街一番の勇者 ~憎み憎まれ、それでも命は輝いている~

夕日ゆうや

第1話 転生そして街一番の……

 なぜ人はこうも愚かなのか。


 惰眠を貪り、堕落し、食に物言い、争いあい、資源を使い、世界を滅ぼす――。


 そんな我らに生きる価値はあるのだろうか?

 いやないな。

 俺は俺の生きる意味をみいだせない。

 映像ではミサイルが飛び交い、海水が街を飲み込み、植物が枯れている。


 この世界は終わりだ。

 火の手があがり、肉の焦げた匂い。銅像をも溶かす酸性雨。

「何もかも、戦争のせいだ」

 俺はぼそっと呟く。

「お兄ちゃん。泣いているの?」

 まだ小さい妹に触れて、俺は険しい顔を緩める。

「そうだな。悲しい。でも、お前がいてくれたから頑張れる」

「よかった」

 日陰ができる。大きな大きな日陰が。

 雲を切り裂き、何かを落とす飛行機。


 空中で化学反応を起こすと、膨大な熱と金属片をまき散らし、周囲を呑み込む。

 キノコ雲を作り、広範囲にわたり、被害をもたらす――最悪の爆弾。


 この日、俺と妹は死んだ。


 重い瞼を開けると、そこには見知らぬ女性が一人。隣には夫のような男性がいる。

 声を上げようにも声帯がまだ完成していないようで、声にならない。叫ぶことしかできない。

 あの皮膚を焼く痛みと、喉の渇き。

 女性がおっぱいを差し出し、乾きを潤す俺。


 それから数ヶ月。

 どうやら俺は転生したらしい。

 記憶を引き継いだまま、別の世界に魂を宿した。

 マンガやアニメで散々みてきた転生。

 自分の身に起きてみると、不思議な感覚しかない。

 俺の名前はフィル=アーサー。長男らしい。


 二年が経過し、妹が産まれた。

 クレア=アーサー。


 それが嬉しかった。

 また妹と出会えたのだ。

 嬉しいに決まっている。


 ところで。

 この世界には魔法があるらしい。

 俺は恵まれていなかったが、妹のクレアは優れた魔法師メイジになった。

 一応俺も魔法は使える。使えるのだが、一つしか使えなかった。それも初級魔法第一プレリュード。前奏でしかない。

 よく歌として魔法は引き継がれるらしいが、才能の有無も大きいという。


 十一歳になり、クレアが十歳になったころ。

「クレア、少し遊ばないか?」

「うん。いいよ。お兄ちゃん」

 二人でチェスをしてみる。

 クレアは魔法は使えるが頭のできはあまりよろしくないようだ。

 何度負けても、悔しそうに挑んでくるクレア。

「じゃあ、今度はリバーシでもやろうか?」

 コクコクと頷くクレア。

 リバーシを少しやらせてみせると、けっこう早くにコツをつかむようになっていった。

 クレアはその才能があるのかもしれない。

 だが、この才能。どこかで見た記憶がある。

 そう――転生前の妹に似ているのだ。

「むぅ。お兄ちゃんの意地悪……」

「ははは。ごめんよ。でも、クレアももっとうまくなれるさ」

「うん!」

 ドンっと大きな音が鳴り響く。

「ここで待っていなさい!」

 そういい、納屋に押し込む母。

 血が焼ける匂い――。

 俺はもう、あんな経験をしたくない。

「お兄ちゃん!」

 浮いた腰を押さえるクレア。

「で、でも! 俺は……」

 外が大人しくなると、俺とクレアは立ち上がり、きぃっときしむドアを開ける。

 そこには不自然に倒れ込む父の姿があった。

「父ちゃん!」

 俺は慌てて駆け寄る。

 父の亡骸なきがらを抱き、わんわんと咽び泣く。

 とこちらに向き直る魔法師メイジ

 その杖の先には炎が灯る。

 俺は慌てて茂みに向かって走り出す。

 葉擦れの音が自分の居場所を伝えているとも知らずに。

 俺はまだ死にたくない。

 こっちに来てまだ何もやり遂げていない。

 何もできていないじゃないか。

 コルル村が燃え上がるのを後ろ手に感じ、いつも遊びで使っていた洞穴ほらあなに隠れる。

 子供の小さな身体でしか入れない大きさだ。

 俺はそこで妹のクレアを待つことにした。


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 俺は焦げ臭い匂いを頼りに村へと戻る。未だにくすぶる炎。

 コルル村のほとんどが全焼していた。

「そ、そんな……」

 絶望と恐怖心が込み上げてくる。

 激しくどす黒い気持ちが胸中でくすぶる。

 焼けるような熱に、俺は近くにあった木片を手にする。

「ぶっ潰す!」


 アリエ街とコルル村の合併が決まったのはそのあとの話だった。

 コルル村に帰ってきたロンが俺を見つけて育ててくれた。

 そのことには感謝している。

 小さな村、アセトン街で俺は剣技を磨いた。

 村一番の剣士になるほどに。


 ☆★☆


 石畳の床に石造りの壁や天井。

 採光用の穴があるせいか、風が吹き抜けていく。

「こっちだ」

 衛兵に誘われるがまま、俺は大きな木製のドアを開ける。

 円錐状の部屋に大きな机が一つ。机を挟んで向かい側に一人の老人がいた。

 その両隣に二人ずつの戦士が見える。

 ぼろきれを纏った杖を支えにしている白髪しらがの老人・ニック=イーガン。死霊人と呼ばれる魔術師。その魔力量と魔法の数は世界でも類を見ない。

 その隣にいるガイ=ハーリー。灰色の瞳に灰色の長髪。大きな弓を携えている。矢束を腰にぶら下げており、もう片方の腰に短剣を持っている。蒼穹の矢。

 反対側にいる女の人。紅一点。ヴァイオレット=リリ。紫紺の瞳に青紫色の髪。杖を持っているが、ニックのに比べて小さい。そして幼い。たったの六歳で魔法の力を授かり、世界で三本の指に入るほどの治癒魔法師。傷口を一瞬で治せるという。治癒の獣と呼ばれている。

 そして大きな大剣を抱えているウォーレス=スペンス。大型の大剣は見る者を圧倒する。威圧感と破壊力だけで生き延びてきた、蛮勇の王と呼ばれている。魔法と組み合わせることによって、最強の剣士の異名を持つ。


 最後に。

 中央に座る銀髪の髪と、灰色の瞳をした不遜な態度を見せる老人。

 傲岸不遜な彼には何を言っても無駄だと思わせる。

 そんな威圧感のある老人。

 否。

 王様・ローランド=R=ロード。

 この国の支配者だ。

 俺はこの支配者に呼ばれて今ここにいる。

 王の勅命では強制力は大きい。末代まで呪われるよりは、すんなり任務を終えることが優先させれる。

 それでも俺は戦いたくない。

 人を切れば、人を不幸にする。

 ただし、抑止力としての力は必要だ。

 でなければ、攻め込まれる。

 暴君に襲われるくらいなら殺す方がマシだ。

 あのとき、力があれば守れたはずなのだ。

 俺が弱いばかりに誰も守れなかった。

 蝋燭が揺らめく。

 ニックが床に魔法をかけると、俺の身体に魔粒子が流れ込んでくる。

 呪縛系の魔法か? それとも……。

「して、お主はと聞く」

 ゆったりとした面持ちで確認するローランド王。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る