「違うよ! 俺たち人間はそれほどやわじゃない。俺はそれを知っている!」

 まだわからないことだらけだ。

 死んだ人も大勢いる。

 でもだからこそ、人は前に進むべきだ。

 憎しみは憎しみをもたらすだけ。

 何も産みはしない。

「俺たちが争う理由なんてどこにもないんだ!」

「ボーイ。夢は寝て言え!」

「やめなさい!」

 横合いから飛び出すクリス。

 まっすぐにギレオンに飛びつく。

 ゼロ距離からの錫杖による攻撃。

 避けられまい。

 が人間に不可能とされるほどの瞬発力で回避するギレオン。

「電気は人間の筋肉への信号! 早い電撃を使えば!」

 まずい。

 ギレオンは今まであった中で最強かもしれない。

「人の命をもてあそぶ者め。消えろ!」

 ギレオンの荒い息がこちらの攻撃をためらわせる。

 あいつだって生きているんだ。

 わかり合えないわけがない。

「クリス! あれをやる」

「は、はい!」

 俺は気合を入れ直し、すーと息を吸い込む。

「土煙!」

 暴風となって襲いかかる土が辺り一帯を埋め尽くす。

「おいおいおい、この効果範囲はなんだよ!」

 ギレオンが戸惑った声で周囲に視線をくべらせる。

 土煙の壁が立ち上る。

 周囲を見渡し、どこから飛んでくるかもわからない緊迫感。

 それだけで相手の精神を疲弊させる目眩まし。

 俺はこの魔法を気にっている。この無作法な技を――。

「はっ! 見えなくても!」

 ギレオンが鉄球を頭上に掲げ、回転させていく。

「おらおらおら!」

 鉄球が振り回されたままの速度で、周囲を人海戦術のように、余すことなく場を支配していく。

 うちあてられた樹木はメキメキと音を立てて倒れていく。

 周囲を攻撃しているのだから、人を巻き込むこともある。

 前に出ていた俺はその余波をうけて後方に吹き飛ばされる。

「フィル」

 受けとめてくれたクリスが回復魔法で癒やしてくれる。

「はっ、なんだよ。その魔術は!」

 ギレオンは嬉しそうにハニカム。

「魔術? これが?」

 ようやく理解した。

 俺たちの使う魔法と、ギレオンが使う魔術は違う。

 あのクレアが言っていたように、こっちの国から逃れていった者が隣国アルサラスでは生きながらえていたのだろう。

 だから魔術は生き延びてきた。

 人を媒介に。否、人の力として。

 その力は魔法よりも優れていて、人の本質を知っているのかもしれない。

 こちらよりも優れているのは火を見るより明らかだ。

 文明のレベルが多分違うのだろう。

「っ!」

 回復が終わるとギレオンの鉄球が振り下ろされる。

 それを剣でいなすと、まっすぐに突き進む。

 もう煙は晴れた。

 しかしこれでわかった。

 どっちが正しいのかが。

「ギレオン! お前のことを教えてくれ!」

「なぜ?」

「この戦争をなくすため」

 そうだ。俺は前世の戦争で死んだ。

 たぶん意味もなく、ただ気に食わないから。それだけ。

 人種が違うから。ただそれだけで殺された。

 それがどれほど馬鹿げていて、おかしなこととも知らずに。

 力を持つ者は持たざる者を支配しようとする。

 そこに慈悲はない。

 人としての尊厳はない。

 自由はない。

 平等はない。

 そんな世界になんの意味がある?

 なぜ戦うのか。なぜ憎しみ合わなければならないのか。

「俺は戦争孤児だ!」

 二度目の人生も俺は内乱で家族を、故郷を失った。それがどれほど理不尽なのか、どれほどおかしいのか。

 それを論じることもなく、ただ優越感に浸りたいだけのバカどものせいで。

 劣勢だの優勢だのそんな話はどうでもいい。ただ生きたい。それだけだ。

「お前……」

 ギレオンがわずかに攻撃の手を緩める。

 わずかにあがった口角を見逃さずに接近する。

「俺はフィル=アーサー! いずれ戦争をなくすもの!」

「おれはギレオン! ギレオン=メッケンジー。復讐をするもの!」

「フィル! どうして?」

「俺はこいつと話さなくちゃいけない」

 胸に抱いた心のかけらを思いながらギレオンに接する。

「もう誰にも死んでほしくない」

「でも!」

 悲しげにしぼりだした声を出すクリス。

「はっ! いい度胸だ! アーサー!」

 快活に笑うギレオン。

 電撃を浴びせてくるギレオン。

 体の中を電気が走る。

 こいつが言った。電撃は筋肉を刺激すると、そしてそれは人の脳にも言えたことらしい。

 瞬時に理解した俺は過去を見た。


 第四者だいよんじゃが一人、災禍の大剣使いウォーレス=スペンスがくしゃりと笑みを浮かべ、俺の前で初老の男を串刺しにする。下卑た笑みを浮かべ、ケラケラと笑う。

「どうだ? 人間の串焼き一丁あがり」

「もう。ウォーレスったら。あんなの食べたらお腹壊しちゃうでしょ?」

 くつくつと笑う白魔道士のヴァイオレット=リリー。

「パンがなければ肉を食えばいいじゃない」

 ぼそっと一言漏らすニック=イーガン。

 俺は手を伸ばす。

 殺された初老の男は俺の大切な人だ。それを見ていることしかできないなんて……。

 絶望と悲しみと果てない後悔をもたらす。

 怒りと憎しみが湧き上がり、眼の前の第四者だいよんじゃを睨めつける。

 初老の女がギロチン台に運ばれていく。

 何が第四者だいよんじゃだ。

 何が皇帝の側仕えだ。

 こんなの理不尽すぎる。こんなのひどすぎる。

 振り下ろされるギロチン。

「いい音でたわ」

 ヴァイオレットが嬉々として見つめていた。

 その視線の先には母の亡骸があった。

 狂いそうだった。

 俺の大切な人が一人一人殺されていく。

 友達も、家族も、一緒に暮らしてきた仲間も。

 俺は何もしていないのに。

 ただ生きてきただけなのに。

 魔術を使える――それだけで。

 一方的に蹂躙されていく。

 あとに残るのはせいから生まれる深い悲しみと憎しみ、そして変えようのない怒り。

 苦しみを癒そうとするように差し向けられる憎悪の顔。

 電撃が走る。

 父がくれた技が第四者だいよんじゃをひとまとめに痺れさせる。

 生存本能が生き残れと叫ぶ。

 ここでは勝てない。

 悟った俺は一旦引き下がる。

 森を駆け、地を巡り、川を飛び越える。

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