第15話 ペンダント

 俺が腐っていると、ジェシカは励ますようにそっと手を触れてきた。

「あんたはいい奴だよ。最近見ないような真面目な人だと思う」

 そんなに褒められては気恥ずかしいし、その分析は間違えている気がする。

 闇夜に浮かぶ二つの月は綺麗だ。

 恥じらいを隠すように呟く。

「そういうジェシカだっていい奴じゃないか。こんなところで回復魔法を使っているんだから」

「そうだね。あたしも偉い!」

 立ち上がり、仰々しく腕を広げて見せるジェシカ。

「なんだよ。それ」

 俺はクスッと笑みを零す。

「そっちの方がいいよ。あんたは」

「そ、そうか?」

 仏頂面を浮かべいることが多かったが笑うのは久しぶりな気がする。

 それを褒めてくれているのだ。

 少し心が緩む。

 彼女には何かを思わせる力がある。

 女子は苦手意識があったが話していて心地良い。

 こんな真面目な話ができるのも彼女だからこそ、かもしれない。

「でも、こうしていられるのも時間の問題かも……」

「ん?」

 あの楽観主義が生真面目な顔を見せる。

 その横顔は美しく聡明に見えた。

 彼女の顔はそれだけ美しく見える。

 クリスが可愛い系なら、ジェシカは美しい系だ。

 二人を並べてみたとき、別のベクトルで顔面偏差値が高かった。

「あー。まあ、あたしも旅人だからね。そろそろ旅立つさ」

「ジェシカはなぜ旅をしているんだ?」

「ふふーん。知りたい?」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているジェシカ。

 その言葉にモヤモヤしたものを感じながらも、俺は考える。

「自由、が欲しかったから?」

「当たらずとも遠からず?」

「なんで疑問系なんだよ」

 俺は呆れたように肩をすくめて、ため息を押し殺す。

「ふふ。まあ、いいでしょ? あたしの都合なんだし」

「それもそうか」

 クスッと笑い声を漏らす俺。

「さてと。あたしは眠るよ。あんたも眠りな」

「ああ」

 俺は会話を終えると、男性用テントに向かう。

 眠くはないが、床につくには遅い時間帯だ。

 ギンギンに目が冴えている。

 すぐに寝床を開けて、剣を研ぐことにした。

 こうして研いでいると気持ちが落ち着いてくる。

 落ち着いて、くる……?

「何をやっているのだろうな。俺は」

 流れ落ちる涙を拭うことなく、夜空を眺める。

 綺麗だ。


 空が白んだ頃。

 俺は井戸水で身体の汗を流す。

 さっぱりしたあと、立ち上がる。

 身支度を調えると、俺はクリスを呼びに行く。

「クリスティーナ。そろそろ行くぞ」

 そう言って女性テントの中に呼びかける。

「ちょっ! きゃっ!」

 テントを開けたのはジェシカだった。

「ふふーん。可愛いわよ。彼女」

 ジェシカが女性用のテントへ押し込まれる。

 そこには下着姿の女性がたくさん。

 その中には当然、クリスもいるわけで……。

「ちょ、ちょっと! 見ないでください!」

 俺の頬をひっぱたくクリス。

 薄化粧をしたクリスはいつもの何倍も可愛く見えた。

 が、ビンタで地面にぶつかる。記憶を刈り取る衝撃だった。

 俺が頭を振って起き上がると、目の前にはクリスがいた。

「あれ。俺は、どうしたんだっけ?」

 すっぽりと記憶が抜け落ちている。

「昨日の夜、ジェシカと話したのは覚えているし、剣を研いだけど……」

 朝起きてからの行動が全然思い出せない。

「ま、まあ、いいじゃないですか」

 クリスは焦った様子でこちらを見やる。少し恥ずかしそうにしている。

「わたしは気にしませんよ?」

「え」

 気絶している間、俺はいったい何をしてしまったんだ?

