#5, メアリー

◆作中の表記ルール等は、適宜、以下よりご確認ください

 →https://kakuyomu.jp/users/samgetan160/news/16817330661649374299



【5-1】———————————————————————————


◯駅のホーム(朝)



   花村、ベンチに腰掛け“プレイリスト”を眺めている


花村「“原宿” “御茶ノ水” …

 “信濃町”…」


花村「全部 大学の周辺っちゃ

 周辺なのか…」


   パンツのポケットからスマホを取り出す

花村「──……」


   ラインのアプリを開いて


花村「……」

   “乙川”で検索、出てきたトーク画面の表示をじっと見つめる



花村「──……」

   意を決したように、“乙川”の表示をタップする



トーク画面『2019年 11月3日』

   最後にやり取りした日付が表示されている


花村「……」

   日付の表示をじっと見つめている



花村「──……」

   写真・動画のメニューを開き遡っていく


写真・動画の画面『2019年11月

 2019年10月

 2019年9月

 2019年8月…』

   徐々に過去に遡っていく、年月の表示


花村「──……」

   ライブ中、ライブ後などの乙川の写真を眺める



花村「…ワンショットばっか」

   ぽつりと独り言を吐く


花村「……」


花村M「…思えば──


 複数人で以外…

 “ツーショット”でなんて

 写真を撮ったことはなかった


 …それも同じ

 “棲む世界”が違うから


 同じ画角に納まりたいなんて

 端から思いもしなかった


 ただ時折…

 気まぐれみたいに誤魔化して──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   スローモーション


   ライブハウスのステージ上

   楽しげに笑いながらMCをしている乙川を、そっとスマホで写真に収める花村

   ×   ×   ×


花村M「カメラ目線も何もない

 写真を撮って…


 それだけで十分に満足だった


 ただ…


 こんな “ワンショット”の写真ばかり

 見せられると──


 まるで あの頃 積み上げた

 気持ちの証明みたいで…」



花村「っ…(眉を顰める)」


花村M「堪らない気持ちになる」



花村M「…どうせなら

 こんなことなら…


 他の人とのように──


 ツーショットの写真でも

 撮っておくんだった


 そうすれば

 あの頃と同じ様に…」


   ×   ×   ×

   (回想)

   スローモーション、先ほどと同じシーン

   乙川の写真を撮る花村

   ×   ×   ×


花村M「君に “気まぐれ”に

 カメラを向けた あの時みたいに──」



花村M「全部 大したことじゃないって


 ただ なんてことない…

 どこにでも転がってる

 思い出の一部だって


 自分の こんな気持ちすら

 知らないままで──


 誤魔化したままで いられたのに」


   ×   ×   ×

   (回想)

   スローモーション

   カメラを向ける花村の方に、ふっと振り返る乙川の姿

   ×   ×   ×



【5-2】———————————————————————————



   引き続き、写真・動画の画面をスクロールして遡っていく

花村「… “原宿”?

 …原宿──」

   駅名に関係のある写真はないかと探す


花村「……」

   保存期限切れのゾーンに入り、指が止まる



花村「っ…(ため息)

 …だよな」



   がっくりきたように、ベンチに背を預ける

花村「──……(思い耽る)」



駅のアナウンス「3番線

 ドアが閉まります──……」

   背後に停まっている電車の発車のアナウンスが流れる


花村「…!(はっとして)」

   アナウンスによって我に返り、慌てて立ち上がる



花村「っ…」

   勢いのまま、発車間際の電車に乗り込む


花村「──……」

   ドア上、液晶ビジョンの路線図を見つめる、“原宿”の文字



   花村、徐に席に腰掛ける


花村「……」

   イヤホンを着け、プレイリストの1曲目を検索、そっと再生をタップする



花村「──……(物思いに耽る)」

   座席の背に身体を預けて、曲を聴きながら電車に揺られていく



  *   *   *


車内アナウンス「まもなく原宿です

 ホームドアに──……」


花村「──……」

   ぱっと液晶ビジョンに目を遣って



◯原宿駅


   徐に電車を降り、人の波に流されるようにして、改札前までやって来る



花村「…って──」


花村「来たはいいけど…」

   いくつかある出口の方面を決めかねて、辺りをきょろきょろと見回す



花村「…あ──」

   何かを思い出したように呟く


   ×   ×   ×

   (回想)

