第8話 冬
ホーンラピッドを火炎魔法で消し炭にしていくグレン。
「は、所詮は動物。この程度か」
高らかに笑うと後ろに控えていたララが紫煙のパイプをたゆたわせていながら、クスッと笑う。
無慈悲な性格と、燃えるような怒りを露わにするグレン。
それに対して冷酷かつ見下すララ。
二人とも異色な雰囲気を漂わせている。
そのオーラから動物はおろか、人すらも寄せ付けない。
「ええ。とってもかっこいいわよ。グレン」
「は。てめーにはかんけーねよ」
ホーンラピッドの死骸をぐりぐりとかかとで踏み荒らすグレン。
「しかし、同じルートを通るとはな」
「しかたないじゃない。あとは南ルートくらいしかないだから」
紫の髪をなびかせて歩きだすララ。
「さあ、デッドエンドだ、な? ギンガナム」
「ふふ。かわいそう」
グレンとララは一点を見つめる。
その視線の先には朗らかな雰囲気を身に纏った、今は硬い表情をしているギンガナムがいた。
俯くようにホーンラピッドの死骸を眺めている。
☆★☆
サウザンドマウンテンから降りていくと、そこは枯れ果てた――まるで雪に閉ざされた冬景色だった。
この世界では理屈は分からないが、四季が一つの大陸で存在しているらしい。
あちこちに積もる雪に、枝ばかり伸ばした樹木。
新雪に足を踏み込むと、ぎゅぎゅっと音が鳴る。
真新しい足跡がないことから人の往来や、動物たちが近寄っていないらしい。
落雪した跡がそこかしこにある。恐らくは上にある枝から落ちたのだろう。
その証拠に今もどさっと音を立てて雪が落ちる。
一面の銀世界に圧倒されつつも、俺たちは歩き続ける。
「ベル、足下に気をつけろ」
「あい」
この数日、ベルと一緒にいて分かった。
彼は十三歳にして、純粋で優しい少年であることを。
着ていたぼろきれは今ではエアハートが縫ってくれた衣服に袖を通している。
ボサボサの頭も石けんを使い綺麗にすると清潔感溢れる短髪になっている。
彼は薬草に詳しいし、焚き火や料理の腕前も良い。
きっと奴隷のようになんでもかんでも村民に押しつけられた結果なのだろう。
それを失った村民は何も出来ずに後悔してはいないのだろうか。
そんなことを考えるのも無駄なことと分かっているのに。
彼らには期待する意味がない。
ベルが少し大きめの衣服を揺らしながらついてくる。
その健気さと愛らしさに、ぐっとくるものがあるが、堪える。
それはベルの尊厳を傷つける行為だろう。
彼はそのままでいいのだ。
だから――。
「この雪、どこまで続いているのでしょうか?」
エアハートがそう呟き、肩で息をする。
「そう、だな……」
俺は地図と照らし合わせて周りを見る。
「あとは川ぞいを下るだけですね」
ベルがなんとなしに言う。
「……どのくらいかかる?」
俺は自分の持っていた地図を懐に収め、意地悪くベルに問う。
「あと二日はかかるかと」
「えー。そんなに歩かなきゃいけないんですか?」
素直なエアハートらしいと言えばらしいが。
しかし、地図も持たずに周囲から読み取っているこのベルの方が異常だと気がつかないのか。
地図データはすでに頭に入っているとでも言いたげなベル。
こいつは本当に使える奴かもしれない。
俺は口の端をつり上げて、二人を励ますのであった。
空が茜色に染まってきた頃。
山から枯れ枝を持ってきて焚き火に火をつける。
野菜と根菜と干し肉のスープに、塩胡椒で味付けするベル。
「おいしくできました」
小皿で味見をしたあと、みんなの分をわけるベル。
食べてみると確かにおいしい。
彼のセンスはところどころ優れている。
「二人はこの旅が終わったら何がしたいですか?」
エアハートがにこりを笑みを浮かべて訊ねてくる。
俺がベルを一瞥したが、何か考え込んでいる。
「俺は田舎に帰る。そこで農業や手伝いをして生きていく」
「ふふ。素敵ですね」
エアハートは小首を傾けて笑む。
そっと俺の皿におかわりをつぐエアハート。
