第6話 ベル=アイランド
日が西に傾きかけてきたとき、レミ村に衛兵たちがやってきた。
俺はしょっ引かれるのを覚悟して、衛兵を迎え入れた。
人を殺した。
罪人である俺はしょっ引かれて当然である。
「ライス街よりきた騎士団『ギアス』の団長ニックである」
敬礼をしてくるニック。
確か王様の側仕えの一人だったなと、認識する。
俺もつられて敬礼をする。
「こちらです」
手でしめ縄でとらえた盗賊のもとに誘う。
そこには暴れて傷を負った盗賊を治療しているエアハートがいた。
自分が傷つけた相手だ。殺し合った敵だ。それを治療するなど、冗談だとしてもたちが悪い。胸中に渦巻いた悪感情を押し殺し、エアハートに声をかける。
「もう治療する必要はない」
「そうですか」
素直に応じるエアハートは立ち上がり、楚々とした立ち振る舞いで離れていく。
ニックの連中は盗賊を抱えると、外にある幌馬車に乗せていく。
死体も回収し、村から死の匂いは消えていく。
「俺は裁かれないのですか?」
俺は休憩中のニックに尋ねる。
「ん。ああ、あんたが殺した奴か」
腹はくくっている。
重い空気が漂い、たっぷりと時間をかけてニックがため息を吐く。
「あんたは分かっていない。殺すか、殺されるかだったんだ。気にするな」
ニックは俺の肩を軽く叩き、笑みを浮かべる。
歯の隙間から漏れる吐息。
俺はどうやら許されたらしいと認識したが、一度犯した罪は償えない事実を知る。
胸中に渦巻く気持ち悪さが拭えない。
「アーサーさん!」
慌てて駆け寄ってくるエアハート。
肩を貸して近くのベンチに座らせてくれる。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
「とてもそうは見えませんが」
気遣うように眉根をハの字に寄せるエアハート。
「何があったのですか? 話してみてください」
ささくれだった気持ちが波のように押し寄せてくる。
泣きたくなるような思いを感じ、思わず声が漏れる。
「違うんだ。殺したかったわけじゃない。死ぬところだったんだ!」
俺は必死で言い訳を探していた。
浅ましい。
人として恥ずべき行為なのかもしれない。
でもすがりたかった。
助けてくれって思ってしまった。
俺はエアハートの顔を見られない。
「それはダメです。あなたは人を殺しました」
冷たく言い放たれた言葉にぞっと背筋を氷が滑る感覚を味わう。
否定された。
それだけで俺はビクッと身体を震わせる。
求めた答えじゃない。
期待していた。
自分を救ってくれると。
「あなたに起きたことはあなたにしか分かりません。覆すことも変わっていけるのも知っているあなただけです」
エアハートの言葉に俺は心臓をえぐられたような気持ちになる。
「な、なんだよ、それ。俺だって必死に考えたんだぞ!」
「ですから、あなたのことはあなたで決めてください」
芯の通ったどこまでも真っ直ぐな意見に苛立ちすら覚える。
勝手だ。
勝手すぎる。
話してほしいといいながら、なんの応えもくれない。
自分勝手で、独善的な言葉だ。
「この! 偽善者!」
ずっと思っていた。
エアハートは自分で傷つけておきながら治療をする。
まるで命をもてあそぶような行為じゃないか。
それを神がお許しになるとでも思っているのか。
「そうですね。わたしは自分の意思で正しいと思う行いをしているだけです。そして、わたしとあなたの状況は関係ない。論点をずらす意図はなんですか?」
ぐっと言葉に詰まる俺。
「あなたは間違ったことはしていない。これから何人も人が死んでいく。そんな中であなたは耐えられるのですか?」
言葉を失う俺。
そこまで考えてなお、敵を助けるエアハートはどんな気持ちでいるのか。
腹の底からふつふつと湧いてくる疑問を口にする勇気はなかった。
「自分で自分を許しなさい」
そう言って立ち去るエアハート。
煮え切らない気持ちで俺はベンチから立ち上がる。
