#2, 黒い海

◆作中の表記ルール等は、適宜、以下よりご確認ください

 →https://kakuyomu.jp/users/samgetan160/news/16817330661649374299



【2-1】———————————————————————————



花村M「そうして “そんなこと”は──


 打ち上げだとか

 飲み会だとか──


 とかく みんなで集まる場ごとに

 繰り返されることになった

 …もちろん──


 そう毎度 俺が女子から

 声を掛けられるなんてことは

 なかったけれど…」



花村M「そして そんなことを

 繰り返しているうちに──


 “最後”のライブは

 あっという間にやって来た」



◯ ビル裏手の広場(夜)


男子「えーい!

 お疲れえ〜」

   缶チューハイを手に近くの女子に絡む

女子「(嫌そうに)ちょっと もう

 酔い過ぎ…!」


男子「だあって 最後じゃあん…」


男子「ね モエちゃんさ──」

   千鳥足で女子に絡み続ける

男子「最後に1回だけ

 チューさせてくんない…?」


女子「は…!?

 …キモ」


男子「ええ〜! なんで!

 1回だけ…! 1回だけだよ?」

女子「キモい…! 無理!」



乙川「はいはい

 …もう──」

   絡まれている女子と男子との間に割って入ってやる


乙川「な? お前はちょっと

 水でも飲んどけって」

   男子の肩を抱いてその場から離れながら、ペットボトルの水を押し付けるように渡す



   花村、人の輪から少し外れた場所にひとり座っている

花村「──……」

   男子を取り成す乙川の様子を眺めている



女子B「…うわあ

 “五味” やば…」

   花村の近くに立っている女子

   悪酔いしている男子にドン引きしている様子で、吐き捨てるように呟く


女子B「ってか 五味って

 モエちゃん狙いだったんだ」

   言いながら、花村の隣に腰掛ける


女子B「いや でも

 こないだは──」

女子B「“アスカ”がどーのこーのって

 言ってた気するんだけど…」


女子B「ねえ?」

   唐突に隣の花村に振り向いて


花村「…え?(驚き)」



花村「ああ…

 …どうだろ 分かんない」


女子B「…ふふ(軽く笑う)」

   ぼんやり正面を見つめながら、少しだけ寂しそうに

女子B「花村くん そういうの

 全然 興味なさそうだったもんね〜…」


女子B「結構みんな必死なのにさ

 …まあ──」

   花村の方に向いて、少しイタズラっぽく笑いながら

女子B「五味みたいのは

 やり過ぎだけど」


花村「(不思議そうに)… “必死”?

 って…?」



女子B「(軽く苦笑して)ええ?

 だってさあ──」

女子B「私たち 今日が

 卒業前 最後のライブだったんだよ?」


花村「──……」

   その横顔を見ながら、女子の話に耳を傾ける


女子B「“途切れたくない”人とは

 なんとか繋がり持たなきゃって──」

女子B「みんな必死んなってんの

 ほら──」


女子B「…あそことか?」

   離れた場所にいる乙川と、その周りを囲んでいる女子らを軽く指差して

女子B「その最たる例

 ふふ──」


花村「──……」

   示された方向、女子に囲まれている乙川の方を同様に見遣る


女子B「入学から最後まで──」

女子B「結局ずーっと

 “ナンバー1”だったもんなあ 乙川くん」


花村「──……」

   乙川の様を見つめる

   皆一様にスマホを手に、写真を撮ったり、連絡先の交換などをしている



   花村の方に振り向いて

女子B「花村くんは?

 誰かいないの?」

女子B「…これっきり──」


女子B「“途切れたり”したくない人」


花村「──……」

   その発言にはっとさせられたように、女子の顔を見つめる



花村「俺…

 は──」

   手にしている缶に視線を落とし、思わずぎゅっと握る


女子B「──……」

   俯いている花村の横顔を見ている



   ぱっと顔を上げるようにして

花村「…どうだろ

 分かんない」


女子B「(軽く苦笑して、バカにした感じではない)分かんないの?

