第2話 ローランド王からの勅命

 街一番の剣士。

 それは間違いではない。

 アセトン街では名を馳せた剣士ではある。

「その力、この国のために役立てないか?」

 回りくどい言い回しだ。

 なお、否定はできない模様。

「はっ!」

 敬礼をすると、ローランド王はよしとばかりにコクリと頷く。

「このところ隣国アルサラスからの圧力がある」

 それは噂で聞いていた。

 内戦が何度も続くこの国ローラランドは何度も没落しかけている。そのせいか内政不安も大きい。

「アルサラスからの武力介入を許すわけにはいかぬ。そこでお主にはアルサラスに行って転移の魔法陣を作っておくれ」

「はっ! 質問よろしいですか?」

「貴様、王の面前だぞ!」

 ニックが嫌みたらしい顔で言う。

 すっと手を挙げるローランド王。

「よい。自分のことだ。質問を許可する」

「どのくらいの部隊になるのでしょうか?」

「今回は隠密作戦になる。お主ともう一人の二名で向かってくれ」

 二人……?

 そんなまさか。

 たったの二人で隣国に向かうなど、ふざけているとしか思えない。

 それに俺はただの街一番の剣士だぞ。

 街は千人いれば成り立つ。その中の一人でしかない。国全体で言えば、俺と同等の力を持つ者は百人はいる。地区や道とは違う。

 そんな力のない、俺がどう足掻こうがそこにいる四賢者よんけんじゃとは比べものにならない。

「悪いがお主に拒否権はない。クリスティーナ=エアハートともにこの世界を救ってくれ」

「はっ!」

「お主には路銀と支度金を用意した。街で良いものを見繕ってこい」

「分かりました」

 俺は敬礼をすると、城を警護する衛兵に案内される。目隠しをされ、石畳の廊下を歩く。

 城内は敵に攻め込まれた時を想定してか、複雑な形をしている。

 さらには目隠しをされたことで、俺の記憶から場所を察しないようにできる。

 途中で案内する衛兵が変わることからしても、厳重な警戒をしている。

 こんなことが必要になるほど、ローラランドは危機に面している。

 城内から出ると、そこには広い庭に出た。

 庭には様々な植物が生えそろっており、真ん中には噴水があった。

 噴水のふちにはまだ幼さを残す女の子が座っていた。

 流麗りゅうれいな長い蒼い髪。

 吸い込まれそうな青白いアイスブルーな瞳。

 青と白を基調とした修道服。確かメビウスの修道服だったはず。

 手には長い錫杖しゃくじょうが握られており、先端は尖っており、槍に近い印相を受ける。

 その小顔がこちらに向く。

「あなたがフィル=アーサーですか? わたしはクリスティーナ=エアハート。勅命により、アーサーさんと同行することになりました」

「エアハートさん。俺がフィルだ。よろしく」

 ぶっきら棒に返すと、エアハートはクスッと笑う。

「なぜ、笑う?」

「いえ、昔会った人に似ているなーって、思って……」

「そうか」

 俺は妹以外の女の子と会話したことがない。少し苦手意識がある。

「それじゃ、街で旅の準備を」

「はい」

 礼儀正しく美しいエアハートはおしとやかにそっと後ろをついてくる。


 城下町まで下っていき、防具屋や武器屋を回る。

 そのあとで食材を買い足し、路銀を見やる。

「宿泊費、足りるか?」

「大丈夫だと思います」

 ニコニコと笑みを浮かべているエアハート。

 大通りに出ると、両脇に露店が並んでいる。

 様々な菓子や串焼き、鉄板料理が並んでいる。

「少し食べていくか?」

「いいえ。節約しないと旅はできません」

 倹約家のエアハートの意見である。

「まあ、そうか」

 端的に言うと、俺はガラスに映る自分の姿を見る。

 黒い短髪。黒い瞳。黒い外套。黒い剣が一振り。背嚢にはたくさんの食べ物が詰まっている。真面目そうな顔つきに少し幼さが見える。

 俺は十六だというのに、こんな顔で……。

「スリだ! 捕まえてくれ!」

 路上の男が叫ぶ。

「大変です! 助けなければ!」

 エアハートはそう言うと俺を見やる。

「大丈夫だ」

 俺は端的に言うと、チラリと横目でスリを見やる。

