第17話 復讐
土の混じった煙りが周辺を覆い被さる。
クリスの目の前に躍り出ると、重くなった剣をふり下ろす。
やった!
射精にも似た快感を得て、クリスが真っ二つに切られる幻惑を見た。
だが、錫杖で受け止められた。
そう理解した瞬間に力が抜け、弾かれたように地を蹴るクリス。
錫杖の一端が俺の頭に衝撃を与える。
クラクラとした俺は力なく剣を振るう。
「どうしたのですか? そんなのフィルさんの剣術ではないですよね?」
「理想を押しつけるな。俺は復讐のために生きてきた」
「そんなの嘘です!」
クリスの声にビクッと身体を震わせる。
「だってわたしの気まぐれにつきあってくれたじゃないですか。優しさを捨ててはダメです」
何を勝手な。
それこそ、俺の気まぐれだ。
俺があんたを殺したいと思ったから攻撃をした。
「俺はお前を殺したい」
悪意の籠もった声がクリスを射貫く。
「そんなの! あなたは人殺しなんてできるはずがない」
歯の隙間から漏れ出るような声で俺を見つめる。
俺は立ち上がり、距離を取る。
「フィルさん。これ以上、悲しみを増やしてはいけません!」
「うるさい。うるさい! うるさい!!」
剣を構えて、足にマナを集中させる。
駆け出した俺の身体はクリスに斬りかかる。
錫杖が頭を強打し、俺は意識を手放す。
☆★☆
ふと起きると、そこには綺麗な花園を見つめる。
赤、青、黄。
いろんな花が咲いている。
「俺は、負けたのか……」
「復讐なんてつまらないことを考えているからです」
俺は顔を上に向けるとクリスの大ぶりな胸、そして柔らかな笑みが見える。
この笑みを奪ってしまうところだった。
涙が溢れてくる。
「俺、間違っていたんだな」
「そうとも限りません。人は熱がなければ生きていけませんから」
「……そうか」
熱がなければ、やる気は生まれない。
でも憎しみは自分自身も焦がす熱。
ある意味ではあっているのかもしれない。
ツーッと涙が頬を伝う。
「泣いてばかりだな。俺」
「いいです。泣いて、気持ちに整理をつけましょう」
「ああ」
短く応えると、俺は涙を拭う。
やっと晴れた思いになったのだ。
肩の荷が下りた思いだ。
復讐は、憎しみは何も生まない。
だから、俺は生きている。
世を人を恨んだときから、視野が狭まり、そのものの世界を腐らせる。
性根を腐らせていたら、何も変わらない。何もできない。
今の俺にはそれがよく分かる。
「あれ。痛みが引いている」
「ふふ。わたしが回復術士ということをお忘れですか?」
「そう、だったな」
その柔和な笑みに押し返されたが、回復術士は自分の傷は癒やせない。
腕やその顔に切り傷や擦過傷がある。
俺はつい目をそらす。
傷つけたのは俺だ。それで俺が大丈夫か、と聞くことはできない。
それじゃあ、まるで命をもてあそんでいるようじゃないか。
俺が俺の意思で傷つけたんだ。
それは間違えようのない事実だ。
彼女を傷つけたのは間違いなく俺だ。
不実な偽善者。
あの殺された少女と同じように、俺が殺されていても不思議じゃなかったんだ。
おぞましい寒気が走り、身体を震わせる。
心から俺は泣き叫んだ。
終始、頭を撫でるクリスがそこにはいた。
「大丈夫。大丈夫です」
彼女は優しかった。
本物だ。
聖女様のようだった。
「可愛いな」
俺が発したと思ったけど、なんだかふんわりとした言い方だった気がする。
「え」
ポッと頬を赤らめるクリス。
「あ。いや、クリスはいい子だよ」
誤魔化そうとしたけど、うまく話を変えられなかった。
やはり女性は苦手だ。
「そ、そんなぁ~」
頬を赤らめ、手で顔をあおぐクリス。
そっと立ち上がり、俺はクリスを促す。
「さ。行くぞ」
「……はい」
何やら残念そうな声を上げるクリス。
もっとクリスの太ももを堪能するべきだったか。
いや、そんなことを知られたら、今度こそクリスに嫌われる。
もう嫌われるのは嫌なんだ。
俺は無言で正座しているクリスに手を差しのばす。