 自分のことなのに?」


花村「──……」

   バツが悪そうに、軽く女子の方を見遣って



花村「分かんない…

 …これから先も──」


花村「縁っていうか…」

花村「連絡先とか

 繋がってたとしても──」


花村M「例えば これからも…

 ちょくちょく会って──

 時々は

 またスタジオ入ったりして…


 ──乙川と


 …そんな関係で

 いられたとしても──」



花村「…それでも──」


花村「その先に何があんだろって…」


花村M「こっから ずっと

 続いてったとしても──


 …俺が乙川の “何”になる

 訳でもないのに…」


花村M「──当たり前だけど」



花村M「友達? “旧友”とか?


 下手したら友達ですらない

 ただ…

 “横で楽器を弾いてる奴”でしかない


 …なら」


   スローモーションで、自身を取り囲んでいる女子らと談笑している乙川の姿


   寄り、その様を見つめている花村の顔のアップ


花村M「ずっと今と変わらないのなら──」



花村「…今のまま──」

花村「これで お終いでいっか…

 って…」

   ぼんやりと、独り言のように


女子B「……」

   真面目な顔で、花村の横顔を見つめている



   徐に口を開いて

女子B「…何か──」

   心配そうに、俯きがちな花村の顔を軽く覗くようにして

女子B「誰かと…

 …何かあった?」


   はっと我に返ったように、ぱっと顔を上げて

花村「…ごめん

 自分でも──」

花村「よく分かんないこと言って…」


女子B「…あ ううん

 そんなことないよ…」

女子B「…ないけど──(躊躇いながらも、物言いたげに)」



   遠慮がちに話し始める

女子B「ちなみに私は〜…」

花村「…?」


   しっかりと花村の顔を見て

女子B「花村くんとも 途切れたくないな

 って思ってるんだけど」


花村「…え?」

   思わず女子の顔を見つめる



【2-2】———————————————————————————


◯ビル裏手の広場(深夜)



女子B「ありがとう!」

   スマホを手に嬉しそうに笑う


女子B「“グループ”では

 繋がってるけどさ──」

女子B「直接は連絡したこと

 なかったし…」


女子B「番号知れてよかった

 ありがとね?」

   花村の方に向いて、笑い掛ける


花村「ああ… うん」



   カメラ、乙川の視点に切り替え

乙川「──……」

   少し離れた場所から、花村と女子、話しているふたりを見遣る




   花村と女子、ふたりの画角に戻って

女子B「あ ねえ──」


花村「うん?」


女子B「(楽しそうに)じゃあ 今度

 ライブとか誘ってもいい?」


花村「ああ…

 うん(生返事)」



女子B「ひとりじゃ ちょっと

 気後れしちゃうライブとかあるじゃん?」


花村「ああ…

 うん 分かる」


女子B「でしょ? 分かる?」

女子B「初心者はお断…」


   言葉尻を遮るように、不意に話に割って入る

乙川「どっかライブ行くの?」


女子B「…乙川くん」

   唐突にやって来た乙川を、軽く面食らった表情で見上げる


花村「……(軽い動揺)」

   同じように乙川を見上げる



乙川「なになに?(楽しげに)

 何のバンド?」

   言いながら、女子の隣に腰掛ける


女子B「ああ まだ…

 …どれ行こうとかは全然──」

女子B「決まってないんだけど…」

   照れているような、緊張しているような様子で答える


乙川「えー そうなんだ」


乙川「あ でもさ──」

乙川「今度 “Re:name”

 ライブやるって」


乙川「アミちゃん

 “Re:name” 好きじゃなかったっけ?」


女子B「…え──

 …うん 好き…だけど…」


女子B「…なんで知ってるの?

 そんなこと…(軽い驚き)」


乙川「ええ?(軽く笑って)

 なんでだろ」


   正面を見つめて、思い耽るような表情になって

乙川「…なんとなく──」


   女子の方に振り返って

乙川「気になって見てたから?」


女子B「…え──」

   不意に見つめられて、思わず静止する



花村「……」


花村M「乙川じゃあるまい…

 俺にとって──


 そうそうある事じゃないとは言え…


 これが何度目のリプレイだろう?」



女子B「…っと──」

   狼狽える

女子B「…それは…

 知らなかったんだけど…」


乙川「そ?

 気付いてるかと思ってた」

   事もなげに、何気ないトーンで


女子B「いや 全然…

 そんな…」


女子B「乙川くんなんて

 みんなの人気者だし──」

女子B「高嶺の花っていうか…」


乙川「(笑って)なあんでよ それ──」


乙川「(軽く拗ねたように)なんか距離取られてるみたいで

 若干さびしんだけど」



花村「──……」

   女子と話す乙川を横目で見ている



花村M「… “ああ 上手いなあ”なんて──


 そんな風に思うのは

 …性格が悪いだろうか」


花村M「でも こんな時──


 決まって

 変な “対抗心”がやって来て──


 “そんなんじゃないよ”って

 乙川のいいとこは

 乙川の魅力は 乙川の…


 ──好きなところは」


花村M「こんなんじゃなくて… もっと…」


   ×   ×   ×

   (回想)

   スローモーション、弾けるような笑顔の乙川


花村M「自然体で 無邪気で

 適当で…

 なのに不意に 妙に優しくて」

   ×   ×   ×


花村M「そんなとここそ

 “乙川のいいとこなのに”って…

 …もう──」


   引きの画、談笑している乙川と女子の隣で、ひとり黙っている花村の背中


花村M「何にモヤモヤしてんだか…

 分からなくなってくる」



乙川「OK

 じゃあさ──」

   手にしているスマホを軽く持ち上げるようにして

乙川「また予定出たら連絡するわ」


女子B「うん…

 ありがとう…」

   ソワソワしている様子で立ち上がる

女子B「あの…

 待ってるね…! 連絡──」


女子B「あ… 花村くんも──」

   思い出したように花村の方に向いて

女子B「ライブ…

 行こうね?」


花村「ああ…

 …うん」


   駆けるように、その場から離れていく女子



花村M「“よかったね”

 …って──


 そんな一言しか

 思い付かなかったけど…


 でも──」


花村M「乙川は多分

 “そういうつもり”じゃないよ


 君も…

 ──俺も


 ただ 乙川の “ゲーム”なのか…

 承認欲求なのか 何なのか──


 そういう あれこれを満たすために

 掌で転がされてる──」


   間に座っていた女子の分だけ、距離の空いたまま座っている乙川と花村の背中


花村M「玩具おもちゃみたいな存在でしかない」



花村「なんで?」

   不意に口を開く


乙川「え?」

   軽く花村の方に向いて



花村「俺が女子に声掛けられる度に…」

花村「割って入って…

 結局 全部… 横から持ってくの──」


   僅かに泣きそうな顔で、乙川の顔を見て

花村「なんで?」


花村M「なんで

 なんで俺に執着する?」


乙川「──……」

   花村を見つめる



花村「…分かってんじゃん

 そんなこと… みんなさ──」

   感情が昂り、思わず声が震える


花村「分かってるよ…

 結局 乙川の勝ちだって」


花村M「もう分かってるよ

 とっくの昔に負けを認めてる」


花村「“乙川”が来たら

 負けるに決まってるって…」


花村M「降参だよ

 …俺は──」


花村「なのに なんで…?

 …なんで──」


花村「ずっと こんなことするの」


乙川「──……」

   見つめ合うふたり



花村M「──乙川のことが好きだ


 これ以上

 こうやって傷付けられるのは

 堪えられないくらい」



【2-3】———————————————————————————



   気付けば夜明けも近く、空は白み初めている

   乙川と花村、距離を空けて立っている



乙川「──……」


   花村に背中を向けたままで話す

乙川「気付いてたんだ?」

乙川「何も言ってこないから

 気付いてないのかと思ってた」


花村「いや 気付くでしょ…!(思わず語気が強まる)

 …フツー」


   花村の方を軽く振り返る

乙川「──……」



乙川「… “フツー”?」


花村「…?(思わぬところを拾われ、怪訝そうに)

