第16話 土煙

 ペンダントを購入するとその場で、クリスに向き合う。

「つけてください」

「え。ああ……」

 そっとクリスの後ろに立つと、クリスは髪を上げる。

 普段長い髪に隠れて見えないうなじが見えてドキッとするが、務めて平静を装う。

 つけると、俺はホッとする。

「観光名所に行ってみるか?」

「そうですね。興味あります!」

「千本桜と言っていたな。この街の外にあるらしい」

 地図を片手に歩きだす俺とクリス。

 花が咲き乱れる剥き出しの野道を歩くこと一時間。

「つ、疲れました」

「もうちょっとだ。頑張れ」

「で、でも――っ!」

 道中にある切り株を見つけると、俺はクリスを促す。

「あの切り株までだ。あそこで休もう」

「むー。分かりました」

 少し歩くと、切り株に腰をかける俺たち。

 荷物を降ろし、水筒の水をあおる。

 小鳥のさえずり。葉擦れの音。

 それらが音楽を奏でているようで、耳に残る心地よさがある。

 風で揺れる草木。

 なんだか心地良い時間だ。

「綺麗ですね~」

 茶葉を味わいながら、陽光に身を暖めるクリス。

 風が吹き、青い髪を揺らす。

 大きな切り株に身を預けるクリス。

 熱を持った光りが気持ちいい。

 眠気を誘う天候に、俺とクリスはうつらうつらと船をこぐ。

 たっぷり休むと、クリスが口を開く。

「このまま、帰りましょうか?」

「いやいや、桜、見に行くぞ」

 俺はクリスをせかすと、うなりながら目を擦るクリス。

「分かりました。行きましょう」

 そう言って重い腰を上げるクリス。

 荷物を抱えて、歩きだす。

 花の甘い香りや風の運ぶキンモクセイの匂い。

 色とりどりの花が咲き誇る広場に出る。黄色、赤、青などなど。

 周囲を薄ピンク色な桜が花開いている。

「わぁああ。綺麗! わたしの地元アリエ街にも咲いてくれないかな?」

「アリエ、街……!?」

 俺は目を見開き、視界が曇る。

 世界が色あせていく。

 白と黒の世界。

「どうかしましたか? フィルさん」

「アリエ街。俺の故郷、コルル村を滅ぼし、合併した街!」

「あ……!」

 クリスは口元を手で覆う。

 俺は剣を鞘から引き抜き、構える。

「父さんも、母さんも、死んだ。殺されたんだ。お前らが殺した!」

 怒りが抑えきれない。

 中途半端に知っているからこそ、クリスに怒りが湧いてくる。

 なんだ。お前は。

 殺したくないと言い、盗賊にまでも慈悲を傾ける――そんな奴がなぜ俺の父さんを殺した!

 お前も命をもてあそぶものか!

