第3話 バルカンレディア

 バルカンレディアについてみて分かった。

 ここは綺麗な街だと。

 噴水のある中央広場には虹のかかった水が絶え間なく周囲を魅了している。

 山奥に見える氷の河が大迫力である。

「わぁあ。綺麗な街ですっ!」

 好奇心旺盛なエアハートは嬉しそうに周囲を見渡す。

 駆け出した彼女は街に広がる噴水や川を見てワクワクした様子でいる。

「どこから見て回ります!?」

「あー。まあ、いいか……」

 ここには観光できたわけではない。

 単なる補給のために立ち寄った。

 でも、ここにくるまで五日かかった。

 食糧や水は乏しい。

「最初は宿屋探しだな」

「もう。真面目ですね」

 プーッとふくれっ面を浮かべるエアハート。

「さ。行きましょう?」

 俺の手をとる彼女。

「だって、宿屋を探すのでしょう?」

 ふふふと上品な笑みを浮かべる。

「ああ……」

 気の利いた言葉なんて言ってあげられないけど、俺は彼女の無邪気さが可愛いと思った。


 宿屋を決めて、代金を払うと街に繰り出す。

 川遊びしている子。ゴンドラに乗る観光客。

 そんな中、気になる看板を見かける。

【アイスサーフィン 550銀貨】

「これなんですかね?」

「分からない」

 よくよく川を見てみると、川を下るサーファーがいた。しかも乗っている板は氷でできているではないか。

 後方に向けて魔法陣が掘られており、勢いよく魔力が噴出していた。

「やりましょう!」

 それを見て子どものように目をキラキラと煌めかせるエアハート。

「ああ」

 仏頂面で返すが、ウキウキしたエアハートは気がついていないらしい。

 俺もそうなれたらいいのにな。

 さっそく店の門をくぐると、気前の良いおっちゃんが立っていた。

「おう! いらっしゃい!」

「ここはどういったお店なのですか?」

 エアハートが尻尾をぶんぶんとふっているように見えたが、気のせいだろう。

 だが、それだけの勢いだった。

「まずはこの氷を砕いて板を作るのだよ。そして最後に魔法陣を掘り、川で乗る。サーフィンの一種さ」

 ホワイトニング済みの歯をキラキラと輝かせる店主。

 褐色の肌でボウズなのだが、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。

「ちなみに明日、街主催のサーファーレースがあって賞金と、〝勇気のかけら〟が手に入るんだ」

「へぇー! アーサーさん、やってみませんか?」

「ああ。路銀も少ない。いいだろう」

「わー! 嬉しいなぁ~」

 なんだよ。その反応可愛いじゃないか。

「まずはこの氷をノミとハンマーで削っていくんだ」

 店主がそう言うと氷を半分に割る。

 俺とエアハートも見よう見まねで氷を削っていく。


 ようやく板になった氷を眺め、エアハートはうんうんとうなずく。

「お。あとひと踏ん張りだね」

 店主がにこりと微笑むと、エアハートは口を開く。

「なんだか楽しいです」

「向かいの店には氷のオブジェを作る店もあるぞ」

「あとで行きましょう! アーサーさん!」

「いいや。ダメだ。そんな時間はない」

「……いけず」

 不満そうに唇を尖らせるエアハート。

 再び氷を削る作業に戻る。

「そこはこのヤスリを使うといいぜ?」

「分かりました」

 しばらくしてできた氷の板。

 これまでに三時間かかっている。

「最後に魔法陣だな。このニードルで削るんだ。魔法陣のカタがあるから、この通りに掘ればいい」

 俺はカタとニードルを受け取り板の後ろの方を削り始める。

「しかし、この氷全然溶けませんね」

「ああ。永世えいせい氷河と言われていてな。龍脈の力を受け継いでいるから半永久的に凍っているだ」

「すごーいっ!」

 龍脈は星を流れる魔力のマナの流れのこと。

 星の力をもらった氷が溶けないというのも納得できる。

 カランと鈴の音を立てて店先のドアが開く。

「お。大将やっているかい?」

「おお。ギンガナムじゃないか。明日のレースに向けての来店か?」

 店主とギンガナムと呼ばれる男が入ってきた。

