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samgetan

#1, Missing Essentials

◆作中の表記ルール等は、適宜、以下よりご確認ください

 →https://kakuyomu.jp/users/samgetan160/news/16817330661649374299



【1-1】———————————————————————————


◯ライブハウス(夕)



T「明央大学 軽音サークル

 新歓ライブ」


   フロアは多くの学生らで埋まっている

   フロアの騒めきの中、ライトで照らされるステージに上がっている、

   乙川 律(オトカワ リツ)と花村 径(ハナムラ ケイ)らバンドメンバー



   ステージ中央のスタンドマイクに手を掛け喋る

乙川「え〜…

 じゃあ次──」

乙川「最後の曲 聴いてください」


聴衆(学生、サークルのメンバーら)「(楽しげに)ええ〜!」

   フロアにいる学生ら、ステージ上の乙川に向かって野次を飛ばす



乙川「(笑いながら)うるさーい!」

   笑いながら冷やかしを制する


聴衆「りっくーん!」

   構わずさらなる野次を飛ばす


乙川「(笑いながら)キモーい!」


聴衆「あははは──」

   ステージ上の他のバンドメンバーらも含めて、どっと笑いが起きる



   左斜め後ろ、ギターを抱えている花村の方に軽く振り向いて

乙川「じゃ いこっか(軽く微笑んで)」


花村「──……(無言で頷く)」



花村「……」

   そのまま無言で手元に視線を落とし、

   曲の始まり、最初のギターのストロークを弾く


   ギターの音に続けるように、ドラム、ベースなど、他の楽器の音が混じってくる

   曲に合わせ、沸き立つフロア



乙川「… “is something

 that you”…」

   マイクに向かい、静かに歌い上げる

乙川「… “my love to ya”──」



花村「──……」

   前方で歌っている乙川の背をチラリと見つつ、ギターを弾き続ける



花村M「…海外暮らしの

 経験はないけれど──


 乙川がまだ子供だった頃に

 再婚したらしい

 外国人の父親の影響で──


 乙川の英語は

 それこそネイティブ並みに

 流暢なものだった」


花村M「その滑らかな発音で歌われる

 英語詞の歌は妙に煽情的で…


 でも それでいて且つ──


 “乙川”ならではの

 “品の良さ”みたいなものが漂っていた」



花村M「乙川の “左斜め後ろ”…


 そこから聞く

 その滑らかな歌が…」


   寄り、スローモーションで、歌う乙川の横顔


花村M「俺は堪らなく好きだった」



乙川「… “missing essentials

 You'll get to know”」

   気持ち良さそうな笑顔で歌いながら

   左後方を振り返り、花村に横目で目配せをする


花村「──……」

   目配せに応えるように、乙川を見つめる



花村M「この瞬間…

 いつも思う


 結局 “ことば”を歌う

 曲をやっている時点で──


 大して変わらないのかも

 しれないけれど


 “言葉にしなきゃ意味がない”とか

 “思ってることは はっきり言え”とか


 他人ひとが言うほど…

 そんな “言葉”って必要なんだろうか?」



花村M「フィクションでも

 ノンフィクションでも…


 小説よりも

 映画やドラマだし


 手紙や電話より──


 例え無言だったとしても…」


   引きの画、ステージ上で歌っている乙川と、その脇でギターを弾く花村の姿


花村M「一緒にいる時間の方が好きだ」



   寄り、目の前のスタンドマイクに向かってコーラスを歌う花村の横顔


花村M「何もかも…

 すべてを言葉にして伝えるのは──


 不粋な気すらして…」



花村M「でも時々

 振り返っては ふと思う」


   寄り、ギターを弾く花村の手元のアップ


花村M「このストローク

 1回分だけでも──


 何か言葉にして

 伝えられていたら…


 あと少しだけ──


 今の俺の “世界”も

 違ってたんじゃないかって


 …もしかしたら


 言葉にしなくてもいい

 なんて思ってたのは──」



   引きの画、スタンドマイク前、強烈なライトに照らされている乙川の後ろ姿


花村M「俺だけだったんじゃないかって…」



【1-2】———————————————————————————


◯練習室(昼)



花村「──……」

   椅子に腰掛け、ひとりアコースティックギターを弾いている


乙川「あれ 花村しかいないの?」

   練習室のドアを開けて、顔を覗かせる


花村「ああ…

 うん」


花村M「仮にも一緒に

 バンドを組んでいたのに


 大した会話はしたことがなくて──」



乙川「──……」

   無言で近くの椅子に腰掛け、音楽雑誌をめくる

   花村との間には椅子いくつか分の距離がある


花村「──……」

   雑誌を眺めている乙川を横目でチラと見た後、視線を戻しギターを弾き続ける


花村M「──それでも…」



乙川「… “声が聴こえれば

 何も怖くない”…」

   雑誌に視線を落としたまま、花村のギターに合わせて歌う


花村「──……」

   歌い始めた乙川を一瞥して


   再び手元に視線を落とし、ギターを弾き続ける花村


乙川「… “僕の心を”」

   変わらず雑誌を眺めながら、歌い続ける


花村M「気まぐれに乗ってくれる歌や…


 いつも “斜め後ろ”から見る

 この景色が──」


   乙川の後ろ姿、僅かに見える顔の輪郭が、落ちてきた黄色い陽に照らし出されている


花村M「堪らなく好きで 大切で…

 それこそ間違いなく──」



乙川「“君は確信してる?