   原宿駅の同じ場所、改札前にて


乙川「…え〜 てかさ

 結局 何口なのよ?」

   片手にレジ袋を下げ、歩きながら電話をしている

乙川「俺 もう駅着いてんだけど」

   ×   ×   ×


花村「──……」

   徐に改札に向かって歩き出す



花村M「何遍もスクロールする必要なんて

 これっぽっちもなかった」


   ×   ×   ×

   (回想)


乙川「(軽く笑いながら)…いやいや

 買い出しの荷物 重いからさ」

乙川「さっさと合流したいってか…」

   言いながら改札にスマホをかざして出場する


   再びスマホを耳に当て直す

乙川「…ああ ごめん

 え? そんで…」

   横の方を見遣って、ふと言葉が止まる


乙川「ああ もういいや」

乙川「え? うん

 ごめんて(笑いながら)」


乙川「じゃ 後でな」

   言って、スマホを耳から離す

   ×   ×   ×

   (回想終わり)


花村M「“ここ”に来れば…

 一発で思い出せた」


花村「──……」

   引き続き改札に向かって歩いていく、段々としっかりとした足取りになっていく


   ×   ×   ×

   (回想)

   先ほどと同じシーン

   花村、改札付近の柱を背に、ひとり立っている


???「よっす」

花村「…!」

   後方からの声に驚いて


   声の方に振り返ると、乙川の姿がある

花村「…え?(動揺)

 え…」


乙川「あ〜 ごめん」

乙川「俺 1年の

 覚えてない?」

   花村の斜め後ろに立っている乙川、花村の肩に手を置いたままで話す

   ×   ×   ×

   (回想終わり)


   現在、改札に向かって歩いていく花村の顔のアップ


花村M「初めて言葉を交わした

 場所だったから


 …だって──」


   寄り、歩いていく花村の足元


花村M「覚えてない訳がない…


 初めて…

 大学の入学式の日──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   先ほどのシーンの続き


花村「ああ いや…

 全然 覚えてる… けど…」

   驚きと緊張から、しどろもどろになりながら話す


乙川「(ぱっと笑顔になって)ああ マジ?

 なら よかった!」

   ×   ×   ×


花村M「練習室に見学に行った時から──」


   ×   ×   ×

   (回想)

乙川「ああ そう

 さっき電話してたんだけどさ──」


乙川「ほかの1年

 もう公園 移動してるらしくてさ」


花村「ああ…

 そうなんだ」


乙川「うん

 だから 俺らも行こっか」

花村「…あ──

 …うん」

   徐に歩き出すふたり


乙川「(軽く笑いながら)俺 何気に方向音痴だからさ」

花村「…そうなんだ」

   ふたり並んで歩きながら話す

   ×   ×   ×


   ×   ×   ×

   (回想)

   サークルの練習室にて、大学の入学式の日


   スローモーション

   そろそろと練習室のドアを開ける花村

   と、スーツ姿で先輩や他の一年と談笑している乙川の姿が見える


   その姿が春の日差しに照らし出されている

   ×   ×   ×


   ×   ×   ×

   (回想)

   駅構内、乙川と初めて言葉を交わした時に戻って


乙川「だから 会えてよかったわ」


   少し後方を歩く花村の方に振り返って

乙川「花村に」


花村「──……」

   時が止まったようにぼんやりと、微笑みかける乙川を見つめる

   ×   ×   ×


   ×   ×   ×

   (回想)

   練習室、入学式の日


   スローモーション

   開いたドアの方、花村の方に徐に振り返る乙川

   ×   ×   ×


花村M「──ずっと君を目で追い掛けていた」



   現在に戻って

花村「──……」

   かつて乙川が立っていた場所、ふたりが初めて言葉を交わした場所を前にして、立ち尽くしている



【5-3】———————————————————————————



◯公園


   花村、ひとり公園内に歩いて入る


   見覚えのある景色に思わず足を止めて

花村「…うわ

 懐かし…」


花村「…夏場は こんな感じなんだ」

   辺りを見回しながら、ぼそりと独り言を呟く



花村「──……(景色を眺めている)」



花村「…そうだ」

   ジャケットのポケットから、徐にスマホを取り出して


花村「──……」

   カメラを起動し、目の前の景色を写真に撮る



花村「ん…

 … “ストーリーズ”」

   インスタグラムのアプリを立ち上げ、ぶつぶつ言いながら操作する


花村「…って

 これで合ってんだっけ…」



花村「… “インスタ”