「そうなんだよ。こいつの調整をしたくてな」

 持ってきた氷の板アイス・ボードを見せる。

「これ以上どう改良する気だ?」

 困ったように店主が首を傾げる。

「ん。そこの子どもらも参加予定かい?」

「は、はい!」

「いい顔しているね。一緒に競えるのが楽しみだよ」

「頑張ります!」

「はっはっはっ。頑張りたまえ」

 そう言ってエアハートの背を叩くギンガナム。

 アイス・ボードを完成させた俺とエアハートは店を出て宿屋に向かう。

 その途中。

「エアハートさん」

「なに?」

「見知らぬ男と気を許しすぎでは?」

 俺は苛立ちを露わにする。

 こんなことを言いたくないが、若い娘がそう簡単に男に触れさせるなど、あってはならない。

 それから無性に嫌な気持ちになる。

「ふふ。大丈夫ですよ。危険が迫れば抵抗します」

「……なら、いいが……」

 腑に落ちない。

 でもエアハートに何か言える権利があるわけでもない。

 宿屋に戻ると、俺はエアハートと一緒に食事をとる。

 ここに来るまでは野菜と干し肉のスープばかり食べていたから、現地での料理には期待が高まる。

 サラダに、ステーキ、野菜スープ。

 どれもおいしそなものだ。

 旅といえば料理。という人も多いはず。

 俺たちはその食事に舌鼓をうつ。

 部屋は路銀節約のため同室である。

 だが、女の子は襲われる危険性を考え、ナイフを懐に忍ばせている。

 いざとなったらナニを切りおとすらしい。

 エアハートはベッドに潜り混むとすやすやと眠りにつく。

 俺を警戒していないことに驚きを覚えたが、天真爛漫なエアハートのことだ。

 あまり考えての行動ではないのだろう。


 一緒にいると余計なことを考えてしまうので、夜風を浴びにふらりと外に飛び出す。

 ん。あれは? 確かギンガナムと言ったか。

 ギンガナムが誰かと会話をしているところを見つける。

 若い痩せた女の人と話している。修道服を着ている。

「だから、金は明日のレースで取り返すから大丈夫だって」

「そんなこと言って。レースで負けたらどうするの?」

 なんだか怪しいな。

 ただの喧嘩という訳でもないらしい。

「いいから受け取っておけ、って」

「ダメよ。あなた今日もろくに食べていないじゃない」

「氷のオブジェで稼いでいるから問題ないって」

 二人はお互いに譲る気のない雰囲気に見える。

 と、

「あ。キミは確か昼間の?」

 ギンガナムが俺に気がついてしまったのだ。

「すまん。立ち聞きするつもりはなかった」

「良いところにきた。こいつに言い聞かせてくれ」

「?」

 何を言っているのか、分からずに首を傾げる。

「この修道士、金を受け取ってくれないんだよ」

「……寄付か?」

「ああ。そうだ。おれさまはこの修道院から出ているんだ」

 そんな過去があるとも知らずに疑ってしまった。

 悪い。裏があると思っていた。

「そうだな。じゃあ明日勝ってから決めるのはどうだ?」

「まあ、妥協案だな」

「ちなみに俺は勝つつもりだが?」

「……へっ。やれるもんならやってみろよ。おれさまは前年度優勝者だぞ? 昨日今日きた相手に負けるかよ」

 鼻を鳴らし、かっこつけるギンガナム。

「ま、油断してくれた方が嬉しいな」

「言ってくれるじゃねーか。お前、名前は?」

「フィル。フィル=アーサーだ」

「いいだろう。お前の口車にのってやるよ。本気でこい。勝ってやる」

「俺はまけない」

「そうだそうだ。負かしてやりな。寄付なんていいのさ。この調子にのっているおたんこなすに分からせてやりな!」

 修道服の人はどっちの味方なんだ……。

 苦笑を浮かべると、ギンガナムも苦笑を浮かべる。

 俺も路銀は必要だし、これから隣国へ行くまでの道中、苦難があるだろう。

 明日、勝てるかな。

 レースの航路を調べると、俺は宿に戻るのであった。

 相変わらず眠りこけているエアハートを見て、ふと頬が緩む。

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