第4話 アイス・ボード

「おれさまと一緒にここに残ってくれ」

「わたし、どうしたらいいのですか?」

 困惑したような声音を上げるエアハート。

 夜の星々に照らされてエアハートは困ったように眉根を寄せた。



 翌日になり、俺はエアハートと一緒にアイス・ボードを受け取りに行く。

 最初の三十分で練習できるらしいが、初のライドだし、初の大会出場だ。普通に考えたら無理だ。

 普通に考えれば、だが。

「おう。お前は本気でおれさまを出し抜こうとしているんだな?」

 ギンガナムがこちらに向き合う。

「ああ。俺にだってプライドがある」

「はっ。可愛い彼女の前でかっこつけたがるのは分かるが……」

 ギンガナムがそう言って後ろにいるエアハートに顎を向ける。

「え。い、いや! そんなんじゃない!」

 俺は慌てて否定するが、かえって照れ隠しに見えてしまったらしい。

「いいぞ。いいぞ。その気持ちは分かる」

 ポンポンと肩を叩くギンガナム。

「何が分かったんだよ……」

「さてと。お前さんも知っての通り、ルートが示された。お前さんも見直すかい?」

「ああ」

 まずは直線の大通り。それが終わるとヘアピンカーブの三連。そのあとはゆるやかなカーブを描き、荒波エリア。最後に直線の追い抜きコースとなっている。

「ふ、お前さんならどう切り抜ける?」

「何故、俺に聞く?」

「お前さん、目が綺麗だからな。純粋で優しい目をしている」

「何をバカな」

「本気さ。おれさまはバカだが、人を見る目はある」

 にたりと笑みを浮かべるギンガナム。

「お前さんはいずれ、すごいことを成し遂げる。そんな気がする」

「そんな曖昧な……」

「だが、やる気は満々だ」

 俺はそんな気はない。

「その仏頂面、気をつけろよ? 女ってのは意外とみているぞ?」

 ギンガナムは俺の顔をふにゃふにゃと動かす。

 これでも孤児院に寄付を考えているんだよな。それも自分の生活をおろそかにしてまで。

「なんであんたは孤児院に?」

「あー。それ聞く? 聞いちゃう?」

 うざったいノリだ。

「ま、おれさまならできるからな」

「できる?」

「そうだ。人間、できることがあれば頑張れる。頑張れるってことは人の役に立つ。人と人とが関わって、村、街、群、区、国を形成していく。その中のたかだか一人で、たった一人なのさ」

