第13話 戦う意味

 グレンが剣を振るう度に、身体がきしむ。

 なんだ。この感じは。

「グレン」

 ねっとりとした声でララが駆け寄ってくる。

「ちっ。分かったよ!」

 距離をとり、剣を鞘に収めると、完全に引き下がるグレン。

 グレンが殺したスターミアンの少女。

 まだ名前すら聞いていなかったのに。

「グレン……!」

 憎しみの籠もった声を上げる。

 あと少し。あと少しで改心していたはずの少女はむごたらしく死んでしまった。

 息の根が止まった彼女の身体を見て、自分の荒くなった呼吸と嘆息が一緒くたに吐かれる。

 クリスのもとに駆けていく。

 死を悼む時間もない。

 まだ生きている人がいるに違いない。

 この世にはおとぎ話のような蘇生魔法なんてないのだから。

 近くにいた大人が持っていた消毒液を使い、傷口を拭く。

「大丈夫だ。すぐに病院に行くぞ」

 みず知らずの他人を助けるなど、今までしなかった。

 だが、俺は放ってはおけなかった。

 心が、気持ちが切り替わったわけではない。

 それでも頑張らなければならない。

 生きているということはそういうことなのかもしれない。


 夕闇に染まる頃合い。

 食事を摂るのも忘れて俺とクリスは働いていた。

 そこにジェシカという少女がパンを渡してきた。

 少し固めのパンを口に含むとほのかに甘さが広がる。

 パサパサになった喉を潤すため、水筒に口をつける。

「少し休むか」

「はい」

「あんたら頑張りすぎだよ」

 ジェシカは明るく俺を見やる。

 ドラム缶の上にのり、短いスカートを揺らす。

 白銀の髪をなびかせて、小さな胸が見えそうな衣服。

 紫紺の瞳がこちらを射貫く。

「あんたら何を考えてこんな時間まで治療しているのさ。そっち彼女に関してはマナが枯渇するまで回復魔法を使うし」

 楽観的に笑うジェシカだが、彼女もまた回復魔法で治療を行っていた。

「それはお互い様だろう?」

「はは。バレた? でもあたしは両親の残滓を受け継いでいる。でなきゃ、こんな面倒なことしていないよ」

 クスッと笑みを浮かべる。

「わたしも、同じかもしれません」

「そうなんだ」

 同意する目を見て、クリスも朗らかな笑みをようやく浮かべた。

 あっけらかんとした様子のジェシカだが、話がうまいのかクリスを乗せることに成功した。

 そのまま会話を続けていく。

「あんたも苦労しているんだねぇ」

「それはジェシカさんの方ですよ。わたし、まだまだです」

 困ったように眉根を寄せるクリスだが、すぐに気合いの入った顔になる。

「素晴らしいね。嫌いじゃないよ。その心構え」

 軽口を叩くジェシカ。

 どこかうそぶいているように感じたのはどうしてだろう。

 俺には分からないが、彼女の気持ちがどこにあるのか、分からない。

 焦燥と不安がこみ上げてきて、パンを押し込むと、さっそく治療に戻る俺。

 何かを考えているよりも、動いていた方が怖くない。

 止まってしまえば息が切れてしまう。

 そんな圧迫感で押しつぶされそうになりながらも、動いていた方がいい。

 もう考えるのは止めだ。

 彼女みたいに楽観的になれば、死も怖くない。殺した事実が消えるかもしれない。

 そう思ったとき、空寒い気持ちが膨れ上がってきた。

 こんな気持ちで何ができる?

「どうしたのですか? フィルさん」

「え。ああ。いや……」

 困ったように笑顔を見せると、不思議そうな顔をするクリス。

「ん?」

「え? あ。いえ。なんだか悲しそうに笑っていたので」

 そんな顔をしていたのか。俺は。

「でも辛いですよね。だって、こんな惨事ですもの」

「ああ……」

 曖昧に返すと、クリスは悲しそうに眉を下げる。

「皆さん、何の罪もないのに……」

 そうだ。

 俺たちの争いで巻き込まれるのは一般市民だ。

 誰も戦いたがってはいない。

 平和を望んでいるのだ。

 だったら何故国王が勅命を下してまで、他国を攻撃する?

