④ 無事入院しました
地元に帰る前日、病院からの帰り道、自転車をとぼとぼと押しながら両親に連絡していました。
手術することになったから明日帰るね。
「えっなんで?」と質問されましたが、僕もわかってないので、わからんと答えるしかありませんでした。
新幹線で数時間揺られ、地元に帰り着きました。
僕は限界を迎えていました。今すぐ入院しろと命令された前の日は「自分はまだ大丈夫だ」と思っていたのに、わずか一日で意識がもうろうとするレベルまで落ちていました。僕の身体は水すら受けつけなくなっており、食事をしていないのでエネルギーも足りない、水分も足りない。激しい腹痛が僕を襲い、歩く足取りもおぼつかない。駅で出迎えた子どものそんな姿を見た両親の心境は、はかり知れません。
荷物を置きに一度家に帰ったんですが、僕は「頼むから早く病院に連れてってくれ」と悲痛な叫びをあげました。
その日は土曜日。受け入れてくれる医療機関があるかどうか定かではありません。
最初に市立病院に行きました。
結果は門前払いでした。曰く、「担当できる医師が今日はいない」とのこと。正直自分が何の病気かもこのときわかっていなかったので、誰でもいいから早く見てくれよと思っていました。
ただ、市立病院の人間から「医師会病院なら大丈夫かもしれない」と進言いただき、両親に連れられて僕は地元の医師会病院へと向かいました。
時刻は夕方近かったかもしれません。
医師会病院は診療をやっている日のはずなのに暗かったです。最初は暗い待合の中で待っていたのですが、やがて休日診療用のスペースに通され、ベッドに寝かされ、すぐに点滴を刺されました。
外科の先生がやってきました。その先生が、僕の執刀医でした。
わりと意識がもうろうとしていたので、喋った順番は覚えていないのですが、僕の病状と、手術の日の話でした。
今の君の状態を見ていると、緊急的な手術は必要なさそう。手術は来週木曜日の12日に予定を抑えた。たしかに小腸に穴が開いているように見える。そして君の病名は尿膜管遺残症だ。
尿膜管遺残症。
聞きなれない単語が出てきました。聞きなれない単語に聞きなれない単語が組み合わさっている症状に、僕は犯されていたそうです。
尿膜管遺残症とは。
赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるとき、赤ちゃんとお母さんはへその緒でつながっているじゃないですか。赤ちゃんはお母さんからへその緒を通して栄養をもらうのに加えて、へその緒を通して排泄も行っています。その排泄を行うために、へその緒と赤ちゃんの膀胱をつなぐ管が赤ちゃんの体内にあります。それが尿膜管です。
通常、その尿膜管は、赤ちゃんの出生前後に体内から消滅するそうです。
しかし、ごく稀に、その尿膜管が体内に残存するケースがあり、さらにごく稀にその尿膜管に膿瘍が発生したりする場合がある。それが尿膜管遺残症とのこと。
2014年年末のフィギュアスケート全日本選手権のあとに羽生結弦選手が緊急手術を受けていたことを覚えていますでしょうか。そのとき、羽生選手が罹患していた症状がまさにこの尿膜管遺残症でした。超余談ですが、あとでこの事実を知った僕は、共感のためか男子フィギュアスケートというか羽生結弦選手の滑走にハマり、グランプリシリーズとかをちゃんとチェックするようになりました。
僕はその尿膜管遺残症ということでした。ではなぜ小腸に穴が開いたかというと、尿膜管の膿瘍があまりにも大きく、小腸に接触した結果、穴が開いてしまったのではないか、との見解でした。そしてその膿瘍は膀胱にも一部かかっており、今回の手術では、炎症を起こしている尿膜管に加え、小腸の一部および膀胱の一部も切除しなければならないだろう。
そんな説明を、僕は両親と共に受けました。
とりあえず今日から入院しましょう。先生はすぐに入院の手続きを取ってくれました。
僕は看護師に連れられ、入院病棟へ。大部屋でした。六人部屋だったと思います。その入口のほうの壁側。
そして絶食絶飲開始。初めての入院に加え、初めての完全絶食です。不安しかなかったですが、点滴で栄養と水分は摂取できるから安心していいよ、と言われました。まあそりゃそうですよね。
術前検査は月曜から水曜にかけて行うとの話でした。
すぐに手術してこの痛みを消してくれないのか。そんなことを思った初日でしたが、絶食が始まって一日が経過した日曜日には嘘のように体調が回復しておりました。熱はあいかわらずありますが、それも微熱程度まで収まりました。お腹の痛みもだいぶ引きました。どうやら何かを口にすることが腹痛のトリガーになっていたようです。
さて、2015年11月8日の日曜日。覚えていることがひとつ。
バイトをやめ、大学を休学した僕は暇すぎたせいか大相撲にハマり、テレビ放送のある三段目~幕下から結びの一番まで全取組を見るようになっていたのですが、その日は大相撲九州場所の初日でした。
病院によると思うのですが、入院するとテレビを観るためにはだいたい1分/1円かかります。入院を始めたときはそれがもったいなく思い、僕はタブレットのワンセグで大相撲の初日を観戦しました。
もう一度言いますが、僕が入ったのは大部屋です。
九州場所初日、鶴竜の取組があまりにもふがいなくて「おい鶴竜!」といつものノリで叫んでしまい、大恥をかきました。あの瞬間の恥ずかしさだけは、今なお脳裏に焼きついています。
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