第5話 死が分かつとき
〝心のかけら〟とは心のうちにある声が聞こえるという不思議アイテム。その特性からそう呼ばれているが、実際のところ綺麗な宝石という認識で間違いない。
『お前は何かを成し遂げるような気がする。頑張れよ。アーサー』
ギンガナムはそう言っていたが、
「見てください! アーサーさん。こっちに見慣れない花が咲いています!」
ワクワクした様子で花を見やるエアハート。
黒バラに見える花。
「黒なんてちょっとおとな~」
エアハートはふんふんと鼻を鳴らして街道を歩いていた。
ギンガナムのことはなんとも思っていなかったらしく、傷ついた様子はない。
それはホッとしたのだが……。
「あ。レミ村が見えてきましたよ!」
弾んだ声で目を煌めかせるエアハート。
その視線の先には柵で囲われた小さな村が見えてくる。
火。
集落を点々としている家屋の一部が燃えさかっている。
その中に見える人々の影。
何人かいる。
目を細めて睨む。
「野盗だ」
「みたいですね。応戦します」
燃える木材が崩れ落ちていく――。
「分かった。俺は左から、エアハートは右から攻めろ!」
「はいっ!」
駆け出す俺は鞘から剣を引き抜き、構えながら走り続ける。
俺の村を滅ぼしたあいつらと一緒か。
「一緒っかぁぁっぁぁぁ!」
真剣を振りかざし、野盗の背中を切りつける。
二人目を見つけると、その背中に剣を投げつける。
走り出す。
突き刺さった剣を上向きにして崩れ落ちる野盗。
その剣の柄を握り、両脇からやってくる野盗を蹴り飛ばすと、回転運動で剣を引き抜く。
右にいた野盗に剣を突き刺し、倒れた衝撃と、勢いに身を任せて、跳躍。
棒飛びの要領で左からきた野盗を踏みつける。
抜いた剣を振るうと、野盗三人目を切り終える。
周囲を見渡すと、そこにはまだ野盗が残っている。
エアハートは?
チラリと横目で見やると、エアハートは錫杖を振りかざし、野盗を蹴散らしていく。
剣のような派手さはないが、あれでもあばら骨を折ったりしているのだろう。
振るう錫杖が野盗に襲いかかる。
逃げる野盗が見える。
「逃がすか!」
俺は慌てて駆け出すと、その逃げる背中に剣を突き立てる。
「切り捨てごめん」
バッタバッタと切り倒していくと、レミ村の人々が立ち上がる。
「この村のものか?」
「そうだ! あんたたちは?」
「旅のものだ。こいつらを縛り上げてくれ」
傷ついた野盗たちをロープで縛り上げていく。
死人は出していないけど、そのうちくたばるものもいるだろう。
人斬り。
気分が悪い。
野盗が悪いに決まっているのに、俺が悪いことをしたみたいな。
そんな嫌な感覚がまとわりつく。
脳に圧迫されたような感覚がとりつく。
衝動的に突き動かされて行動したのが徒となったか。
でもあの日の夜を思い出してしまった。血で汚れた夜を。
「怪我をした人を集めてください」
エアハートの要望に応えて、俺は野盗を集める。
そこには手を切られたり、背中をひと突きされた者がいる。
なりふり構わずに戦った結果だ。
俺は意外と戦える。
目の前で
「わたしがいる限り、死なせません!」
「……甘いな」
俺はやれる。
そんな自負を持ったのもつかの間。
「治せません……」
「そんな! 大将を助けてやってくれよ!」
「無理です。死んだ人は助かりません!」
泣きじゃくるように言うエアハート。
ハッとする。
俺は人を殺したんだ。
「だって。大将にはまだ二人の子どもが!」
俺は殺したんだ。
誰かの親を。誰かの息子を。
殺したんだ。
誰かも分からない親を、子を、夫を。
ぐるぐるとめまいがし、俺は立っていられなくなった。
近くにいた人が支えてくれたらしい。
目覚めると、そこはベッドの上、恐らくレミ村の宿屋だった。
手を動かすと柔らかなもの触れる。
「うん……?」
「んっ」
小さな吐息が漏れる。
なんだかハーブのような香りが漂ってくる。
