士魂〜占守1945〜

JSSDF

四嶺山

「テェッ!!」


九七式改チハ改の主砲である四センチミリ砲の砲撃音が響き渡る。

「命中!敵対戦車砲撃破ぁ!」

砲手がそう報告する。


装填そうてん手!次弾、弾種榴弾りゅうだん装填急げ!」

「了解!」

私は装填手に指示を出しながらキューポラから周囲を警戒した。


銃手兼通信手が次弾装填中の間、ソ連兵を近づけまいと車内から機銃を撃ちまくる。


「装填完了!いつでも撃てます!」

装填手がそう報告する。

「よし!11時方向、距離100!」

「照準よし!」

「テェッ!」

主砲が再び火を噴き、10人前後のソ連兵が物言わぬ肉塊に変わる。


「次弾装填!弾種そのまま!」

「了解!」


その時、不意に戦車の速度が落ちた。

「操縦手!何をしている?!」

「前に…ソ連兵が!」

「ソ連兵がどうした!轢き殺せ!!」

私はそう言いながら操縦手のバックシートを強く蹴った。

「りょ……了解ぃい!」

操縦手は半ばヤケになりながらアクセルを踏み込んだ。


三菱空冷12気筒エンジンが獣の如く唸りを上げ、15tの戦車が目の前のソ連兵に向かって行く


私は急加速に体を持っていかれまいと踏ん張りながら、ソ連兵の断末魔や肉体が潰れる生々しい音を装甲越しにその耳で聞いた。





四嶺山





戦闘が始まってどのくらい経っただろうか、私は懐中かいちゅう時計を取り出し、文字盤を見た。

まだ出撃してから1時間も経っていなかった、だがその1時間足らずの間にソ連軍の対戦車砲2門、ソ連兵100名以上をほふっていた。


しかし、屠った数以上の歩兵が我々の眼前に迫ってきていた。


(ロクに対戦車砲も戦車も無いのにようやる……)

私は心の中で、そう呟いた。


実際、ソ連軍が上陸してきた竹田浜たけだはまの守備隊からの報告ではソ連軍は僅かに対戦車砲数門を陸揚げしたのみで、その他の火砲かほうや戦車は上陸せずとの事だった。

そのため我々は若干ではあるがどこか安心しているところがあった。

なぜなら、たかが数門の対戦車砲の脅威なんてたかが知れてるし、戦車の前では如何に屈強な兵士でもその肉体は役に立たないからだ。


だがそんな気分は前衛の九五式九五式軽戦車が撃破されたことで吹き飛んだ。

ソ連軍は対戦車砲の代わりに対戦車ライフル『デグチャレフ PTRD』と黄燐手榴弾おうりんしゅりゅうだんなどを対戦車攻撃に用いてきたのである。


正直なところこれには参った。

米国や英国の戦車と違い、我が軍の戦車の装甲は非常に薄い。

米国の軽戦車は我が軍の中戦車よりも厚い装甲を持っていると聞いたことがあった。


話は逸れてしまったが、つまりはソ連軍の持つPTRDでも容易にこちらの装甲を撃ち抜くことができるということなのである。


既に九五式4両がPTRDの攻撃により擱座かくざ、内1両は弾薬庫に被弾したことにより文字通り吹き飛んだ。


さらに3両の九五式と2両の九七式が黄燐手榴弾と梱包型爆薬の餌食になり撃破された。


この時になって私は、というより我々は歩兵を随伴させなかったことを後悔していた。

我が方にも歩兵がいないわけではなかったが、歩兵というよりは工兵であり、こと戦闘に関しては本職の歩兵より不得手であった。


さらに言えば、本来なら戦車は単独で行動するものではなく、歩兵を随伴させるのが基本である。

戦車単独では対戦車兵器を持った敵歩兵に容易に捕捉・撃破されてしまうことが多いためである。


しかし我々には歩兵による援護は無い。

そのため止まらずに動き続け、敵兵を屠るしか無かった。





「……う」

「……長」

「車長!!」

通信手からの呼びかけで私は現実に引き戻された。

「どうした!」

私は問うた

「連隊長車がソ連軍の集中攻撃を受けている模様!」

それを聞いた私は咄嗟に

「進路変更!全速で連隊長車の援護に向かう!」

と指示していた。

エンジンが唸りを上げた。



そして連隊長車まであと100mといった所で連隊長車がPTRDの集中射を受け爆発、炎上した。

「なんてことだ……」

私はそう呟いた。

炎上する車内から2人が火に包まれながら飛び出してきたが、すぐにソ連兵に蜂の巣にされその場に頽れる。


そして連隊長車のそばにいた九七式改2両が続けざまに撃破されたことで私は我に返った。


「後退!後退だ!!」

操縦手にそう指示を出す。

エンジンが変調し、そして車体は後退し始める。


しかしソ連軍の攻撃が当たり始めた。

「クソ、今度はこっちか!」

装填手がそう叫ぶ。

砲手に「主砲榴弾、前面にばらまけ!」

と指示を出し、通信手に友軍車輌へ援護要請を出すよう、指示を出そうとしたその時だった。


『バカン!』

「がっ!」


突然大きな音と通信手のうめき声が聞こえた。

通信手の方に目を向けると通信手の前の装甲に穴が空き光が射し込んでいるのが見える。

そして通信手の姿を見て私は息を呑んだ。

彼は胸に大穴を空けられ、既に絶命していた。


「全速後退!」

私は操縦手にそう命令した、その間も途切れず車体に銃弾が当たる音が聞こえ、装備品が破壊される音が聞こえた。


戦車は後退を続ける。

車体の揺れに合わせて通信手から流れ出た大量の血が床を流れる。


我々は主砲を撃ちながら後退したが、それも束の間のことだった。


『バキン!』

「っ!」


装甲が抜かれる音とともに、操縦手の頭が吹き飛んだ、彼は悲鳴を発する間も無かった。


コントロールを喪った車両は、既に撃破された味方戦車にぶつかったあと、岩の割れ目にケツから突っ込んだ。

その衝撃で私は瞬間、気を失った。



目を覚ますと、砲手は既に死んでいた。

落ちた衝撃で車体に頭を強く打ち付けたらしく、割れた頭からは血液だけではなく脳が零れ落ちていた。


装填手は生きていた。

私が頬を強く叩くと目を覚ましたが目の前の惨状にパニックを起こしたらしく、上部ハッチから逃げ出そうとした。

私は止めようとしたが一寸遅く、彼はハッチから外に出ようとした。

だがハッチを開け上半身を外に出した瞬間、ソ連兵からの銃撃を受け蜂の巣にされて死んだ。




私は自分の運命を悟った。

そして十四年式拳銃を腰のホルスターから取り出し、こめかみに強くその銃口を押し当てた。


束の間、私は本土にいる家族を思った。


そして指に力を入れ、引き金を引いた。




〜完〜
























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