 不安で気持ちがいっぱいになり、クリスをマジマジと見つめる。

「ほ、本当に記憶が曖昧なんですよね?」

「ん。ああ。みたいだ」

 モヤモヤという気持ちが膨らんでくる。何か記憶を邪魔しているような。

「良かったね。エアハート。あなたのけ――」

「ダメ!」

 クリスはジェシカの前に出て声を上げる。

「絶対ダメ!!」

 むむむと頬を膨らませて抗議するクリス。

「そ、そうだな」

 うろたえる俺。どんなことがあったのか知らないが、野暮な詮索はしまい。

「そろそろ行くぞ。ここに立ち止まっていてもしょうがない」

「このオータムを出ていくのかい?」

 ジェシカは苦悶の表情を浮かべる。

「もういいだろ。クリスティーナ」

「……分かりました」

 クリスの気まぐれに付き合ってやったのだ。

 こちとら王からの勅命を預かっている身。ここで呆けている暇はない。

「そうかい。あんたらと会えて良かったよ」

 ジェシカがくしゃりと顔を悲しそうに歪める。

 大都市オータムの門をくぐるところまでジェシカが駆け寄ってくる。

「最後に思い出を」

 ジェシカはそう言い頬にそっと唇を寄せる。

「え」

 俺は驚き言葉を失う。

「いってらっしゃい。アーサー、エアハート」

「……」

 目をぱちくりとするクリス。

「ああ。いってきます」

 俺はぎこちない笑みを浮かべて歩きだす。

 その後をついてくるクリス。

「婚約、されたんですか?」

 隣を歩くクリスが訊ねてくる。

「いや、違うから!」

 心なしか否定的になる俺。

 彼女には嘘を言いたくないし、誤解されたくない。

 そう思えた。

「現地妻……?」

 ぼそっと呟くクリスの言葉に疑問を持ち訊ねる。

「げん、ちづま、ってなんだ?」

「分からないのですか?」

「ああ……」

 あっけらかんとしていると、クリスは思わず吹き出す。

「可愛いですね」

 女子の可愛いは信用できないんだよなー。

 そんな他愛もない会話を続けていると、周囲の気温が少しずつ上がっていくのを感じた。

「そろそろ秋も終わりですかね」

 上着を脱ぐと、背中にしょっていたバッグに詰める。

 紅葉こうようが終わり、新緑の世界へと足を踏み込む。

「スプリングまち。春の訪れを感じる街」

 春風を感じ、木々が緑色に彩られている。

 スプリング街。

 年中春という奇跡の街。それは地下霊脈によるマナの供給が大きい。

 その昔、魔王を封印したという。封印された魔王のマナの残滓が、地下から放出されている影響があり、年中マナに困ることがないという。

 故にマナを使った技術が発展している。

 蝶々が飛び交う中、俺とクリスは歩きだす。

 花の香りが甘く、優しい気持ちにさせてくれる。

 ちなみに花粉症の人はこの街には絶対に来たくないらしい。

 ハチミツの名産地でもあり、お菓子の美味しい街としても知られている。

 街の中は活気で溢れており、草からとれる染料で看板が彩られている。

 中央通りに並べられた露店がいくつもあり、その一つをクリスが見つめる。

 一気に彩り豊かな町並みに来て興奮冷めやらぬクリス。

 その目線の先には高価な衣服が並んでいる。

「わー。綺麗な色使いですぅ!」

 これも可愛い、などと言っているクリスだが、そんなにお金はないんだぞ。

「わわ。こんなお値段」

 そっと引き下がるクリス。

 他にも露店があると知り、クリスは周囲に首を巡らせる。

 宝石商、食品店、装飾品などなど。

 クリスは周囲を見て、買い物にいそしむ。

 その後ろ姿は小動物らしさを感じ、微笑ましい。

「これ、似合いませんか?」

 クリスは俺を見やり、ペンダントを見せてくる。

 国鳥のイヌワシの絵が描かれた銀のペンダント。

 やや雑な作りではあるが、安値ということで目をつぶっているのだろう。

「分かった。俺の給料から払う」

「え。そんな! 悪いですよ」

「いいんだ。男に格好つけさせてくれ」

 そう言うとしょんぼりした様子で引き下がるクリス。

 俺は銀貨十二枚を支払い、ペンダントを購入する。

「お若いカップルさんだね~。それに縁結びの効果があるらしいぜ?」

「カップルじゃないです」

 俺は苦笑いを浮かべながら店主に言う。

「じゃあ、兄妹か。うらやましいねぇ~」

 店主は嬉しそうにしている。

「ちなみに、ここ辺りで観光名所ってあります?」

「ああ。あるよ。千本桜と呼ばれていてな。この街の西に位置している」

 店主は真剣な顔で教えてくれる。

 が、

「妹さん、オレにくれない?」

 ナンパな店主だった。

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