目を開けると、そこにはエアハートがいた。
俺は驚いて、ベッドから遠のく。
床に落下すると、その音で目覚めたのかエアハートが寝ぼけ眼を擦る。
「どうしたんです? アーサーさん」
ベッドの上からはだけた衣服で俺を見つめてくる彼女。
「い、いや。なんでもない。お前は鏡を見ろ」
俺はそれだけを言い残し、静まり返った一階の食堂に座る。
まだ店主は起きてきていないためか、誰も咎めはしない。
やがてトリのさえずりとともに、朝焼けの色を描いていく空。
葉擦れがなり、朝のからっとした空気が流れていく。
俺は裏にある井戸で身体を清める。
俺は殺したんじゃない。守ったんだ。
そうだ。誰だって人を殺したいわけじゃない。
そんな奴はただの狂った人だ。
ありえない。
殺したかったわけじゃない。
やらなくちゃやられていた。
野盗――盗賊こそ、なぜ人を襲う。
弱い人を襲って自分を肯定するなんてできない――。
いや、弱い者を殺したのは俺も同じか。
だが、勝った者が強いのだ。
なら弱い者が負けるのは道理。
道理ではあるが、なぜ人死にがでなくちゃいけない。
なんで人は死ななくちゃいけない。
生きとし生けるものは死を迎える。
なぜ?
なんで死ななくちゃいけないのか。
腕に残った傷跡を触り、俺は立ち上がる。
衣服を着て、そそくさと宿屋に戻る。
そろそろ店主が起きてきてもおかしくない。
食事を終えると、俺とエアハートは村の中をぶらつく。
というのも、近くの街から衛兵を呼び込み盗賊を牢屋にぶちこむ間、俺たちは村の護衛を任されたのだ。
さすがに村規模で牢屋を作る余力を持ってはいない。
村には様々な家畜がいる。
主にニワトリが多いが、牛もいる。
「この牛、乳牛か?」
「そうですよ? 飲みますか? 絞りたてですよ」
村人は嬉しそうにコップを差し出す。
恐る恐る覗き込み、口に運ぶ。
飲んだことのない味だ。
「濃厚ですね。おいしい」
エアハートがそう言うと、俺は慌てて声を出そうとするが、思いつかなくパクパクとする。
「あ、ありがとう」
やっと言えた言葉はそれくらいだった。
「ふふ。アーサーさん、普段クールなのに……」
「いや、これは」
ドギマギしているとエアハートはクスクスと笑みを零す。
「もう。からかうな」
俺はエアハートの額にデコピンをお見舞いする。
「痛いです……!」
目を潤ませる彼女を見ていられなくなり、視線を外す。
「しかし、エアハートの棒術はすごかったな……」
「むぅ。わたしのことは今度からクリスティーナとお呼びください」
「へ? なんで?」
「いいから!」
エアハート。もといクリスティーナは俺の足を蹴り上げる。
「分かったよ。クリスティーナ」
「じゃあ、わたしもフィルとお呼びします」
「え。いや、ええ……」
戸惑っている俺を見てニタニタと笑みを浮かべるクリスティーナ。
何がそんなにおかしいのか。
恥じらいながら言うからダメなのかもしれない。
「クリスティーナどこへいく」
さりげなく言ってみたがしっくりこない。
「ふふ。どこにでも行きますよ!」
村を回ってみると、農業や酪農、林業を行っている者が多い。
王都やバルカンレディアとは色合いが違うのだ。
地方だからこそ、大きな土地を持ち、農業や酪農が行えるのかもしれない。
やはり土地の値段がそう決まるのか。
異世界でも経済事情や価値観は似たようなものになるんだな。
それなら、人を殺した俺はどう裁かれるべきなのだろうか。
やはり自首するしかないのか……。
この罪から免れようとしているつもりはないが、償うべきは償わないと。
でなければ、この呪いが俺の身体を熱し、蝕む。
心を殺す熱になる。
身を焦がす熱に。
暴走する熱が焼き尽くすのも時間の問題かもしれない。
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