 剣で斬りかかると、クリスは荷物を降ろし、錫杖で受け止める。

「フィルさん!!」

「お前が死ねば良かったんだ!」

「フィル……さん……?」

 マナの滞留が流動を始める。

 血と一緒に流れるマナは身体から吹き出し、皮膚を突き破る。

 マナと一帯となった俺は、筋力が増量し、クリスを押し切る。

 弾かれたクリスは距離を取る。

「はっ。逃げたつもりか!」

 俺は灰色に染まった草花を散らし、クリスに攻め寄る。

 剣をふり下ろすと、錫杖で受け流し、左に避ける。

 なんだ。それは。

 俺よりも棒術に特化しているなど、クリスの才能が妬ましい。

 俺にできなかったことをできている。

 その才能がありながら、内乱を起こし、勝手に合併し俺から全てを奪った。

 そんなの許せない。

 俺を殺したのはお前だ。

 俺から全てを奪った。

「お前だけは、殺す」

「やめてください。フィルさん!」

 仲の良い仲間の気がしていた。

 でもそれは間違いだった。

 ずっと俺を騙してきたんだ。

「落ち着いてください。こんなことをしてもなんの意味もないです」

「黙れ! 俺の家族はお前らに殺された。スターミアンというだけで、死に場所も選べずに!」

 血に染まった瞳も、剣を振るう腕も、親がくれたもの。

 あの村がくれたもの。

「土煙!」

 俺は横薙ぎにマナの込めた剣を振るう。

 周囲が土煙で覆われ、視界がほとんど見えなくなる。

 俺が唯一できる魔法。

 土系統の最弱魔法。

 しかし、最弱でも極めれば最強になる。

 通常の効果範囲は約二メートル。だが、俺の放った『土煙』は効果範囲約八メートル。

 周囲を埋め尽くす土煙は砂利が混じり、細かい傷をつける。

 それだけではなく、黒く濁った視界にする。

 まっすぐにクリスに狙いを定め、俺は剣を横薙ぎに振るう。

 一閃。

 煌めいた粒子を纏った剣がクリスの脇腹に突き刺さった――。

 勝った。

 そう思った瞬間、錫杖が揺らめく。

「受け止めた!?」

 錫杖で受け止められた剣は弾かれ、クリスは煙りの中に消えていく。

「くっ!」

 マナで強化された嗅覚がクリスの位置を教えてくれる。

 まるでイヌのように嗅覚を頼りにクリスに肉迫する。

 もらった。

「遅いです!」

 錫杖が俺の顎に衝撃を加え、ふらふらとよろめく。

「戦いたくありません! あなたはわたしに優しくしてくれました!」

「なにが言いたい!」

 俺はクリスの腕に斬りかかる。

 さっと後ろに引き下がるクリス。

 切っ先がクリスの腕に切り傷を作る。

 じわっと血がしみ出す。

 落ちていくペンダントを踏みつけて、俺はさらに追撃する。

 土煙が晴れ、クリスとの距離を測ることができる。

 爆発する炉心と化した熱が俺を突き動かす。

 こいつを殺したら、俺の父さんと母さんが喜んでくれる。

 そんな気がする。

 俺は怒りのままに、クリスに斬りかかる。

 だが、その攻撃のほとんどは錫杖に阻まれる。

 細かい傷を作っていくクリス。だが、致命傷には至らない。

 俺はこいつを殺すために生かされてきた。

 両親をなくし、家をなくし、友をなくした。

 あの夜、俺は全てを失った。

 あとからきたベルがいなければ、俺は飢えて死んでいたのだろう。

 だから、殺す。

 俺が仇を討つ。

 そのために生きてきたのだ。

「俺の村をなぜ奪った!」

「わたし、まだ子どもでした。賛成なんてしていません!」

 クリスはハッキリと物を言う。

 関係ない。

 あいつらの仲間だ。

 ほの暗い声が俺の心を揺さぶる。

 そうだ。

 あいつらが悪い。

 あいつらが仕掛けてきたのだ。

 宗教の自由を奪い、無理矢理にでも従わせようとした。

 そんなの、認められるはずもない。

 人としての尊厳を踏みにじられたのだ。

 許せるわけがない。

 この十年抱えてきた爆弾が爆発し、怒りとなって、マナとなってにじみ出る。

 俺がやらなくちゃ、誰がやる。

 あの地獄のような一日を味わったのは、すべてアリエ街のせいだ。俺が殺すべき奴は目の前にいる。

 憎しみが心を支配し、よどんだ黒い感情が身体を滑らせる。

 死んだのはお前だ。

 強烈な否定の意思を纏い、その黒い剣でクリスを追い詰める。

 錫杖と回避行動でかわしていくクリス。

 それはなんだ。

 大人しく切られてしまえばいいものを。

「憎しみが生きる意味なんて悲しすぎます! もとのフィルさんにもどって!」

 甲高い声が耳朶を打ち、心を揺さぶる。

 こいつは何を言っている?

 今の俺も、俺の一部だ。

 殺したいと願うのも俺だ。

 だって? 笑わせてくれる。

 そんなものはどこにもない。

 俺はもとからこうだ。

 殺したい奴を殺し、生かしたい奴を生かす。

 勝手気ままな、それが俺だ。

 復讐するために今まで生きてきた。

 それを止めたら、本当に俺は生きていた意味を失う。

「生きる意味を見失わないで!」

 そうだ。

 失っていない。

 まだ家族の恨みを晴らしていないのだから。

 俺は内乱を起こしたアリエ街。そこに住まう者を許せない。

 焦げ付いた匂い。化学薬品が燃える匂い。

 煤けた衣服。

 何もかもが鮮明に覚えている。

 気持ち悪さを感じ、剣の動きが鈍る。

 その瞬間にクリスは俺に錫杖を突き刺してきた。

 鋭利ではないそれが、腹部に衝撃を与える。

 背後に逃げる俺。

 もう一度アタックだ。

「土煙!」

 再度叫んだ魔法。

 横薙ぎに払うと、辺り一帯が煙りで覆われる。

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