 “ストーリー”…」

   スマホに視線を落としたまま、ネットで検索を掛ける


花村「あ〜…

 うん…」

   ぶつぶつ言いながら、引き続きスマホを操作する



花村「…そんで──」

花村「“メアリー”…」

   口に出して呟きながら、曲のタイトルを打ち込む


花村「…うん

 いけたでしょ」

   慣れない作業に少し疲れたように呟いて


   寄りの画、スマホ画面のアップ

   投稿されたストーリー、公園の写真に曲のタイトルが付けられている


   写真の景色にオーバーラップするように、回想シーンへと繋がる



◯(回想)同じ公園(昼)



   桜が咲いている木々の下

   彼方此方に、学生ら(サークルのメンバー)が数人ごとのグループになって固まり、散らばっている


男子「え〜い カンパーイ!」

   楽しげにプラカップを掲げる、盛り上がっている学生らの様



女子「ねね

 乙川くんさ──」

   隣に座っている乙川に話し掛ける

乙川「ん?(女子に微笑みかける)」


女子「もうバンドって決まったの?」


乙川「…あ〜

 そーね 早川が──」

早川(ハヤカワ)「そう〜

 俺 ベース」

   プラカップを手にふたりの間に座り込む、話に割って入ってくる


早川「俺と乙川で

 一緒にやろっつってんの」


女子「…ああ

 そうなんだ…」

   割って入って来た早川に若干引いている



   早川を意に介さない様子で

女子「で?

 あとは?」

   さっさと乙川の方に向き直って

乙川「“あと”?」


乙川「…あ〜

 そうね…」


女子「乙川くんは

 もちろんボーカルでしょ?」

女子「じゃあ

 あとはギターとドラム?」


乙川「ん〜…」

乙川「まあ 俺もギター弾こうかな

 とは思ってるんだけど…」


乙川「…ああ──」

女子「?」

   何かを思い付いたような乙川の横顔を、不思議そうに見つめる



乙川「花村」

   少し離れた場所に座っている花村の方に振り向いて


花村「…え?(動揺)」


乙川「花村って

 もうバンド決まってんの?」


花村「え… いや…

 全然…」



乙川「じゃ 一緒にやんない?

 バンド」


花村「え?」


乙川「花村 ギター志望でしょ?

 ギター弾いてよ」


乙川「俺の横で」


花村「──……」

   乙川の顔を見つめている



乙川「(軽く苦笑して)ごめん 嫌?

 嫌だったら──」

花村「あ 嫌じゃない…!」

   言葉を遮るように、慌てて否定する


乙川「──……」

   花村の顔を見ている


花村「嫌じゃない…

 …から …その──」


花村「…よろしくお願いします」

   プラカップを両手で持ったまま、徐に軽く頭を下げる


乙川「……」

   その様を見つめている



乙川「っ…(軽く笑って)」

   安堵したように、表情が緩む

乙川「(微笑みかける)うん

 よろしく」


女子「(笑いながら)え やだ〜…!」

   予想外の乙川の勧誘に対する驚きから、思わず笑ってしまう

   花村のことを馬鹿にしている訳ではない

女子「よかったじゃん 花村くん

 バンド決まって!」

   乙川の後ろから花村に呼び掛ける


花村「──……」

   所在なさげに、目を泳がせている


女子「てか 乙川くんも!」

   乙川の肩に手を置く

女子「おめでと〜

 バンド決まって」


乙川「うん(軽く笑って)」

乙川「まあ まだ

 ドラム入れなきゃだけどね」


女子「あ〜 だね〜

 誰か──……」



花村「──……」

   再び話の輪から外れる

   花村を置いて、再び話に花を咲かせている乙川らを、ぼんやり見つめている



◯(戻って)同じ公園(朝)


花村M「…そんな風に──


 乙川とバンドを

 組むことになったのは──


 そんな いとも簡単な “ノリ”だった」



花村M「きっと 乙川にとっては──


 何でもない思い付きに

 過ぎなかったろうけど…」


   ×   ×   ×

   (回想)


乙川「ギター弾いてよ」


乙川「── “俺の横”で」


花村「──……」


   ×   ×   ×


花村M「もしも 俺が小説家なら…


 自分の私欲を

 思い切り反映させて


 “俺の横で”と書いて──


 “俺のために”ってルビを振る」


   ×   ×   ×

   (回想)


花村「あ 嫌じゃない…!」


乙川「──……」


花村「嫌じゃない…

 …から …その──」


   ×   ×   ×


花村M「少しばかり盛った(もった)

 独りよがりな妄想だったとしても


 乙川の横で…


 “乙川のため”に弾けるなら──


 端から “イエス”以外の

 選択肢なんて有り得ない」


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