 僕は確信してる”…」


乙川「“もうすぐ夜が明ける”」


花村M「俺の青春の全てだった」



   引きの画、少しの距離を空けたまま、

   ギターを弾く花村と、雑誌を繰りながら歌う乙川

   淡い黄色の陽に照らされている、ふたりの背中



  *   *   *



◯大通り(夕)


   花村と乙川、ふたり並んで歩いている

   花村はギターケースを背負っている



乙川「え〜

 “イシバシ”セールだって」

   スマホを弄りながら


花村「ああ…

 だっけ」


   変わらずスマホに視線を落としたままで

乙川「弦だけでも買いに行こっかな」


花村「ああ…(覇気のない返事)」


乙川「ええ

 牛丼めっちゃ安くなってんじゃん」


花村「……」


乙川「今日の晩飯

 それにしよっかな」


花村「…うん」



   不意に立ち止まって

乙川「おい(咎めるのではなく、軽く突っ込むぐらいのトーンで)」

乙川「“うん”とか

 “ああ”とかばっかじゃん」


花村「…え──」

   釣られるように立ち止まって


乙川「“楽器屋”と “牛丼”って…」

乙川「全然 違う話だっつの」


花村「…ああ

 ごめん…」

   軽くしゅんとして


乙川「別に謝ってほしい

 わけじゃないけどさ…(少しバツが悪そうに)」



乙川「花村 いっつも…」

乙川「“ああ”とか “うん”とか

 “いいね”とか──」

   少しもどかしい、焦ったそうに

乙川「俺の言ったことに

 同意しかしないから」


花村「──……(申し訳ない、バツが悪そうな表情)」



乙川「本当のところは

 どう思ってんだろなって」


乙川「…本当は──」


乙川「どう思ってんの?」


花村「……(気まずそう)」



乙川「どんなこと考えてんの?

 花村」

   僅かに顔を覗き込むようにして、優しく問いかける


花村「──……」

   苦しげな表情で乙川を見つめる



花村M「…どんなこと?

 …どんなことって──」


   花村、思い耽るように足元を見つめて

   ギターケースを担いでいる手を、思わずギュッと握り直す



乙川「──……」

   俯いたままの花村を見つめている



乙川「ま いいや」

   パッと視線を逸らすようにして


乙川「じゃあ 俺

 楽器屋 寄ってくから」


花村「あ…」

   乙川の言葉に思わず視線を上げて



乙川「じゃーまた来週」


花村「あ… うん──」


   乙川、そのまま道の先に歩いていく



花村「──……」

   歩いていく乙川の背中を見つめている


花村M「… “どんなこと”って──


 …言える訳がない」



花村M「──言おうとも思わない


 そもそも 乙川と俺じゃ──


 見えてる “世界”が違いすぎて…


 今 俺に見えてる

 “この世界”を伝えたところで…


 何になるって言うんだろう?


 たぶん乙川は…

 “引いて”…?

 … “気持ち悪がって”?


 もしかしたら…

 もしかしなくとも──


 この世界ごと壊れてしまう

 かもしれないっていうのに」



花村M「…だったら──

 知らなくていい

 一生 知ってくれなくていい


 この…

 “気持ち”を──


 ただ 独りのものとして

 生きていくことよりも


 今 見てるこの景色も──」


   引きの画、もう随分と先に行ってしまった乙川の背中



花村M「…何もかも

 失ってしまうことの方が──」



花村「──……」

   どんどん小さくなっていく乙川の背中を見つめたまま、立ち尽くしている


花村M「後悔がずっと大きいと思うから」



【1-3】———————————————————————————



花村M「乙川の言う通り──


 俺は “うん”でも “すん”でも

 “言えばいい”ぐらいの調子だったのに


 それでも 決して

 責め立てるようなことは なかったし


 派手な見た目に反して

 キツい態度を取るようなことは

 一切なくて──


 それは 俺以外の

 誰に対しても同じだった」



花村M「ただ ひとつのことを除いては」



◯居酒屋(夜)


   長机を前に座敷に座っている、花村含むサークルのメンバーら

   花村は壁際、隅の席



男子A「え〜 俺 これ嫌い」

   言いながら、目の前の男子の取り皿に食べ物を箸で乗せる

男子B「(笑いながら)おーい お前

 押し付けんなって」


花村「──……」

   賑やかしい様を横目に、ひとり大人しくジョッキに口を付ける



女子「花村くん お疲れ」

   ジョッキを手に花村の隣席にやって来て

   乾杯すべくジョッキを近付ける


花村「ああ…

 …お疲れ」


女子「今日の3曲目ってさ──」

女子「花村くんがやりたいって

 言ったって本当?」


花村「…3曲目──(思い出すように、考えを巡らせる)」


女子「ほら!