 … “フツー”──」


花村「こんな…」

花村「事あるごとに

 同じようなこと されればさ…」


乙川「……」



乙川「うん…

 ならさ──」

   振り返り、花村の方に身体を向ける



乙川「なんで そんなことしてんのかも

 気付いてるってこと?」


花村「…え?」



花村「…それ

 …は──」

   言いづらそうに、俯いて口籠る


乙川「──……」

   俯いている花村を見つめている


花村「自分が一番じゃないと…

 …我慢ならないから?」


乙川「…っえ?」

   予想外の答えに、思わず顔を顰めて苦笑する



花村「“自分以外に流れる女子が

 いるなんて有り得ない”って…!」


花村「…自分が声掛けさえすれば──」

花村「結局 全部

 自分の方に流れてくるって…」


花村「そうやって…

 …確認したかった──」


乙川「──……」

   無言でじっと花村を見つめている


花村「──からじゃないの…?」



乙川「っ…(鼻で笑う)

 違うだろ」

   首を横に振るように、花村から視線を外す


   そっぽを向いたまま、若干気の抜けたような様子で話す

乙川「…お前にとって 俺って

 どんなナルシスト野郎なんだよ」


花村「…だって──」


花村「それ以外に

 理由なんてないでしょ…」


乙川「──……」

   横目で、呆れたような瞳で花村を一瞥する


   再び花村から視線を外し、そっぽを向いて

乙川「でも 不正解だよ」

乙川「お前がそれ以外に

 思い付かなかろうが」


花村「──……」

   乙川の横顔を見つめている



花村「じゃあ…

 なんで…?」


乙川「……」

   花村の方を一瞥する



   花村から視線を外して

乙川「やだ」

花村「…え?」


乙川「言いたくない──」


   軽く俯きがちになって

乙川「…花村には」


花村「俺にはって…

 …なんだよ それ」



花村「俺こそ

 聞く権利あるんじゃないの…?」


乙川「──……」


乙川「まあ…

 そうかもな」


花村「“そうかもな”って…(腑に落ちない、理解できない気持ち)」



乙川「じゃ

 もしも お前が女子だったら?」

花村「…え?」


乙川「もしも

 お前が女の子だったら…」


乙川「俺が なんで

 こんなことしてんだと思うの」


花村「…なんで──」



花村「なんで…

 急に性別の話になんの…?」

花村「…女子が

 どうとか…」

   言わんとすることが全く理解できないまま、ぽつぽつと言葉を継ぐ


花村「(ムシャクシャしているような様子で)…分っかんないんだけど

 ほんと──」

花村「乙川が…

 何考えてんのか…」


   半ば独り言のようなトーンで

花村「全然分かんない」


乙川「……」



花村M「もう いい加減…

 俺を放してよ

 解放して」



乙川「じゃ いいよ

 分かんないまんまで」

   プイとそっぽを向いて、踵を返し離れて行こうとする


花村M「…いや 違う

 放さなかったのは俺の方だ」



花村「いや 待ってよ…!」

   乙川の服の袖を掴む


乙川「…え?」

   怪訝そうな顔で振り返る



花村「…このまんまじゃ──」

花村「“こんなまま”が続いてくのなんて

 嫌だよ 俺──」


花村M「一緒に居続ければ

 これからもずっと

 こうして傷付くって──」


花村「わけも聞かせてくれないし…」

花村「俺が誰かと

 親しくなりそうになる度に──」


花村「その “誰か”と

 結局 乙川の方が親しくなって…」

花村「…そんなの

 目の前で見せられてさ──」


花村M「頭で分かっていても

 それでも離れがたかった」


乙川「──……」


花村「…そんなの もう──」



花村「…無理だから

 俺」


乙川「──……」



乙川「だったら…」


乙川「だったら

 俺はどうしたらいい?」

   優しく問い掛ける


花村「…だったら?(怒りと動揺)」

   予想外の切り返しに動揺する


花村M「でも もう…」



花村「だったら…」

   力が抜けて落ちるように、乙川の袖から手が離れる


花村M「それも限界だ」



   乙川を見つめて、怒りと哀しみで僅かに震えながら

花村「もう二度と顔も見たくない」


乙川「──……(僅かに目を見開く)」

   見つめ合うふたり



   落ち着いた表情に戻って

乙川「分かった」


乙川「じゃあ…」


乙川「バイバイ 花村

 さよなら」

   言って踵を返し、その場から離れていく



花村「──……(興奮と動揺)」

   去っていく乙川の背中を見つめたまま、動けずにいる



花村M「それからの3年間──


 乙川と会うことは

 二度となかった」


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