「ふふ。紳士ですね」
「本来の俺はこんなもんさ」
先ほどの憎しみを誤魔化すように俺はささやく。
ちょっと頬を赤らめているクリスだが、無言で荷物を背負い、歩き始める。
俺も荷物を持ちついていく。
「あ」
「どうかしました?」
「いや」
足下には彼女に送ったペンダントが落ちていた。
靴底で踏んだ跡がしっかりと残っていた。
それを拾い背嚢にしまう。
俺はあと何度間違えればいいのだろう。
でもクリスと一緒なら乗り越えられる気がする。
彼女は素敵なものを持っている。
俺なんかよりもずっと優れている。
彼女がいれば世界から戦争なんてなくなりそうなものなのに。
どうしてこの世界はこうも歪む。
宗教の違いが争いの一端を担っている。
「帰ったら宿屋を探すぞ」
いつも以上にぶっきら棒に言う俺。
「はい」
いつも通り柔らかな雰囲気で笑むクリス。
「フィル。あそこがいいんじゃないですか?」
「お、おう」
名前、呼び捨てになっているんだよな。
それにドギマギする俺。
宿に入ると店主と二三やりとりを終えて二階にある客室を借り受ける。
男女で一緒は良くないと言ったのだが、そちらの方が安くすむとクリスに諭された。
それに何かあれば、反撃するとも。
錫杖を持たせたら、俺に勝ち目はない。
すごすごと引き下がる俺が惨めな感じがした。
彼女にいいところを見せたい――。
そんな思いがふつふつと湧いてきた。
俺はこんなに弱かったか。
かっこつけようとなどとするから。
「俺ちょっと街に出ていく」
「わたしも行きますか?」
「大丈夫だ」
俺はそれだけ言い残し、露店に行く。
先ほどペンダントを買ったお店だ。
「同じペンダントが欲しいだ?」
「はい」
「あのね。ここは一点物しか扱っていないの。分かる? おれが丹精込めて作ったんだよ?」
「すみません」
俺は頭を下げて食い下がる。
「せめて治しては頂けないでしょうか?」
こんなに敬語を使ったのは始めてかもしれない。
「おれはもう戸締まりするの。分かる?」
「そこを、なんとか」
しつこいと思われているかもしれない。
かっこ悪いと思われているだろう。
それでも譲れないものがある。
「は。道具ならある。定価で買うかい?」
道具。明らかに使い古された中古品だ。
店主はこれを機に新しい道具を買いそろえたいのかもしれない。
足下を見られている。
きっと俺が工具店に行っても、何を使えばいいのか、分からないだろう。
「お願いします」
俺は土下座をして許しを請う。
「あー。分かったよ。ちっ」
舌打ちをした店主が、少し寒いと思った。
なんとか中古品を受け取り、一通りの使い方を教えてもらう。
俺はそれを持ち帰り、宿に戻る。
「フィル。そろそろ夕食にしましょう?」
「え。ああ。そうだな」
クリスに誘われるがまま、俺は街に食べに行く。
「何が食べたい? クリス」
俺がそう訊ねると、顔を赤らめるクリス。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
彼女はそう言い、前を歩く。
「じゃあ、ここの名物でも食べましょうか?」
春キャベツを使った料理らしい。
「分かった」
俺とクリスが料理店に入ると、メニューを見る。
春キャベツのロールキャベツと、山菜の天ぷらを注文する。
どちらも
なんだか泣けてきた。
殺しあった相手と食事をする。
この可能性が人にあるのだと知る。
クリスのような子が世界を救うのだろう。
なんて情けないんだ。俺は。
食事を終えて、宿に戻る。
俺とクリスは別々のベッドに寝付く。
が、寝相の悪いクリスは俺の掛け布団を引っぺがし、自分のものにして床で包まるのだった。
朝起きるとクリスは寝ぼけ眼で、目を冷まし一言。
「なんでこうなっているのです?」
それを聞きたいのはこっちだ。
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