#4, 水槽

◆作中の表記ルール等は、適宜、以下よりご確認ください

 →https://kakuyomu.jp/users/samgetan160/news/16817330661649374299



【4-1】———————————————————————————


◯駅のホーム(夕)



   花村、ひとりホームに立っている



花村M「…やっぱり

 結局 手放せない癖に──」


花村「──……」

   手には森谷から受け取った封筒

   それをじっと見つめている


花村M「こんな 後生大事に抱えてる癖に


 それでも やっぱり…

 意気地はなくて」



花村M「貰って 暫く経った

 もう何回──


 こうして眺めたか分からないのに


 開こうとする度

 …手が震える 情けないくらい


 そうして 未だ開けずにいる」


花村M「馬鹿らしいのは

 それでも ただ──


 この一抹の “取っ掛かり”が

 出来たというだけで…


 それが 宝物のように思えるということ」


   ×   ×   ×

   (回想)

   花村の自室


   花村、風呂上がりの濡れた髪を首から掛けたタオルで拭きながら

   机の前の椅子に腰掛け、徐に机上の封筒を手に取る

   ×   ×   ×


花村M「目にする度…」


   寄り、花村の手元のアップ

   封筒を握る手の親指で、その表面をそっとなぞる


花村M「こうして触れる度──


 …もはや 緊張なのか

 期待から来るドキドキなのか──


 分からないぐらい この心臓が逸る」


花村M「…自分から絶った癖に

 本当に都合のいい話だと思うし…


 そもそも 中身だって…

 “良い”ものかどうかも──」



花村「…!」

   胸ポケットの中で震えるスマホに気付いて、我に返る


   花村、スマホを取り出して

   画面には“森谷さん”の表示


花村「はい」

   スマホを耳に当てて、電話に出る


   『』は電話越しの音声のみ、画はなし

森谷『ああ 花村?

 お疲れ』


花村「お疲れ様です」


森谷『…あのさ

 今…(口籠る)』


花村「…?

 …はい」



◯オフィスビル、人気のない廊下

   森谷側のカットに切り替わる

   以降、『』以外は、花村側のカットと交互に


森谷「お前 今

 ちょっと話 出来る場所いる?」


花村「え…?」

花村「ああ…(周囲を見回して)

 はい」



森谷「あのさ…

 ビックリしないでほしいってか…」


森谷「…まあ

 俺も さっき聞いたばっかで──」

森谷「めっちゃビックリしてんだけど…」


花村「…? はい(僅かに怪訝そうに)」



森谷「しかも こないだ

 そんな話したばっかで…」

   落ち着かない様子、眉を顰めながら髪を掻き上げる

森谷「何の因果だよ みたいな…」



森谷『…なんて──』

森谷『んな話は

 どうでもいいんだけどさ…』


花村「……」

   要領を得ない話に、思わず顔を顰める



森谷『──……』

花村「──……」

   沈黙が落ちる



花村「…せんぱ──」

   言葉を遮られる

森谷『──乙川が死んだって』



花村「…え?」


花村「──……(顔面蒼白)」



森谷『…なんか──』

森谷『脳卒中とかだっけ…

 とにかく急性の なんか病気みたいな…』


森谷『まあ 俺もパニくってて…

 詳しいことは覚えてないんだけど…』



花村「……」



花村M「“今 なんて?”とか

 “なんで”とか


 振り返って思えば

 聞きたいことは 山程あったけど…


 ── “乙川が死んだ”

 その瞬間から──


 耳に入って来る言葉も

 自分の頭に浮かぶ言葉も全部──


 まるで どっか

 全然 違う国の言葉みたいで…」



花村「──……」

   スマホを耳に当てたまま、じっと虚空を見つめている


   花村、思わず地面に膝から崩れ落ちる



花村「…いった」

   間を空けて痛みを実感する


花村「──……」

   無言で目の前の虚空を見つめている



森谷『…そんで 通夜がさ──』


花村「……」

   寄り、スマホを耳に当てている花村の目から下の顔



   ホームの地面に落ちた封筒が、僅かに風に煽られ、手元から離れていきそうになる


花村「…あ──(咄嗟に封筒を手で追う)」


花村M「待って… 待って…


 そんなに早く…

 すり抜けて行こうとしないで」


花村「──……」

   追いついた手で封筒を押さえて


花村M「掴ませて もう一度」


   花村、手元のアップ、押さえた封筒をそのままグシャリと握る


花村M「捕まえていさせてよ

 ずっと…


 俺のことを放してくれなかった癖に


 だって まだ…」


   寄り、呆然とした瞳のままの花村の顔

花村「…まだ──」



      引きの画、スマホを耳に当てたまま、地面に蹲っている花村の背中

花村「何も言えてないよ…」



森谷『…花村? 花村?──……』

   電話越しの音声だけが響く



【4-2】———————————————————————————



◯屋外、花村の自宅前(朝)



