2015年の話

① 就活、そして休学

 クローン病ってのは、十代から二十代の人間が診断されることが多い病気らしいです。実際、僕が診断されたのも大学4回生のときなので、世間一般のクローン病患者に当てはまりますね。

 僕がクローン病だと診断されたのは、実は別の病気で行った開腹手術のまさに手術中の話でした。つまり、その手術がなければ僕はクローン病だと気づかずに過ごしていたことになります。しかしその手術も、実はクローン病のせいだったという話なので、遅かれ早かれ発覚していたことではあるのですが。


 思えば、高校時代からトイレに行く回数がなかなか多い人生だったなと思います。食事のたびにトイレに行くような感じだったんですよ。そして特にこの人生の岐路となる2015年は、そのことを初めて自覚した年でもありました。


 自覚したのは、就活を行っていたときです。僕は週刊少年ジャンプが好きすぎて、就活の第一志望は集英社でした。集英社はもちろん受けるのですが、とりあえず集英社以外の出版社も片っ端から受けようと思って、一ヶ月ばかし東京に住んでいました。そのとき住んでいたのが、当時大学一年生の弟の部屋です。

 あ、言い忘れてましたが、僕自身は京都の大学に通っていました。

 だから東京で就活するには、東京の拠点がいる。幸いにも弟が東京の大学に進学してくれたおかげで、「一ヶ月お前の部屋に住ませろ」とお兄ちゃん権限を使ってワンルームの部屋で一ヶ月ちょっと二人暮らしをしていました。そのとき、弟から思わぬ指摘を受けたのが自覚のきっかけです。


「兄ちゃんが来てからトイレットペーパーの減りが早すぎるんだけど」


 言われてみればたしかに。

 トイレットペーパーがありえないスピードで減っていく。どれくらいのペースだったかは今ではもう思い出すことはできませんが、12ロールのトイぺを一ヶ月で買い足したような記憶はあるんですよ。とにかくすごいペースだったと思います。

 でもそのときはそれが病気だなんて思うわけもなく。ちなみに「君はクローン病だ」って主治医から診断される直前の質問は「最近トイレに行く回数が多かったりしなかった?」だったので、弟の指摘はまさに僕がクローン病であったということに気づかせてくれる絶好の指摘だったわけです。


 就活は無残に敗れ去りました。

 でもマジで集英社に行きたすぎて、集英社の面接に落ちた瞬間に他の面接も残っているにもかかわらず親に電話して「ごめん第一志望落ちたから留年するね」って宣言しました。親の反応は「ま、あんたの人生だからあんたが決めればいいんじゃない?」だったので、東京から京都に戻ったその足で大学の教務課に休学届を出しに行きました。残す単位は卒論だけだったので、教授にも「休学届出したけどあとは卒論だけなんで普通に発表会だのなんだのには参加しますね」っつって特に問題なしでした。


 今になって思うのですが、ここで就活に成功していたらどうなっていたのでしょうか。休学したおかげで、僕はこのあと起こる惨劇に対し、充分な余裕をもって、療養に専念できたとも言えるのです。もしも就活に成功していたら、卒論を出せず、就職もできず、そして学費だけ一年分無駄にしたという最悪の結果になっていたでしょう。休学はマジで英断でした。親に「休学するわ」って電話をしたおかげで、今の僕があると言っても過言ではないでしょう。


 ちなみに休学を報告したときの僕のばあちゃんの言葉が素晴らしいのでここに記録しておきますね。


「苦労して入った大学なんだから1年か2年くらい長くいないと損。卒業して働き始めたら二度と戻れないんだから」


 さて、休学した僕ですが、何をしていたかと言うと、その年に自分が所属していた文芸サークルが学祭で発行する機関誌用の中編小説(10万字弱あったのでもはや長編かもしれない)の執筆でした。このとき初めてハードボイルドに挑戦したのですが、実はこの小説を書くときに初めてプロットを練って書いて、ちゃんとミステリになるようにこねくり回して執筆したので、完成後に「小説執筆ってこんなにめんどくさいのかよ。これを最後に小説書くのやめるわ」と本気の断筆宣言をしました。

 実はこのときの僕はまだワナビではありませんでした。小説の投稿などただの一度もしたことながなく、でも小説を書くのは大好きで、頼まれてもないのにガンガン作品を書いてサークルの人間に読ませて、ボロクソになじられて、それでもまだ書いてサークルの人間に読ませて、というのを繰り返していました。本当に作家になろうなんて思ってなかったんですよ。サークルの大先輩からも「え、お前ワナビじゃないのになんでそんなに書くん?」みたいなツッコミをもらいながら。ちなみにそのときなんて答えていたか覚えてませんが、本音としては「思いついちゃったから」でしょうね。

 そんな僕がワナビになろうと思った話は、たぶんそのうち出てきます。というかこのエッセイそのものがワナビになろうと思った理由ではあるので、そういうことです。はい。


 ここまでがだいたい前提の話になります。まずは僕が緊急入院することになった体験を綴りたいと思います。。

 僕の人生を変えることになる病状の発症は、僕が執筆したハードボイルド小説を寄稿した機関誌の編集作業の真っただ中に起きることになります。

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