 ギンガナムは苦笑を浮かべながら肩をすくませる。

「は。知った風な口をきく」

「知っているさ。おれさまの知っている限りな」

「どういう意味だ?」

「人は経験したことでしか理解できないからな。やってみせるさ」

「俺には分からないな。知恵を身につける方法は他にもあるはずだ」

「そんなのがいるなら、天才だね」

 俺は話を終えるとエアハートのもとに向かっていく。


「どうだ? いけるか?」

「はい。最終調節していただけなので」

 アイス・ボードに乗って水路を少し運転してみせる。

「わー。さすがアーサーさんですっ♪」

「そうか」

 照れくささを隠すよにぶっきら棒な言い方をする。

「でもギンガナムさんもすごいですよねっ!」

「は。まだまだだね。おれさまと対等に戦いたいなら、もっと鍛錬しないとな」

「うるさいな」

 後ろから声をかけてくるギンガナム。

 選手たちが集まるブースへと向かい始める。

「つれないこと言うなよ。おれさま、ぼっちなんだ」

「前年で頑張りすぎたか?」

「ま、なるよなー。でも憧れてくれる人もいるぜ?」

 声を聞き済ませると「ギンガナム頑張れー」という人もいる。

 なるほど。敵を増やしただけではないということか。

「ま。お前さんも頑張れよ」

 ギンガナムは俺の肩にポンッと手を乗せると、レース会場のスタートラインに向かう。

 俺も慌ててエアハートを連れて向かうが、この勝負本当に勝っていいのだろうか。


「今年もやって参りました! バルカンレディア恒例のアイス・ボートレース第二十九回! 今年もこいつがやってきた――っ!」

「びぃいいっぃいぃ」

 周りからの黄色い声援が辺りを包み込む。

「ギンガナム!!」

 そのあとにギンガナムが前に出て大仰に挨拶する。

 一人一人の紹介を終えると、チャレンジャーの十人がアイス・ボードを砂地に置き、川の上に浮かべる。

 そして俺たちはそのボードの上に乗る。

「レッツ、& ゴーッ!」

 声と同時にスタートする俺たち。

 魔法陣にゆっくりと魔力を注ぎこむ。

 始まりに大量の魔力を注ぐとエンストする。

 調整が難しいのだ。

 始まりは少し遅れたが、俺はボードを走らせることに成功した。

 水上ということもあり、アイス・ボードは荒ぶるが、それを制御するのがボーダーの役割だろう。

 左右に揺さぶられながらも、真っ直ぐ進める。

 最初の真っ直ぐな大通りでギンガナムに追い付く。

「ほう、やるじゃないか!」

「ああ。お前に勝つ!」

「それはどうかな!」

 正面に目を向けると壁が迫っていた。

 さっとよけるギンガナム。

 俺は慌ててカーブするが、壁にぶつかり、落水する。

 ボートに乗り直して発進する。六人に抜かれた。

 マズい。

 俺は慌ててボードを走らせる。

 ここから先はヘアピンカーブの三連ちゃん。

 俺は低い建物を見つめ、アイス・ボードを乗りこなし、一軒一軒の間をすり抜けて、カーブを乗り越える。

 ショートカットだ。

「ギンガナム!」

「ひゅー。やるじゃないか!」

 好敵手に嬉しがるギンガナム。

「俺は勝つ」

 久しぶりに熱くなった鼓動を感じ取り、走らせる。

「ここから先はおれさまらだけのデッドヒートだぜぃ~」

「……っ!」

 俺はギンガナムと並んでボードを走らせる。

 最後のゴールテープを巡って争う。

 走り続けると、ゴールが見えてくる。

「負けるかよっ!」

「はっ。やるじゃないか!」

 ゴールテープをくぐったのは――。

「勝者は――」

 ピキッと音を立ててアイス・ボードにひびが入る。

「ギンガナム! 今年も彼の勝利だぁ~!」

「やったぜぇぃい!」

 負けた。

 俺がこんなふざけた奴に。

「わぁあ。ギンガナムさん、すごいです~♪」

 エアハートも彼に惚れてしまったようだ。

 もう最悪だ。

「二位はなんと今年初出場のフィル=アーサーだ!」

 ギンガナムは俺に手を差しのばす。

 握手のつもりか。

 俺はきっと睨み、すごんでみせる。

「かっこ悪いぞ。少年」

「……ちっ」

 俺は握手に応じると、エアハートはわぁあと喜び拍手する。

 表彰台に立ち、三位までが登る。

 三位までが賞金をもらえる。

 だから路銀にできるお金はもらえる。

 もらえるのだが、ギンガナムに負けたのが悔しい。男として負けた気がする。

「ふ。キミも熱くなれる気持ちがあるということだ。それは大事にしな」

 ギンガナムがそう言うと〝心のかけら〟を渡してくるギンガナム。

「どう、いうつもりだ?」

「いやなに。おれさまたちを忘れないでくれ」

「忘れるわけがない」

 エアハートを脅かす奴だ。忘れるわけがない。

「二人とも、何をしているのですか?」

 エアハートが不思議そうに小首を傾げる。

「これは男同士の話だ」

 俺はそう言い切ると肩をすくめるギンガナム。

「ふっ。まあ、おれさまには負けたよ。じゃあな、クリスティーナ」

 そう言ってエアハートの頭をポンポンし、歩きだすギンガナム。

「最後に名前を呼びやがって……」

「ん? どうしてそんな顔をしているのですか?」

「いや、なんでもない」

「一つ言っておく。格好いい男になれよ。じゃあな」

 一瞥し、そう告げるギンガナム。

 格好いい男か。

 それはどんな人をさすのだろう。

 ふと思い浮かべてみる。

 理想の父の姿を――。

 どんなときも余裕を持ち、決断力のある父を。

 でも俺にあんなことができるわけがない。

 苛立ちと、嫉妬を胸中に抱えながら、俺はエアハートに向き合う。

「旅を続けてくれるか?」

 熱せられた鉛を呑み込むような気持ちで訊ねる。

「うん。そのつもりですよ?」

 その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。

 あのギンガナムに懐柔されたわけじゃなかったらしい。

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