⑦ お腹の中の検査 初めての大腸カメラ編

 大腸内視鏡、大腸カメラ。

 僕にとっての大腸カメラの原初体験は、2002年まで遡ります。


 当時小学生だった僕は、それなりにテレビっ子でした。2002年といえばみなさんピンと来ると思いますが、田中邦衛の『北の国から』ってドラマが完結した年ですよね。

 なぜそうなったのかは覚えていないのですが、完結編『北の国から2002遺言』の前の総集編『記憶』を録画してて、あの有名な「子どもがまだ食べてる途中でしょうが」を目撃し、そして『遺言』を観た。僕は小学生のくせにTSUTAYAでビデオを全作借りてきて観るくらいには『北の国から』にハマってしまいました。あれから20年以上経ちますが、『遺言』以外は観返したことがないので、これを機に再度手にとってみましょうかね。


 脱線しました。僕がなぜ『北の国から』を持ち出したかというと、『遺言』にて田中邦衛演じる黒板五郎が病院で精密検査を受けるシーンがあるんです。その精密検査の中に、大腸内視鏡検査、いわゆる大腸カメラのシーンがありました。五郎はそれを麻酔なしというか、鎮静剤なしで行います。おしりにカメラを突っ込まれてうめく田中邦衛の演技が鬼気迫るもので、当時の僕はマジのマジで衝撃を受けました。


 おしりにカメラを!? え!? おしりにカメラを突っ込むの!? おしりってのは出口であって入口じゃないよ!? 死んじゃうよ!?


 当時一桁歳の僕にとって天地がひっくり返るレベルの出来事でした。いまだにあの田中邦衛の苦悶の表情がまぶたの裏に焼きついていてフラッシュバックするんですよ。つら。


 僕は大腸カメラの日の朝、看護師さんに言いました。『北の国から』ってドラマで大腸カメラのシーンがあるんですよ、だからどんなものかは知ってる、って。看護師さんは愛想笑いを返してくれました。


 さて、大腸カメラの話ですが、大腸カメラは前日の夜からすでに準備が始まります。まず検査前日の夜にウェルカム下剤を飲まされます。サイダーみたいな味のやつです。それを200ml。戦いはすでに始まってます。この時点ですでに便意が発生します。


 そして絶食です。その下剤以降、水かお茶以外の飲食物は禁止になります。ただ脱水症状にならないように水はがぶ飲みしなきゃなりません。このときの僕に関しては、すでに絶食してたのでここは特に問題ありませんでした。


 検査当日。検査前に腸内をきれいにする下剤が待ち構えてました。

 どかんと2リットル。


 2リットル!?


 下剤をゆっくり15分おきくらいに200mlずつ飲まされます。脱水症状にならないように適時水を飲みながら。2リットル。


 味は最悪です。一口飲むたびに「うへぇ」って声が漏れます。それを2リットル飲まされる。いやまあ正確に言えば「便に濁りや粒がなくなるまで」なので、実際には1リットル飲んでそれからは様子見にはなるので2リットルも飲むことはないのですが、それでも1リットルはゲロマズな液体を時間をかけて飲み続けなければならない。地獄です。まさにこの世の終わり。


 飲み始めるとわりとすぐに便意がやってきて、あとはひたすら下剤を飲みながらトイレと病室の往復。腸内のものがどんどん出ていき、みるみる便が澄んだ色になっていく。あれは一見の価値ありなのですが、ゲロマズな液体を飲んでまで見るものではありません。


 きれいになったら、下剤は終わり。看護師さんに便の感じを確認してもらって、あとは検査まで待つばかり。

 さすがに手術ほどの緊張はありませんでしたが、それでも僕の脳裏には田中邦衛がちらついています。


 大腸カメラについても鎮静剤はありでお願いしています。人によっては鎮静剤なしでやる人もいるらしい(それこそ田中邦衛がそうだった)のですが、僕くらいの若さで鎮静剤なしで大腸カメラはまず耐えられないそうです。若ければ若いほど痛みに敏感だから、みたいなことを看護師さんが言っていました。

 そういえば僕の親友が浪人時代に前立腺の検査でおしりに指突っ込まれて激痛で死ぬかと思ったという経験談を聞いたことがあった。それも考えると、

 おしりに異物突っ込むのはやっぱり僕には無理だって。鎮静剤は必須。


 呼ばれました。検査着に着替えます。パンツはおしりのところが開いているパンツ。はぁ。つら。


 ベッドに横になると、鎮静剤を打ち込まれます。鎮静剤は元々刺さってた点滴の針を通して打たれる感じ。


 眠くなりました。このときすでに始まっていたみたいです。何も感じません。最初は順調でした。田中邦衛の悶絶はどこにもありません。


 問題は後半に発生しました。

 大腸ってのは、小腸をぐるっと囲むように配置されてるじゃないですか。だからおしりからカメラが入ったあとに、3回はカーブを曲がらなきゃいけない。その3回目のカーブのときに、お腹に痛みが走りました。僕はそのときなんとなく意識が戻りました。「うう」とうめき始めると、どこか遠くから看護師さんの声が聞こえました。


「曲がるとき痛みが走ることがありまーす」


 今言うなや!?


 痛みはすぐにおさまったような気が。

 しかし行きがあるということは、帰りもあるということです。帰りもやっぱりカーブのところでうめきました。たぶんカーブのところなのでしょう。


 そこからは一瞬。「はい終わりました」の声でなんとなく覚醒。しかし夢うつつ。

 僕は看護師さんに向かって話しかけました。


「北の国からってドラマで田中邦衛が〜」


 僕は虚ろな意識の中で、何度も何度もその話しを繰り返しました。

 古いドラマの大腸カメラの話しを繰り返し話す意識が朦朧とした患者。本当に意識が朦朧としているせいで自分で自制が利かないのです。思ったことをすべて口にする。ひょっとしたら僕が打たれたのは鎮静剤じゃなくて自白剤だったのかも。VIVANTみたいなやつ。


 僕の大腸カメラ処女はそんな感じで奪われました。思っていたよりも呆気ないものでした。痛みでうめく瞬間はあったけれども、田中邦衛になることはなかった。鎮静剤様様ですね。ひたすら『北の国から』の話しをする狂人になってはしまいましたが。


 鎮静剤が効いているため、検査後しばらく寝かされました。気がついたら病室に戻っていました。そして目の前には、昼食の焼きうどんが置かれていました。

 土曜日は麺類の日です。


 絶食検査ののち食べた焼きうどん。というか、手術後久しぶりの麺類。

 あの焼きうどんは、僕が今まで食べた麺類の中でも、冗談抜きで五本の指に入るくらいには美味しかったです。

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