④ いい湯だな
クローン病と診断されてから一日。
わりとすぐに結論は出ました。
死ぬ病気じゃないならなんとかなるでしょ。とりあえず。検査もあるみたいだし、全部終わってから考えればいいや。
ごはんは五分粥に進化していました。2日かけておかゆが進化していくシステムのようです。
とりあえずお腹の傷がそれなりによくなって体調も安定したら、クローン病のための内科の検査をしなければならないとのこと。
検査は3つ。胃カメラ、大腸カメラ、そして小腸バリウム。
どれも初めての検査です。ドラマとかでは観たことがあるやつ。あと人間ドックでやるという話を聞いたことがある程度の知識しか持ち合わせていませんでした。
特に気になったのが、小腸バリウム検査でした。人間ドックでは胃カメラかバリウムか選べるんだよ、的な話を母がしていたので、「えっ、バリウムって胃を検査するために使うものじゃないの?」と驚いた記憶があります。
「胃の検査よりきついよ」看護師さんはそう返してきました。「何より量が多いからね」
量が多い?
そもそも胃のバリウム検査をしたことがないため、バリウムの量がわからないし、味もわからないから何がきついのかまったくピンと来ていませんでした。
検査自体は週が開けてからなので、クローン病と診断されてからしばらく期間が開きます。
僕は動けるようになった当初、怖くて自分のお腹の傷を見ることができませんでした。
というか切ってるから縫ってるんだよな?
じゃあ、抜糸をしなきゃいけないんだよな?
せっかく痛みがなくなってきたのに、抜くときにまた絶大な痛みを経験しなきゃいけない。抜糸の経験はありました。親知らずを切開で抜いたときに口の奥のほうを何針か縫っていて、術後1ヶ月で抜糸しました。抜糸はもちろんは麻酔なしで、口の中の針を抜かれる瞬間はこの世の終わりかという激痛が一瞬だけ走りました。
そういえば幼少期、唇にデキモノみたいなのができたときも唇を切開して一針か二針縫いましたね。あのときは「縫われた針の数が多いほど強い」という謎の価値観を持っていたので何ともなかったのですが、ある程度分別がついた結果、抜糸は忌むべきものと価値観のコペルニクス的転回が発生していました。
抜糸は嫌だ。しかも何針縫ったんだ。
僕は恐る恐る、看護師さんに「抜糸っていつするんですか」と尋ねました。
「え? 抜糸はしませんよ?」
抜糸はしないだって?
じゃあ僕のお腹はどうなっているんだ。
「テープで止めてますよ」
て、てーぷ?
「自然と剥がれてくるんで、もうお風呂とか入ってもいいですよ」
お風呂に入っていい、だって?
食事が再開し、自由に行動できるようになった結果、目下の問題は入浴でした。管まみれのときは毎日午前中に看護師ではなさそうな介護士みたいなおばちゃんに身体を拭いてもらうのが日課になっていましたが、これいつまで続くんだろうと思っていました。
そう思っていたら、「何なら今日から入ってもいい」と言われました。
「湯船に浸かっても?」
「全然大丈夫ですよ。予約しときますね」
病棟のお風呂は予約制。普段は自分でナースステーションに行って予約するけど、久しぶりの入浴は看護師さんが予約を取ってきてくれました。
「今空いてるんで今いいですよ」
話が急展開すぎる。
僕はウキウキで風呂場に向かうと同時に、「お腹の傷を見なきゃいけないのか」と不安にも駆られていました。
風呂場で服を脱いで最初にしたのは、やはりお腹の傷の確認でした。
テープがめっちゃくちゃ頑丈に貼られていて、針で縫われたような痕はありませんでした。傷口はテープで塞がれていて見えません。
これどういう原理なんだと疑問に思いました。ちなみにあの原理はいまだによくわかっていません。
お風呂は湯船にお湯が張られたり張られてなかったりするのですが、僕が入ったそのときは湯が張られていました。
病棟のお風呂は介護される方も入るので、思っているよりも相当広いです。肩まで浸かってさらに全身を伸ばすことができるくらいには広いです。
湯船に入る前、髪の毛と身体を洗おうとしたのですが、やはり最初は「お湯が傷にしみたりしないのか?」でした。
まったくしみませんでした。僕は感動しました。今の医療ってすげぇ。
でもシャワーだからしみなかったのかも。湯船に浸かったら激痛にもだえるかも。
おそるおそる湯船に入りました。
まったくしみませんでした。僕はさらに感動しました。マジで医療ってすげぇ。
これに感動した僕は、毎日のように午前中早い時間にお風呂に入るようになりました。
ちなみにお腹のテープですが、一気に剥がれるということはなく、こちらで意識的に剥がすというようなこともせず、毎日お風呂に入るうちに少しずつペリペリと剥がれていったのですが、完全にすべてのテープが剥がれたのは退院してからでした。徐々に剥がれていったおかげで、傷口も徐々にあらわになっていったので、ほとんど抵抗なく目視で受け入れることができました。当初はかなり沈み込むような傷だったのですが、何年も経つうちに目立たなくなり、今ではうっすらとわかる程度になりました。
ちなみにこの文章を書いているのが2回目の手術前日です。
今回の執刀医の先生は「できれば腹腔鏡手術でやりたいけど……」と言ってくださってるのですが、開腹手術経験があるのでまあ無理でしょうね。僕には新たに大きな傷が刻まれるでしょう。
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