「ベルくんは?」
「え。僕ですか?」
小さくうなるベルは困ったように眉根を寄せる。
渋い顔をしたまま、手をおとがいにあてている。
「うーん。僕は人の役に立ちたいです!」
どこまでも純粋な目を向けてきた。
まぶしすぎると見えないとは良く言うが、今がまさにそんな気分だ。
彼はどこまでも純粋な人なのだろう。
俺の偽善を否定するくらいに。
残酷なまでに純粋な光。
人の陰を浮き彫りにする光。
「そっか。ベルくんはそのままでいいと思います」
「誰も否定はしていないが?」
「もう! アーサーさんのバカ!」
なぜか叱られたが、エアハートも思ったのかもしれない。
この純粋さに。
汚れなき敗北者に。
「それで? そういうエアハートはどんな目標があるんだ?」
俺はこほんと咳払いをして視線を投げかける。
「うーん。素敵な人がいるといいのですけどね。なかなかそんな出会いもなくて」
困ったように眉をへの字に曲げる。
この年頃の女の子は恋愛だな。
俺にはあまり関係のない話だ。
野菜スープを口に運ぶとエアハートはふくれっ面を浮かべる。
「あー。あんまり興味ないですか!?」
バレていたか。
俺だってエアハートの恋愛事情など知る由もない。
「もう、いいです」
ぷんすか怒っていると、野菜スープに口をつける。
「あら。おいしい」
「美味しい食べ物は全てを許せるのです」
ベルはへへへと無邪気に笑う。
「もう。ベルくんまで!」
エアハートはどこか嬉しそうな弾んだ声で応じる。
「僕は、父と母を覚えているのですかね……」
ふと悲しそうな声を上げるベル。
すっかり日も落ち、夕闇に飲まれてしまいそうなこの世界で、彼は何を思ったのか。
それを考えてもしかたない。そう決めつけて俺は疑問の声に扉をし、カギをかけた。
それでもエアハートはそっとベルを抱き寄せる。
「ベルくんは悪くないよ」
「そう、ですか? 僕の両親はみんなに酷いことをしていました。だから僕は……」
悲しそうに俯くベル。
その顔が悔しさで滲んでいる。
「ベル……」
俺は言いたいことを言えずに、こみ上げてきた感情を整理できない。
近くに座ると、ようやく言葉になりそうに唇を震わせる。
「そんな、そんなの。ベルのせいじゃない。俺は数えるほどしか人を見てきていない。でも、それでもみんな生きている意味があった。人を明るくする力があった。ベルもそうじゃないのか?」
そうだ。みんな生きている意味があった。
あの村人たちだって、きっと意味があったんだ。ベルにした仕打ちは許せないけど、それでも生きている意味があったんだ。
じゃあ、あの盗賊を殺した意味は?
グッとこみ上げてくる寒い感情がわき上がってくる。
「俺は個々の意思が生み出す熱意が生きているってことなのかもしれない」
あのギンガナムも、熱血漢で高らかで、生きていた。
俺たちは本当の意味でわかり合うための努力をしなくてはいけない。
なのに後ろ向きな考えしか思いつかなかった。
こんな風にベルと話し合わなければ、見てこないものもあった。
「俺はキミを気に入っている。だから一緒に旅をしたいとも思った」
「……ありがとうございます。勇者様」
ヘニャリと相好を崩し、嬉しそうに目を細めるベル。
伝わった。
そう理解し、解釈し、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ベルくんは笑っていた方が可愛いよ!」
エアハートが最後に言うと、俺たちは仮眠をとることにした。
疲れた身体を癒やし、次の街まで歩くと決めた。
その力はただ肉体だけでは発しない何かがあるように思えた。
人は動物とは違う。
何が違うのかはまだ分からないけど。
でも気持ちで、心持ちひとつで変わる。
変わっていける――。
そんな気がした。
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