   引きの画、花村の自宅マンション外観をバックに、電話音声のみで


森谷『そう 受付がさ

 18時からだからさ…』

森谷『…うん うん

 そうそう…』


森谷『俺は鈴木とかとさ

 …うん 合流して──……』



  *   *   *


◯花村の自室



   花村、クリーニングのビニル袋の掛かっている礼服を、クローゼットから取り出す


花村「…くさ」

  礼服を手に、ぼそりと呟いて



  *   *   *



   礼服に身を包み、洗面所の鏡の前でネクタイを締める

花村「──……」


花村M「“一番 望んだことは叶わない”

 …なんて──


 どっかで聞いたことがある

 気がするけれど…

 …だったら──


 今 こんなことになってんのも

 こんな…


 最低最悪なことになってるのも──


 全部 俺のせいなんじゃないかって

 …俺が──」



   居室の机の上、乙川からの預かり物の封筒を手に取る


花村M「──望んだりしたから


 もう二度と…

 会えなくたって構わない

 ただ──


 “幸せに生きていてくれれば

 それでいい”って

 そんな…


 一時(いっとき)でも

 “友達”にも近い関係だったくせに


 そんな まるで

 どっかのファンみたいな


 馬鹿みたいなことを

 願ったりしたから…


 …なんて──」



   花村の手元のアップ

   手にしている封筒が、開けた窓から吹き込む風で僅かに揺れている


   寄り、窓際で風に当たっている花村の顔のアップ

花村「──……」

   さして興味もなさそうに、窓の外の景色を眺めている


花村M「こんなことを考える方が…」



   引きの画

   窓際、部屋の隅の壁に身体を預け切り、脱力したように足を投げ出して座っている花村


花村M「よっぽど馬鹿だ」



  *   *   *



◯ファミレス


   花村、礼服姿で窓際の席に座っている

   卓上にはコーヒーカップが置かれている



花村「……」

   水を汲みに来たウェイトレスに軽く会釈して


   席から去っていくウェイトレス



花村「──……」

   ジャケットのポケットから封筒を取り出す



花村「……」

   手にした封筒をじっと見つめる



花村M「…ここまで来たら──


 そりゃあ 開けるしかないだろうと思った

 例え その中身が──


 巻物並みに長い 罵倒文句でも

 “俺の嫌なところ100選”でも


 呪詛だろうと 何だろうと」



花村「っ…(乾いた笑い)」


花村M「でも実際…


 一番心が抉られるだろうは きっと──」


花村「… “落とした”女の子の

 一覧とかだったりして…」

   ぽそりと呟きながら、徐に封筒の中の紙を開いていく



花村「…なんだ これ」

   予想外の内容に、思わず間の抜けた声になる


紙面『1. メアリー 原宿

 2. MINT 御茶ノ水

 3. ……』

   開いた紙面、曲のタイトルと地名らしきものが書き連ねてある



花村M「予想外の中身は──


 どうして こんなものを

 俺に渡して欲しかったのか


 …これを俺に渡して──


 …乙川は俺に

 何を伝えたかったんだろう…」


花村「──……」

   俯いたまま、じっと紙面を見つめている


   ×   ×   ×

   (回想)

   ビルの裏手、乙川と喧嘩別れした広場で


乙川「じゃ いいよ

 分かんないまんまで」

   ×   ×   ×



花村M「未だに俺は──


 その内心なんて

 ちょっとも掴めないまま──」


花村「──……(不思議そうな、困ったような顔で)」

   窓ガラス越しに空を仰ぎ見る



花村M「此処に ひとり取り残されている」



【4-3】———————————————————————————


◯駅のホーム



   花村、ひとりホームのベンチに腰掛け、

   乙川から送られた“プレイリスト”の紙を眺めている



花村「“メアリー”…

 …に原宿?」

   考えを巡らせながら、思わず独り言を吐く

花村「全部に地名…

 …ってか “駅名”か──」


花村「──が付いてんだ…」



花村「──……」


花村「“原宿”に… “御茶ノ水”…

 “信濃町”… “外苑前”…?」



花村(…何のクイズなの)