少し気分が楽になった気がした。
一生背負う罪を抱えて、歩き始める。
宿に着く頃には日もだいぶ傾いていた。
ドアを開けると、そこには村人が集まっていた。その数おおよそ三十。
「おお。あんたたちか、盗賊から守ってくれた人は」
小柄な男が駆け寄ってくる。
「アーサー様ですね。このたびは村をお救いくださり、感謝しています」
ペコペコと頭を下げる。
ボロい衣と、まん丸のメガネが特徴的な。
「失礼、僕はベル=アイランド。ベルとお呼びください」
「そんなことより、おれらに祝わせてください!」
他の村人たちが俺の身体を持ち上げて、胴上げをしてくる。
「よくやった!」
天井から吊してある蝋燭の火が滲んで見える。
「やめてください。俺は人を殺したんですよ!」
「だからなんだ。お前がやらなくちゃ、おれたちがやられていた。あんた立派な勇者だよ!」
「そんな……」
否定したくなる一方、俺は確かにこの村人を救ったのだと実感した。
だから彼らも諸手を振って喜んでいるのだ。
救った。ある一面に置いては。
それが正しいのかどうかは分からない。
盗賊だって生きるために必死だった。
それを否定することなんてできない。
では、なぜ彼らの死を悼む。
これも俺の甘さなのか?
そっと胴上げから降ろされると、俺は机に案内される。
そこには寂しい村には珍しく、肉料理が並んでいる。
「勇者様。僕たちの精一杯のおもてなし、受け取ってください」
その席の向かいに通されるエアハート。
「さ。お召し上がりください」
肉をミンチにして固めたものや、ステーキ。シチューまである。
だが、腹に収めた罪悪感で気分はあまり良くない。
「いただきます」
神への祈りを捧げたあと食するエアハートを見て、俺も食べる気が起きてきた。
味付けは薄いが、肉の旨味が広がっていく。
「この村で家畜として飼っていたオオブタですぜ」
「こっちは煮込み、こっちは焼いたものだ」
「存分に味わってくだせぇ」
申し訳ないと思った。
だから俺はこう切り出した。
「ベルたちも食べたらどうだ?」
俺はメガネを曇らせていた彼に投げかけてみる。
「そ、そんな。恐れ多いですよ」
「そうだな。おれたちは勇者を祝福したいんだ」
リーダー格と思われる大男がコクコクと頷く。
「だが、量が多い。食べてくれ」
リーダーとベルが見合わせて目配せをする。
「で、では、少し……」
オドオドした様子でベルが応じる。
「まあ、ベルは孤児だしな。おれらの気持ちは分からないかー」
リーダーがニタニタと下卑た笑いでベルの背中を押す。
その力が強く、ベルは転んでしまう。
「何をしている!?」
俺はリーダーに対して憤怒を覚える。
仲間に対してこの仕打ちはないだろう。
いくら孤児といえ。
「食うだけしか能力がないからな。ははは!」
笑い転げる村人。
情けなさそうに立ち上がるベル。
へへへと笑っている。
そんな、そんな顔で笑うなよ。
お前はいじめられているんだぞ。
ベルよ。
隣の椅子に腰を落ち着かせるベル。
「ほら、食え」
俺はステーキの切れ端と、シチューを小分けにしてすすめる。
「ありがとうございます。こんな機会もなければ雑草を食べていたところです」
「……っ!!」
このような仕打ちをする連中を助けたのか?
俺はそのために人を殺したのか?
助ける価値が本当にあったのだろうか。
腹の底から湧き上がる熱に戸惑いを覚える。
「アーサーさん。食事に集中しません?」
向かいにいたエアハートがクスリと上品に笑う。
ああ。純粋な笑顔っていいな。
俺は堅くなっていた筋肉をほぐすように肩を回し、食事に集中する。
隣で下手な食べ方をしていたベルも気になった。
彼を助けることはできないだろうか?
俺に何ができるのだろうか。
罪を犯した自分に何ができるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます