第7話 ツノウサギ

「おい。チビ、その釘を持ってこい!」

「あ、あい!」

 チビと呼ばれたベルは道具箱から釘を取り出し、大男に渡す。

 そうやっていつも誰かのいいなりになっている。

 それは苦しくないのか。

「あ。勇者様!」

 こちらを見つけると手を振るベル。

「チビ、さっさとトンカチをよこしやがれ!」

 荒く殴られるベル。

「お前はチビで、のろまで、才能のない役立たずなんだ。少しくらい貢献しろ」

「あい」

 細い手でトンカチを渡すベル。

 その姿は健気で儚い印象を受ける。

 彼が報われる日が来るのだろうか?

 ふとそんな気持ちが湧いてくる。

 胸の辺りを突き刺すような痛みを覚え、俺はベルの近くに駆け寄る。

「俺も手伝っていいか?」

「お、おう!」

 大男はコクコクと頷く。

「でも、勇者さんができるのかよ?」

「これでも外れ村に住んでいたんだ。いろんなことをしたものさ」

 俺はそう言い、トンカチで釘を打つ。

 盗賊にやられた家屋の建て直し。

 そのために大勢の村人が助け合っている。

 それはいいのだけど――。

「ベルはなんでそんなに嫌われているんだ?」

 俺は大男に視線を向ける。

「ああ。こいつはこの村の独裁者・アルフレッドの一人息子だ。圧政から救われたのはいいが、こいつだけは生き残ってしまった。その上、アルフレッドのように魔法が使えるわけでもない。才能なし、性格悪し、おまけにチビときている」

 大男はバカにしたような口調でベルを見る。

 ベルは怯えたように身体を震わせている。

 ここまで痛めつけて、可哀想に。

「アーサーさん、ここにいたのですね」

 エアハートが後ろから声をかけてくれる。

「ちょうど良かった。少し話がしたい」

「それは、いいですが。その前にあの木材を運んで欲しいのです」

 視線の先には大きな角柱が横たわっていた。重さは三十キロはあるだろう。

「はは。なるほどね。はは」

 乾いた笑いが零れる。

 木材を抱えて立てると、俺はふらふらになる。

「ベルの話。聞いていたか? エアハート」

「……知っているよ」

 苦い顔をするエアハート。

「あいつを、俺は救いたい」

「なら一緒に旅に連れていく?」

「え? ああ。そっか。それがあったな」

「さ、悩みはそれくらいにして。一緒にご飯食べましょう。ね?」

 お昼は豆のスープとサラダ。

 さすがに昨日のような豪勢な食事とはいかないようだ。

「しかし、食糧や水の調達がすんだ。明日には旅立つぞ」

「はい。分かっています」

 ぶっきら棒に言うと意外にもエアハートは優しく微笑む。


 翌日。

 俺とエアハートは村の外に向けて歩いていく。

 見送りに全ての村民が集まっていた。

「ベル。俺とこい」

「え……!」

 驚きで目を丸くするベル。

「俺と一緒にこの国を救うんだ!」

「で、でも……」

 上擦った声でビクッと身体を震わせるベル。

 周りの大人たちが怖いのだろう。

「いけよ」

 大男がベルの背中を押す。

 本音は邪魔者がいなくなって清々するといったところか。

 だが、いい。彼を救えるなら。

「僕、頑張ってきます!」

「ああ。盾くらいにはなれよ!」

 下卑た笑いを浮かべる村民。

 ベルはトテトテとペンギンみたいな足取りで近寄ってくる。

 湿っぽい雰囲気もなく、ただ嬉しそうにする村民。

 ベルだけがもの悲しそうに見つめているが。

「さ。行くぞ」

 俺はベルの背中を押して歩きだす。

 エアハートもにこりと笑みを浮かべている。


 俺たちの冒険が始まった。


☆★☆


 山の中腹。

 亀裂の入った岩山がいくつも鎮座している地帯に、俺たちはいた。

「ベル、ついてきているか?」

「あい。大丈夫です」

「わたしもいます!」

 後ろから二人の声を確かめると、俺は前の岩場を乗り越える。

 そして振り返り、手を伸ばす。

 高さのある岩を乗り越えるベル。

「よくついてこれたな。やはりお前は強いよ」

 俺はベルの中に可能性を見いだしていた。

「もう。わたしもいるんですけど!」

 エアハートは頬を膨らませて抗議する。

「悪い悪い」

 そう言って俺はエアハートも引き上げる。

 岩場で足や腕に軽い傷を負った。

 治療するほどではないので、そのまま前に進むことにした。

 数メートルの岩と岩の間をすり抜け、山に流れている川が見えてきた。

 太陽も傾き、西日が強くなっている。

 柔らかな砂礫と、流れている川が近くにある。

「ここで野宿かな」

 俺はそう言うと、水を掬って飲んでみる。

 大丈夫そうだ。

「そうですね……」

 疲れきった顔のエアハート。

 だが、ベルは元気そうだ。

「僕、ここで釣りをします。おいしい川魚をとりますよ~♪」

 元気いっぱいなのはいいが、意外とやんちゃだ。

「ああ。ベルが釣りをしている間に焚き火をするぞ。エアハート」

「はーい」

 やる気のなさそうな声を返してくる。

 焚き火を始めて、寝床を確保すると釣りから戻ってきたベルが魚を抱えていた。

 それも五匹も。

「勇者様、たくさん食べてくださいね!」

 ベルの優しさに涙が出そうになってきた。

 この子は純粋すぎる。そして優しすぎる。

 こんな薄汚れた俺なんかを敬愛してくれるなんて。

 焼き魚を食べ終えると、俺たちはそこで眠ることにした。

 見張りは三人で交代制だ。

 一人二時間で交代する。


 寝ていると、ベルが声をあげる。

「ひゃあ! 勇者様と、聖女様! 起きてくだせぇ!」

 慌てて起き上がると、周囲に赤い双眸を光らせた動物が見える。

 ツノウサギ。

 ウサギの額に一本の角が生えた珍種で、その性格は暴虐無人。人を見ると襲わずにはいられない獰猛で気性の荒い性格をしている。

 そして普通のウサギと違い、肉食である。

 彼らの歩いた道には一匹の虫もいないと言われている。

 そんなツノウサギがこんなところに。

 数は三十を超えている。

 サウザンドマウンテンにいるとは思いも寄らなかった。

「気をつけろ! ツノウサギだ!」

「ホーンラピッドですよ! アーサーさん」

 訛りのある甘い声。

 ツノウサギを別称を使っているのは――。

「来ます!」

 ベルの声を頼りに、俺は剣を振るう。

 背にいるエアハートも三十三寸はある長い錫杖で打撃する。

 ベルはルアーをうまく動かし、ツノウサギをつり上げている。

「やるじゃないか。ベル」

「勇者様のためなら!」

 緩んだ空気を感じ取ったのか、一匹のツノウサギがエアハートを狙う。

 その鋭い角で一撃。

「くっ!」

 エアハートは衝撃で後方に下がる。

「大丈夫か!?」

 大声で訊ねると同時、攻撃してきたツノウサギを切り捨てる。

「大丈夫です!」

 俺とエアハート、それにベルが撃退していく。

 ツノウサギは相手が悪いと思ったのか、喉を震わせて後退していく。

「逃げた……?」

 ホッと一息ついて、エアハートを見やる。

 先ほどやられた箇所は確か、胸の辺り。

 生地が破けて、胸が露わになる。

「へ? きゃああああああああ! み、見ないでください!」

 慌てて胸を隠すエアハート。

「「す、すみません!!」」

 俺とベルは慌てて背を向ける。

 背中越しに、衣擦れの音が聞こえてくる。

「わたしがいいっと言うまでそっちを見てなさい!」

「はい!」「あい!」

 俺とベルは妙に気の合う声を上げる。

 しばらくして、衣擦れの音がなくなった。

「もう、いいですよ」

 エアハートは頬を赤らめて、俯く。

「あー。もう一着あったんだな」

 まったく同じ修道服を着ている。

 青と白を基調とした可愛らしい服。

「もう。あとで縫うので今は予備で我慢です」

 ぷんすか怒りを露わにするエアハート。

 苦笑を浮かべると、ベルは困ったように眉根を寄せる。

 太陽が昇ってきた。

 朝だ。

「出発するか? 今日中にこの山を越えたい」

 二人の頷きを見てから、俺は片付けを始める。

 支度が整うと、俺たちは歩きだす。

 また新たな土地を目指して。

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