 よく分からないが、戦争と騒いでいるのは上層部だけで、平民はなんとも思っていない。

 なんなら、誰も争いを望んでいないように思える。

 今回のテロ行為を受けて警衛をつけているらしいが、誰もスターミアンを否定はしていない。

 ただ不運だと嘆くだけ。

 誰も敵なんていない。そう言っている。

 口々に言うのは戦争が悪い。

 患者からはそんな声が聞こえてくる。

 俺たちが戦うのは何故だ?

 この戦いが国民のためになると信じて剣を振るってきた。

 なのに、誰もそうは思っていない。

 明日のパンがあれば、今を生きるスープがあれば、それで満足なのかもしれない。

 やぶ蛇になるくらいなら、現状を維持したい。

 そう思うのは至極まっとうなことなのかもしれない。

 誰も戦いたがる奴なんていない。

 そんな奴がいたら、そいつは頭のネジが外れているか、過去によって歪んだ者だけだ。

 そんな当たり前のことにすら気がつけていなかった自分に、吐き気がする。

 俺は命をもてあそぶ側に回っているような気がして嫌な汗を掻く。

 じとじととした、べたついた汗で衣服が張り付き、気持ち悪い。

 そんな俺の気持ちを知らずに回復魔法を使い続けるクリス。

「クリスは――」

 何故戦うのか? そう問おうとしたが勇気が持てずに押し黙る。

「わたし、なんかやっちゃいましたか?」

「いいや。魔法は使いすぎるなよ」

 マナが枯渇すれば人は死ぬ。

 生きている生命力であるマナが身体から霧散していけば、いずれ死が待っている。

 俺にはクリスが死ぬのは想像がつかない。考えたくもない。

「誰か、こっちを手伝ってくれ」

 その声に反応し、俺は駆けつける。

 物資の搬入という力仕事だ。

 でもそんなに苦じゃない。

 毎日のように剣の練習をしている身からすると、食糧やタオルを運ぶくらいなんてことない。朝飯前だ。

 一人一人に食糧を配布すると、笑顔で受け取ってくれる。

 中には「ありがとう」と感謝する者も多い。

 人殺しの俺に、親切にしてくれて、涙が出そうになる。

 爆発魔法を使った最新の自爆テロだった。

 殺傷能力を高めるために金属片を混ぜてあった。

 中には内臓の深いところまで突き刺さっていて手の施しようがない者もいた。

 回復魔法は傷口を塞ぐことはできても、時間を巻き戻すことはできない。

 金属片が突き刺さったまま、回復させると、金属片は体内に残り続ける。

 だから先に金属片を取り除かねばならない。

 血の量が足りずに、失血死を迎える者も少なくない。

 十字の赤いマークをテントに張り、その下で治療行為を行っている訳だが、野外ということもあり、感染症の不安が残る。

 それでも彼女らは治療を続けるだろう。

 近くに大きな病院はない。

 そもそもこっちの世界は科学があまり発達していない。

 魔法という便利な能力があるせいで、科学が発展しなかったのだろう。

 俺も魔法を一つだけ使えるくらいだ。

 今更不便を感じるまでもない。

 だが、異世界の知識が役立つのなら――。とも思ったけど、抗生物質とかないんだよな。

 それに微生物やウィルスという概念が当てはまるかも怪しいか。

 俺にそれ以外の知識はない。

 もっと勉強していれば、何か変わったのかもしれない。

 それこそチートで異世界を救うことができたのかもしれない。

 でも俺はただのモブだった。

 戦争の、戦いの中で血だまりになった世界の片隅で俺は生きてきたのだ。

 今更何かできるなんて思わない。

 物資を運び入れ、疲労がたまった頃合いに、ボランティアの人が休憩をもうけてくれた。

 みんなに生かされている俺は、なぜここにいるのだろう。

 王の命令だから? 自分が何かの役に立ちたいから? 英雄に憧れたから?

 俺はその場の雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。

 戦う意味も、それによってもたらされる景色も。

 何もかもが甘かった。


 戦うというのはこういうことなのかもしれない。

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