四十四夜目 死神化
猫はとても神秘的な生き物である。
歴史を遡ってみると、彼らがどれほど特別な存在であったかがわかる。
例えば今から五千年前のエジプトでは、猫は神聖な生き物として人々から崇められていた。雄猫は太陽神ラーの化身、雌猫は女神バテストの象徴として扱われるほどだ。
また十五世紀中世ヨーロッパにおいては、黒猫は魔女の使い魔として悪魔の化身として忌み嫌われたこともある。
このように神と崇められたり、悪魔と畏怖されたりと様々に扱われてきた生き物こそ、猫なのである。
これは我が家のねこさまも例外ではない。
ある日のことだ。
前夫がちーたくんを見て、こんなことを言った。
「アイツ、日に日に力が強くなっている気がする」
「は? なんの?」
「なんていうかな。死神化してきている気がする」
相変わらずの意味不明なスピリチュアル発言である。
当然のことながら、私の頭にはクエスチョンマークがいくつも点滅した。
死神化しているとはどんな意味なのか。
彼の説明によると、ちーたくんは成長とともに霊力が増してきているらしいのだ。そのおかげか、我が家にいる霊たちの中に彼を怖がっているものが出てきているらしい。
「んじゃ、そのうち全員追い払ってくれるかなあ?」
「どうだろうね。ただ、彼がいてくれることであなた、守られてると思うよ」
ただただ驚いた。
ちーたくんが来たことで、私はかなり守られているらしい。
以前住んでいた家は霊道が通っているし、今の我が家にはたくさんの霊が闊歩してらっしゃる。私自身、憑りつかれやすい体質で、気づくと外から拾ってきてしまう。そういうものから、彼が守ってくれているというのだ。
「すごいねえ。神様みたいじゃん」
「まあ。どっちかというと死神ってかんじだけどね。毒を毒で制するっていうのが一番しっくりくるな」
前夫は腕組みしながら大きくうなずいた。
「ひなが元気だった頃は、ひながあなたを守っていたかんじはあるんだけどね。でも年をとって、そういう力も衰えたんだよ。で、ちーたが来た。役目も交代したんだな」
動物を飼っている方はわかる話かもしれない。
愛情を注いだ彼らはときに主人の身代わりになって病気や怪我を引き受けることがある。
私が小学生のころもそうだった。実家で犬を飼っていたが、どの子も身代わりになって病気になった。
特に父が癌の疑いが強かったとき、飼い犬が同じ時期に癌になった。幸い、手術で根治したが、その後もなにか病気を引き受けては、彼らが身代わりとなって手術を受け、回復するということが起きている。
そうした経験からも、私はペットたちが災いを遠ざけたり、良縁を運んできたりすることもあるということを認識している。
ゆえに高齢になって目も耳も鼻も利かなくなったひなのかわりに、今度はちーたくんが家の中を守っているという話は、すごく腑に落ちた。
それこそひながまだ若かった頃は、誰もいない廊下に向かって吠えることもあったし、夜中にじっと宙を睨んでいることもあったからだ。最近はめっきりやらなくなってしまったけれど。
そんな話を前夫と交わしてからしばらくしてからのこと。突然電話でこんなことを言われた。
「やいっ。おまえんちから、うちに避難してきたやつがいるぞ」
何を言っているのやらである。
「どうもな。生霊みたいなんだが、ちーたの力が強くなって(そっちに)いられなくなったみたいだぞ。すごい迷惑してる。毎晩、ドカドカ音立てやがるし、唸ってるし」
「そんなこと言われてもどうにもできん。あなた、霊感強いんだから、自分でなんとかしなよ」
「俺は祓えん。でも、これであなたはこれから幸運に見舞われるだろう」
「そうなの? それはありがたい。じゃあ、そいつはあなたのほうでなんとかしてね。じゃあ」
――四体いるうちの一体を追っ払ってくれたのね。すごいな、ちーたくん。
おかげで今後は幸運がやってくるというのだから大万歳な話である。
類稀なる霊能力を常々発揮している前夫こそ、自分でどうにかすればいいのだ。
霊感のない私にはどうしようもない話だった。
しかし翌日、またしても前夫から連絡が来た。どうやらあまりにも音がうるさいので交渉を試みたらしい。
「なんか話したいことがあるのかと聞いたが無視しやがる」
「っていうかさ。これ、前に言ってた私の首を絞めてたやつなの?」
「まあな。こいつは下っ端で力が弱いせいでそこにいるのがつらくなったみたいなのはたしかだ。ちなみにあなたの首を絞めたのはこいつだけど、命令したのは別だからな。まだそっちにいるぞ」
「恨まれる理由がわからない」
「知らないうちに恨みを買っているか、もしくはあなたの家自体に恨みを持っているか。とにかく気をつけろ」
「ちーたくんがいるから大丈夫でしょ?」
「わからん。俺のほうはこうなったら式神にしてやろうと思う」
「式神にできたら報告して」
話し合いがダメだったから従わせてやろうという前夫にエールを送る。後日、あらためて「式神化はむりだった」という報告がもたらされた。
「そのかわりな。あいつ、俺の耳元でささやきやがったんだよ」
どうしても訴えたいことがあったらしい。彼の家に逃げ込んだ霊は彼の耳元でこうささやいたという。
『うそつき』と――
「どういう意味?」
「知らん。あなたがうそをついているってことなのかもな。思い当たることある?」
「わからん」
「だな。俺ももう相手にするのやめた。チャンネル合わせるのもやめる」
「そのうちいなくなるんじゃないの?」
「そうだといいが、もう放っておく。面倒臭い」
結局、その後も前夫の家に居ついていたらしく、追い払えなかったという話も聞いた。しかしもう相手にもしなくなったので、話にすら出てこなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます