第2話 噛むよろこび

//BGM:大家さんのリビング、鍋をグツグツ煮ている音

//SE:主人公の箸と皿と茶碗が往復する音(食べている音)

//ボイス位置:正面 

【大家さん】

「ヘタクソ」


【大家さん】

「さて、お腹に物を入れるのが一番だと思って、

 なにも口出しするつもりはなかったのだけどね……」


//SE:おかずへと伸びた主人公の箸を自らの箸ではじく


【大家さん】

「どうしても『しつけ』るべき見逃せない箇所があったから、

 『ヘタクソ』っと声をかけたわ」


【大家さん】

「さあ、どこが直すべき場所かわかる?

 箸にお椀の持ち方? たしかにそれもあるわね」


【大家さん】

「けど、それよりも一番大事で一番できなきゃいけないこと。

 まずはそこを直すわよ。それは――」


//SE:箸とお椀をテーブルに置く

//SE:テーブルから身を乗り出し、主人公の頬を両手で包み込む

//ボイス位置:正面 

//演技:主人公の顔に息がかかる距離まで近づき、淡々としゃべる

【大家さん】

「『噛む』よ」


//SE:両手で主人公の下アゴやフェイスラインを揉む


【大家さん】

「あ~痛い痛い。グリグリとアゴを親指で圧されて痛いわね~。

 きちんと噛めば、こんなに痛くも感じないで済むんでちゅよ~」


【大家さん】

「まともに食事も出来ないのは赤ちゃんと同じ~。

 そしてこの指圧は噛む大切さをその頬に刻んであげてるの」


【大家さん】

「ほら、いつまでも箸とお椀を持たない。

 持ち続けたら、おとなしく噛む筋肉をほぐされなさい」


//SE:主人公 言われるがまま箸とお椀をテーブルに置く

//SE:両手でフェイスラインを念入りに揉む揉む


【大家さん】

「よし、きちんと言いつけを守れたようね、ワンちゃん。

 なら、下あごへからしつけてあげる、ほらグッ、グッ、グッ……」


//演技:苦しむ主人公を見て楽しそうにマッサージ

【大家さん】

「…………」


//演技:注意深く丁寧にマッサージ

【大家さん】

「今度は上へと向かって……グッ、グッ、グッ……」


//声:サディスティックに笑いながら、マッサージ

【大家さん】

「あはは、苦痛に満ちたそのぶちゃいく顔、最高よ♪ 

 ここよね? ここが痛くてたまらないのよねっ!」


//演技:さらにサディスティックな笑みを浮かべ楽しそうにマッサージ

【大家さん】

「…………」


//演技:力を込めてマッサージしながら会話

【大家さん】

「結構……ほぐれて……きたかしら? 

 なら、あともう少し……だけっ!!」


//演技:丁寧に力を込めてもみほぐす

【大家さん】

「…………」


//SE:両手で主人公のフェイスラインを揉み終える


【大家さん】

「はい、このぐらいなら実感できるかしら。

 そうなると、いちばんうってつけの食べ物は……」


【大家さん】

「そうね、このたくあんがいいわね。

 今から、これをあ~んしてあげる」


【大家さん】

「口に入ったら、しっかりと噛む音を響かせなさい。

 それこそ私の耳まで届くように」


【大家さん】

「もし聞こえないと判断したら……」


//ボイス位置:正面⇒左 

//演技:耳元に寄って「覚悟なさい」はサディスティックに笑う

【大家さん】

「その時は、覚悟なさい、くふふ」


//ボイス位置:左⇒正面

【大家さん】

「はい、ワンちゃんはちゃんとできるかしら~?」


【大家さん】

「ああ、いつの間にかワンちゃん呼びだけど、

 しつけなら、ワンちゃんがしっくり来るわよね」


【大家さん】

「とりあえず自立するまで、ワンちゃんだから。

 ほら、無駄話は終わり。さっそくやるわよ」


//SE:主人公の顔から両手を離す

//SE:テーブルの上のおかず(漬物や野菜)を箸で取る

【大家さん】

「さあ、人間になりたいなら口を大きく開けな……

 いや、なに顔を赤らめているのかしらね?」


【大家さん】

「なにか……ああ~まさか私の箸で食べさせるから、

 間接キスとか、気にしているの?」


【大家さん】

「くだらない、くだらなすぎる理由ね、そんなの。

 一緒に食事するのなら、間接キスなんて当たり前でしょ」


【大家さん】

「そんなことより、さっさと口を開ける」


//SE:テーブルからお椀を持って身を乗り出す

//ボイス位置:正面

【大家さん】

「はい、あーん」


//SE:大きく開いた主人公の口へ思いっきり詰め込む

//SE:主人公の息がつまりそうになるもお構いなしに詰め込む

【大家さん】

「あーあ♪ たくあんで窒息しちゃいそうね。

 ほら、生き残るには噛むしかないわよ!」


【大家さん】

「さあ、ひたすらに噛みなさい! 

 粉々になるまでしっかり噛むの!!」


//SE:大家さん 主人公が噛むのを待つ

//演技:しげしげと主人公の噛む様子を観察

【大家さん】

「…………」


【大家さん】

「……ふむ、やればできるじゃないの。

 どう? アゴがほぐれると、全然違うものでしょ?」 


//SE:身を乗り出して主人公の頬を両手で圧し潰す


【大家さん】

「もっとも、今ぐらい多く噛むのを意識すれば、

 そもそも、アゴが痛いなんて思いもしなくて済むのだけど」


//ボイス位置:正面 

//演技:息がかかるぐらいに子供に言い聞かせるように毅然と言う 

【大家さん】

「いい? しっかり食べれば、しっかり健康になる。

 きちんと噛むことは、しっかり生きること」


【大家さん】

「何気ない日常の行動にこそ気を配る。

 そこをなおざりにするから、人生がつまらないものになっていく」


【大家さん】

「今のように噛む回数や動作を意識する。

 案外そういうことで人生が変わっていくの」


【大家さん】

「だから、さらに『噛む』心地良さを、

 くすんだその耳の傍で聞かせてあげるわ」


//SE:主人公の顔から手を離す

//SE:自分の席から立ち上がり、主人公の右側へ移動

//SE:主人公の右側に座りつつ、お椀とお箸を持つ

//ボイス位置:正面⇒右

//演技:耳元でささやく

【大家さん】

「さあ、まずは右耳から、しっかり聞きなさい」


//SE:テーブルのおかずを取り、お椀に載せて口元へ運ぶ

//演技:咀嚼音が響くようにじっくりと咀嚼

【大家さん】

「…………」


//演技:キリの良いところで噛み砕いた食べ物を嚥下

【大家さん】

「……ごくっ」


//声:色っぽく言いつつ、耳元でささやきつつ、息ふ~

【大家さん】

「んっ、しっかり聞いてたみたいね……ふ~」


//演技:悪口っぽくならないように、サドらしく楽しむように言う

【大家さん】

「くふ、くふふ♪ ビクビク震える様子といい、

 そのマヌケ顔といい、犬そのもので、最高に気持ち悪い♪」


【大家さん】

「だけどしっかり噛む音を聞いていて悪くないわ。

 その調子で続けて、しっかり私の噛む音を聞きなさい」


//SE:テーブルのおかずを取り、お椀に載せて口元へ運ぶ

//演技:咀嚼音が響くようにじっくりと咀嚼

【大家さん】

「…………」


//演技:キリの良いところで噛み砕いた食べ物を嚥下

【大家さん】

「……ごくっ」


【大家さん】

「くふ、くふふ♪ 今、身構えたわね?  

 ふ~されるかもと、期待したのよね?」


//演技:からかうようにささやき

【大家さん】

「そんなの私次第でしょ……バーカ♪」


【大家さん】

「いえ、そもそも人の話、聞いてた?

 いや、ワンちゃんだから聞けないのか」


【大家さん】

「なら、一回は見逃してあげる。

 けど次、聞いていないと判断したら――」


//演技:サディスティックな笑みをたたえて、脅す

【大家さん】

「そのアゴ、もっと痛めつけちゃうから♪」

 

【大家さん】

「あはは♪ いい大人が震えて無様ね。

 でも、ちゃんと聞けばいいの。聞けたら――」


//演技:妖艶で挑発するように言う

【大家さん】

「左耳もいーっぱいふ~してあげるわ♪」


//SE:主人公の左側へ移動

//ボイス位置:右⇒左

//SE:主人公の左の耳元へ顔を寄せる

//演技:ささやきつつ、耳に息を吹きかける

【大家さん】

「さあ、移動したからには、ちゃんと聞きなさいな……ふ~」


//演技:若干嘲笑いつつも、褒める

【大家さん】

「ふふ、ビクビクするとは油断したわね。

 けど、ちゃんと聞いていたから許してもあげる」


【大家さん】

「いい、今の心持ちで聞きなさい。

 さあ、左はご飯とこっちのおかず」


//SE:テーブルのおかずを取り、お椀に載せて口元へ運ぶ

//演技:咀嚼音が響くようにじっくりと咀嚼

【大家さん】

「…………」


//演技:キリの良いところで噛み砕いた食べ物を嚥下

【大家さん】

「……ごくっ」


【大家さん】

「へぇ~、しっかりと聞いてたみたいね。

 でも、これぐらいじゃご褒美の『あれ』はまだあげないわ」 


【大家さん】

「私の咀嚼音からまだまだ学びきってないもの。

 だから、もう一度」 


//SE:テーブルのおかずを取り、お椀に載せて口元へ運ぶ

//演技:咀嚼音が響くようにじっくりと咀嚼

【大家さん】

「………………」


//演技:キリの良い所で砕いた食べ物を嚥下

【大家さん】

「……ごくっ、ごちそうさま。

 そしてきちんと聞けたから、約束どおりご褒美よ♪」


//ボイス位置:左

//演技:耳元へ接近して少し長めに耳元へ息を吹きかける

【大家さん】

「ふぅぅぅぅー……♪」


//演技:主人公の左耳元から少し距離を取り普通に会話

【大家さん】

「ちゃんと聞いてたから、長くしてあげたわ。

 よかったわね。念願のふ~を長く味わえて」


【大家さん】

「それでどう? 私の『噛む』音は?

 聞くたびに、食欲が自然と湧いてくるでしょ?」


【大家さん】

「湧いてこなくとも、食べていけば美味しくなる。

 さて、仕込んでたものもそろそろ――」


//SE:カセットコンロで煮ていた鍋が沸騰

【大家さん】

「――ん、いいタイミングね。

 これをしっかり噛んで、食事を楽しむわよ」


//SE:カセットコンロの火を消す

//SE:鍋のふたを開く

//SE:ぐつぐつと鍋が煮えたぎる

【大家さん】

「その体に足りないものを考えた結果、作ったのが豚汁よ。

 私が口元まで食材を運んで食べさせてあげる」


【大家さん】

「私からの施しを存分に噛んで味わいなさい」


//SE:テーブルの上に用意したおたまを手に取り鍋へ入れる

//SE:おたまで鍋の中の具材をすくい取り、皿に入れる

//SE:おたまを置いて箸に持ち替えつつ、皿に入れた食材を箸で挟む

//SE:掴んだ食材を主人公の口元まで運ぶ

【大家さん】

「さあ、口を大きく開けて……はい、あーん」

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