 “fews”の」


花村「ああ…

 うん」


女子「(嬉しそうに)え〜

 “fews”好きなの?」


女子「ねね! 私もそっち系

 結構 好きなんだよね」

   言いながら、若干花村の方へ距離を詰める


花村「ああ… そうなんだ」



女子「今度さ

 下北沢でライブあるの知ってる?」


花村「え… ああ──」



乙川「え〜 美玲ちゃん

 “fews”好きなんだ」

   女子の隣席に座りながら、話に割って入ってくる

   花村と乙川とで女子を挟む格好になる


女子「あ 乙川くん!

 お疲れえ」

乙川「お疲れ」

   ジョッキを合わせて乾杯するふたり



乙川「ああ

 今度 下北でライブあるんだっけ?」


女子「あ そうそう!

 知ってる?」


乙川「知ってる知ってる

 なんかツイッターで流れてたじゃん」


乙川「あ 何か頼む?」

   女子のジョッキを指して

女子「ああ うん…!

 …え〜 何にしよっかな──……」

   メニュー表を覗き込むふたり



花村「──……」

   その様を静かに眺めている



花村M「たまの気まぐれで…


 女子が俺に興味を示すと

 乙川は必ず隣にやって来て──


 そのまま 女の子の興味を

 掻っ攫っていった」



   楽しげに談笑する乙川と女子

   その隣でひとり壁に寄り掛かるようにして座っている花村

   3者の背中、引きの画


  *   *   *



◯ビル裏手の広場


   飲み会後のサークルメンバーら、数人ごとのグループに分かれて溜まっている



花村M「…端から

 そんなタイプじゃなかったし」


   先ほどの女子も含めた数人で、楽しげに談笑している乙川の姿


花村「──……」

   離れた場所から、その様を見つめている



女子「ねえ

 じゃ さっき話してたライブさ──」

女子「一緒 行こうよ!」

乙川「お〜 いいね!

 あ リカも行く?」

   反対隣の女子を見遣って


女子B「え 行く〜!

 いいの?」


女子「え〜…?

 ふたりだと思って誘ったんだけど…?」

乙川「ああ ごめん(屈託なく笑って)」


乙川「それはまた今度ね」

   女子に微笑みかける

女子「…うん いいけど(もじもじと、嬉しそうに)」



花村M「いとも簡単に手に入れた

 その “女の子”の全員と


 乙川が本当に付き合う

 なんてことは なかったけれど──」


女子B「ええ

 じゃあ いついついつ?」

乙川「え〜 確か来月の

 下旬とかじゃなかったっけ?」

   言いながら、スマホを弄る



花村M「でも…」


花村「……」

   盛り上がっている乙川らを見つめている


   スローモーション、変わらず女子らと談笑している乙川の姿


花村M「そうやって 代わる代わる──


 色んな女の子と乙川が

 仲良くしている様を見ているのは…」



花村「──……」

   徐に踵を返し、サークルメンバーらが溜まっている広場から去っていく


乙川「──……」

   去っていく花村の背中を一瞥する


女子B「あ!

 チケット5日から発売だって!」

   乙川の腕を揺すって

乙川「…え?(我に返ったように)」


乙川「(さっと笑顔に戻る)ああ マジ?」



  *   *   *



◯コンビニ(深夜)


   花村、レジカウンターで会計している


店員「あざした〜」

花村「──……」

   軽く会釈し、店員から袋を受け取る


花村M「それでも

 乙川が女の子と仲良くしている様を

 見せ付けられるのは──」


  *   *   *


◯公園


   花村、ひとりベンチに腰掛けている


花村「──……」

   R-1を飲んでいる


花村M「俺には

 なかなか胃に来るものがあった」



   花村、公園のゴミ箱にR-1の空容器を捨てる


花村「…アホじゃん」

   捨てた空容器を見つめて、ぼそりと呟く


花村M「…なんて──


 本当は知ってた

 分かってた


 これは 手持ち無沙汰に飲んでた

 お酒のせいでもないし

 もっと言えば──


 “痛い”のは胃でもない


 …本当に痛いのは──」



◯屋外、人気のない道


   ひとり、家路を辿る花村


   寄り、歩く花村の胸の辺りのアップ


花村M「──この心臓だ」


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