第12話 自爆
秋の風が朝焼けの始まりを告げる。
大都市オータム。
観光都市として知られており、年間二十万人もの観光客が訪れる。
ニッキを使ったお菓子が有名で、他にも竹林や、お寺がある。
今の時期は特に紅葉が綺麗で、観光客はこぞってツアーに参加している。
旗を持った乗務員に従い、各地の観光名所を見ていく。
俺とクリスも、その中に紛れ観光をしていく。
やっぱり旅で寄っただけとはいえ、観光しないのはもったいない――らしいクリスの意見を参考にした。
二人で大豆由来のソフトクリームを頬張りながら、木製の橋を渡っていると、綺麗な
クシの樹木の葉が色づいている。赤と黄が、ちらほらと見える景色。
川にもたれかかるように葉を散らす。
暗くよどんだ気持ちがそれで晴れるかと言えば別問題だった。
どこかもの悲しさを覚える風景に俺は背を向ける。
これ以上見たくない。
「フィルさん。一緒に川下りしませんか?」
「え。ああ……」
それくらいなら。
そう思いクリスの提案にのる。
船乗り場にたどりつくと、小銭を渡してのる。
時間が早いせいか、他の客はまばらで、俺たち以外は他に男女二人が乗る程度だった。
不思議な二人だった。
男の方がモノクルをかけており、ジェントルマン風情である。長身細身。白髪交じりの髪の毛は綺麗に切りそろえてある。まさに出来た男といった様子だ。
女の方は若く、金色の髪をなびかせている。低身長、こちらも同じく細身。翠色の瞳に、整った顔立ち。セクシーさはないが、可憐で可愛らしい童顔である。
二人はいちゃついている様子はなく、たまたま居合わせた同士に見える。
どちらも大きなビジネスケースを抱えている。
不安。なんとなくそう思った。
彼らは何やら観光をしているような顔つきではなく、思い詰めたような顔をしている。
張り詰めた空気を裂くようにはしゃぐクリス。
「あ。綺麗ですよ! フィルさん」
小さくため息をつくと、クリスの指さす方向を見る。
まるで宝石箱のような色とりどりの複葉。
この地域は地脈を流れるマナ――龍脈が頼りなく、一年のほとんどの季節が秋である。
マナを栄養とする全ての生き物からすれば、龍脈の滞留は著しく生命を脅かす。
俺たち人間もマナから栄養をもらい、マナから肉体を強化し、魔法の源になっている。
マナが豊富な地域では年がら年中、桜が咲くという。
「神よ。我が身命に応えたまえ」
もごもごと口ごもる男女。
神への祈りを捧げているらしい。
それは分かるのだが――。
熟考する俺の面前に顔を持ってくるクリス。
それも息がかかりそうな距離で。
「な、なんだ。クリスティーナ」
「何やら考え込んでいたのです。気になります」
「え。いや、そんなことはない」
俺はぷいっと背き、視線の先に映る水面に反射した紅葉を見やる。
穏やかな日々に俺はすっと目を細める。
先日まで殺し合っていたとは思えない雰囲気だが、あれは紛れなく自分が殺した。
綺麗な紅葉を見て、涙が流れてくる。
「フィルさん……」
「分かっている。人前で泣くな、だろ」
「泣いてもいいのです。悲しければ泣く、それは人の特権です」
「――っ」
言葉を失い、顔をうつ伏せてさめざめと泣く。
ジェントルマンと金髪碧眼の子はこちらを見て何やらひそひそと話しているが、何を言っているかは分からない。
川下りが終わった頃には、少し荷物を降ろして歩きだしたかもしれない。
ふと二人の男女を見る。
「我らに星の加護を」
そう呟くのが聞こえた。
スターミアン教会の者か。
ジェントルマンが観光客の団体に突っ込んでいく。
「クリスティーナ!」
俺は声を荒げて、走り出す。
集団に突っ込んでいくジェントルマン。
そのケースに火炎魔法のマナの流れを感じる。
駅前の、集団。
そこに火球となったケースが飛んでいく。
膨大な熱を持って光を放つ。