 衛兵がすぐに抑え込み、周りからは拍手喝采が起きる。

「ほら、な?」

「すごいです! アーサーさんは未来予知ができるのですね!」

「いや推測だ。そんなたいそうなものじゃない」

 ふるふると首を振ると、エアハートはほけっとした様子で目を丸くする。

「ま、あとはお互いの能力を知ろう。あっちのカフェで一休憩だ」

 俺はエアハートにそう告げると、前に向かって歩きだす。

 ドンッとぶつかり、俺は尻餅をつく。

「大丈夫ですか? アーサー」

「あん? 貴様、どこに目をつけてやがる?」

 赤い短髪の男。

 真紅の瞳に身体には何やら紋章が刻まれている。耳にピアスをし、言葉使いは荒い。

「す、すみません」

 その威圧的な態度に怯む俺。

「ちっ。気をつけやがれ」

 立ち去る男の後ろを見やる。

 剣を持っている。

 あいつがぶち切れなくて良かった。

 ふと視線を感じる。

 八百屋の前にいる外套を目深く羽織った女。紫紺の瞳が揺らめく。

 ぞわっときた。

 まるでヘビが睨むような怖さ。

 不安と恐怖で身体が震える。

「アーサーさん?」

「い、いや。なんでもない」

 殺気を感じたのは間違いだったか?

 一瞥すると彼女の姿はそこにはなかった。

 カフェに入ると俺はブラックのオススメコーヒーを頼む。

「むむむ。アーサーさんは大人です」

 エアハートはオレンジジュースを頼んでいた。

 二人でお茶をしながら、話し合う。

「さて。お前はなにができる?」

「はい。わたしは回復魔術師です。基本的に回復魔法ならなんでも使えます」

 回復魔法は魔法の中でも難しい部類に入る。

 その特製上、他の魔法が扱える。

「回復、魔法だけか?」

 のはずだが。

「はい。わたしは魔法の才能がないのか、それしかできませんでした」

「他には?」

 回復魔法だけではあまりにも旅にはいけない。

「はい。棒術ぼうじゅつが得意です。この錫杖を使った戦いなら誰にも負けません」

「ずいぶんと自信があるな。俺にも勝てる、と?」

「やってみないと分かりません」

「はは。そりゃそうか」

「はい」

 真っ直ぐな瞳で、俺に受け答えをするエアハート。

 可愛いだけではなく、芯もしっかりしているようだ。

 なによりハキハキと答える姿は素敵に思えた。

「それじゃあ、アーサーさんの番ですよ?」

 純粋無垢な印象を受けるエアハートがそう切り出す。

「ああ。俺は魔法はからっきしだ。一つしか使えない」

「似たもの同士ですねっ!」

 喜ぶところじゃないんだよな。

「あとは剣の腕前か。一応街一番の剣士ではある」

「なるほど。それでさっき自信満々に言ってきたのですね」

 ふむふむとおとがいに手を当てて納得するエアハート。

「ちなみに魔法とは何が使えるのですか?」

「――だ。それ以外は使えない」

「なるほどです。わたしも前衛は行けますが、一応アーサーさんが前衛ですかね?」

「ああ。そうなるだろう」

「さ。行きましょう。必要なものもそろいましたし」

「あとは補給を受ける地域を探さないとな。とりあえずバルカンレディアだな」

「はい。水と氷の街。バルカンレディア」

 ウキウキした様子でしゃべるエアハート。

「ずいぶん、嬉しそうだな」

「はい。わたし小さな街の出身なので、旅は夢だったんですっ!」

「そうか」

 ぶっきら棒に返すと、俺とエアハートは次の目的地に向けて出発する。

 向かうべき場所はバルカンレディア。

 水と氷の街。

 観光名所。

 大きな氷河や、川の町並みは綺麗と聞く。

 水面は好き劣った青。

 そして漁師町でもある。

 おいしい海産物にうつつを抜かすのもありだろう。

 少し小腹が空いたな。

 ここから南西に二千キロメートルといったところか。

 筋トレをしていたからか、体力は余りある。

 こんなときに役立つとは思ってもみなかったが。

 俺がこの国を救うんだ。もう以前みたいに街を焼くものか。

 どこにも向けられない握り拳で空を切った。

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