花村「ヒントとかないの…」

   困り果てたように、再び独り言が零れる



花村「──……」

   徐にイヤホンを着けて

   スマホを取り出し、プレイリストの一番上の曲を再生する



   耳に流れ込んでくる、やたら軽快なメロディー


花村(…ふざけてんのか)


花村(…なんて──)



花村M「まあ まさか──


 こんな状況で聴くなんて

 思ってなかったんだろうけど…」


花村「……(深いため息を吐いて)」

   力が抜けたように、ベンチの背に身体を預ける



花村「──……」

   深く腰掛けたまま、正面の虚空を見つめる


花村M「意地悪でも されているのか」



花村M「近付いたかと思えば

 また離れて行ってしまう」


   ×   ×   ×

   (回想)

   練習室帰りの大通り(夕)


   引きの画

   花村の言葉を待たないまま、道の先へ歩いていってしまう乙川

   もどかしそうな表情で、その背を見つめたまま、立ち尽くしている花村

   ×   ×   ×


花村M「チャンスをくれたかと思えば


 直ぐにまた

 取り上げられてしまう」


   ×   ×   ×

   (回想)

   夜の公園

   花村の方に向き、何か話し掛ける乙川と、

   その言葉に僅かに動揺する花村

   ×   ×   ×


花村M「いつまで経っても

 本体は捉えられない」


   ×   ×   ×

   (回想)

   ビル裏手の広場で

   そっぽを向いたまま、自分の言いたいことなど分からないままでいいと言う乙川

   ×   ×   ×


花村M「きっと この両手なんかじゃ──


 簡単にすり抜けて行ってしまう」


   寄り、プレイリストを広げている花村の手元

   ホームに入ってくる電車の風に吹かれて、その紙がはためく


花村M「この “置き土産”もまた…

 そんな君に似て思えて──」



花村「──……」

   眩しそうにでもするように、眉を顰めて

   僅かに顔を上げて空を見遣る


花村M「揶揄ってる?

 試してる? 俺のこと…」



花村M「悪戯っぽく笑う

 君の笑顔なら──


 頭を捻るでも…

 記憶を引っ張り出すでもなく──


 今直ぐ思い出せるのに」



花村M「…そんな笑顔も──


 もう二度と

 現実には見られなくなった今じゃ…


 いつか このクイズみたく──


 精一杯 頭捻って…

 考えて… 努力して…


 そうしないと

 思い出せなくなるのかな…」



花村「……」

   俯いて、痛みでも堪えているような顔で、プレイリストをじっと見つめている



花村M「…ならさ──


 取り敢えず──」


   寄り、花村の手元のアップ

   プレイリストの紙を握る手に、ぎゅっと力を込める


花村M「何としてでも

 この “クイズ”を解かないと」



花村M「…そうしないことには──

 そうしなきゃ…


 俺こそ

 死んでも死に切れないよ


 きっと思い残しが大きすぎて──


 地縛霊みたくなるんだ」



花村M「もしも 自分が地縛霊になるのなら…

 何処に棲みつこうか」


花村「っ…(苦笑)」

   俯きがちなまま、自嘲するように苦笑して


花村M「…なんて──


 また馬鹿みたいな妄想だ」



花村「──……」

   自分の膝上で頬杖をついて、思い耽る


花村M「もしも自分が…


 ずっと 何処か…

 同じとこに居るとして…」



花村M「…君との思い出が

 一番あるのは──」


   ×   ×   ×

   (回想)


花村M「やっぱり “練習室”かな」


   スローモーション

   練習室にて、黄色い陽に照らされながら、

   ギターを弾く花村と、それに合わせて口ずさむ乙川

   ×   ×   ×



花村「……」

   頬杖をついたままで

   はたと思い付いたように静止する



花村(…単なる “謎解き”じゃなくて──)


   イヤホンを外し、手にしているプレイリストに視線を落として

花村「…これも なんか──」


花村「思い出の場所だったりする…?」

   尋ねるように、独り言を口にする


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