次の瞬間。
燃える太陽のように爆縮する。
熱波が、衝撃波が広がり、周囲に燃え広がる。
中に入っていたのか、ネジが飛び散る。
自爆した。
「お前!」
俺はその後ろで控えていた金髪碧眼の女を捕まえる。
ケースを蹴り飛ばし、取り押さえる。
これ以上、人を死なせない。
「クリスティーナ。怪我人の治療を!」
「は、はい!」
クリスが走り出すと、駅前の混雑の中をヒールシャワーで全体を癒やす。
「お前、なぜこんなことをした!」
「全ては神様の御心のままに!」
「わからん奴め!」
人の命をなんだと思っている。まるで自分が不幸であるかのように振る舞い、他者を邪魔者とする。
それはお前だろ。
自分の投げかけた言葉が自身を顧みる。
間違っていたのだ。俺は。
人を殺した罪はどう足掻いても消えない。
でもそれだけで排他的な行動をとっても、何も生まない。
悲しみが悲しみを呼ぶだけだ。
これでは何も解決できない。人は前に進められない。
「我々は神様の言葉を平民に伝えねばならない。離せ!」
思考を散らしていた俺は、捕まえていた熱を感じ取る。
「死にたいのか!」
「構わない! 私の両親はアース教団だった。でも死んだ。殺されたんだ」
この子も人生を狂わされたのだ。
それも他者によって。
でもだからと言って。
「自分が地獄を見たからって、他人を苦しめていいってことにはならないんだ」
ありったけの思いをぶつける。
そうしなければ、また人が死ぬ。
「あんたの中だけで生きているわけじゃない」
他人を信じないから、排除するから独りぼっちだと勘違いする。
本当の本当は、みんなつながって生きているのに。
その手綱を握っているのは自分でもあるし、他人でもある。
俺はクリスを悲しませる訳にはいかない。
だから生きている。生きていられる。
事情を話し、わかり合えるならきっとそこに自分の生きている意味がある。
理解してやれる心があれば。
なら話し合いで解決できるはずなんだ。
「ガーミアンは私の家族を奪った! 父をもてあそび、母を
「それを誰かに話したか? 理解しようとしたか!? そんなんで死んでも悪名が残るだけだ。それでは同じ過ちを繰り返すとなぜわからん!」
ハッとした少女はじわりと涙を流す。
「だって、だって!」
幼子のように泣きじゃくる金髪少女。
俺よりも少し小さい子。
元々スターミアンであった俺も気持ちは分からないでもない。
事実、父と母が殺されたのはスターミアンだったからだ。
俺の故郷コルル村はスターミアンの集団だった。
あの紛争を経験していたのかもしれない。
「俺も、一緒だ。こんなのダメだ」
家族のことを偲ぶと、ふつふつと熱がこみ上げてくる。
もうどこかにしまいこんだはずの気持ちが。
「俺たちは憎しみにとらわれてはダメだ。それでは何も変わらない。何もできない。ただ悲しみを増やすだけだ」
「そんな……」
泣きながら無気力になる少女。
「俺の名前はフィル=アーサー。キミは?」
「私は――」
言葉を途切れさせ、レーザー光が膨大な熱を発して風穴を開ける。
少女は声も上げずにグズグズと溶け出していく。
「あ、あああああああああああああ!」
目の前で死んでいく彼女の姿を見て、心の奥から熱が吹き出していく。
違う。
分かっている。
このままではダメだと。
「ひゃっはー! テメーの相手はこのオレ様だ!」
柱の上に立っていたグレンが嬉々としてこちらを一瞥する。
「テメーを殺すのはオレ様だ!」
火球を放つグレン。
「ここには民間人だっている。戦うなら場所を移すぞ!」
俺の提案をはねのけるように睥睨するグレン。
「はっ。逃げるのかよ!」
剣を構えて突進してくるグレン。
その剣を剣で受け止める。
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