【完結】花子と神楽坂
花子と神楽坂は、タクシーに乗り込み、望月が予約したホテルへと向かった。
タクシーの中では、気まずい雰囲気だったが、運転手が慣れたように声をかけて来た。
「お客さん達、この辺今日はなんかあったの?同じホテル向かう人、これで四組目だよ。しかも、皆カップル」
(か、カップル?!)
「今日は大学の学園祭だったんですよ。でも、私達、カップルじゃなくて…」
「ええ?そうなの?おばさん、てっきりカップルかと思っちゃった。美男美女だからお似合いだし」
ペラペラと、ちょっと馴れ馴れしく運転手は笑う。
「おばさんもね、今の旦那は大学で出会ったんだけど、全然イケメンじゃないし、運動神経がいい訳じゃない、まぁ、良くも悪くも普通な人でね」
運転手、花子達が黙って聞いているのを言いことに、聞いてもいないことを話し出した。
「あ、でも唯一勉強はできる人だったのよ。いつも学年一位だった」
「学年一位って凄いですね!」
「そう?そんなことないけど。まぁ、それしか取り柄がなかったんだけど」
花子に褒められて、運転手は饒舌になる。
「でも、今は結婚してよかったって思ってるのよ。子供もいるし。毎日忙しいけどね。あ、ついたわよ」
ホテルの看板が見えて来て、花子と神楽坂は降りる準備をする。
二人は料金を払うい、タクシーを降りようとすると、運転手が何を思ったのか、頑張ってね、と意味深な言葉をかけて走り去って行った。
(だから、カップルじゃないのに…)
花子が複雑そうな笑みを浮かべていると、神楽坂が手を差し伸べて来た。
「歩ける?」
「う、うん…」
花子は、神楽坂の手を握り返すと、足を引きず李ながらフロントに向かった。
ホテルは、三階建てのビジネスホテルで、可もなく不可もなくと行った内容である。
「へぇ、ビジネスホテルなんて初めて入った…こんな感じなんだ」
神楽坂が、物珍しそうに館内を見渡している。
いつもなら、真っ先に前に立ってエスコートをしてくれるのに、今日は勝手が分からず戸惑っている。
「えっと…」
「アメニティは、自分で取るんだよ」
小さなカゴを渡されて、神楽坂は花子に習ってアメニティを取って行く。
いつもと逆の立場で、花子はなんだか新鮮な気分になった。
部屋は三階の真ん中の部屋で、途中で学園祭の帰りらしきカップルに遭遇した。
部屋を開け、灯りを点けると、ビジネスホテル特有のカビ臭い匂いが広がる。
「え、これで二人部屋なの?!」
八畳くらいのフローリングに、真ん中にセミダブルのベットと、机が置かれている狭い部屋に、神楽坂は思わず驚きの声を上げてる。
「お風呂はここみたい」
花子がドアを開けると、これまた初めて見るユニットバスに、神楽坂が驚嘆している。
「お風呂、入れるね」
花子が、お風呂の準備をしていると、神楽坂はエアコンのリモコンを探す。
「これかな…?」
神楽坂が手に取り、電源ボタンを押すと、どうやらテレビのリモコンだったらしく、濃厚な恋愛ドラマが流れていた。
風呂釜に湯を張り終えた花子が戻ってくると、ドラマはちょうどカップルがキスをしているシーンがだった。
花子は、思わず顔を真っ赤にして、神楽坂が持っているリモコンを取り上げようと手を伸ばす。
しかし、神楽坂は、その手を掴んで、花子を見つめた。
「…本当はさ、モニュメントの前で言おうと思ったんだ。でも、現実って厳しいね。こんなの、全然ロマンチックでもなんでもないよね」
「か、神楽坂君…?」
花子は、神楽坂が何を言っているのか理解できず、目をぱちくりさせる。
「真面目な話しなんだ。聞いてくれる?」
花子は、断るでも受け入れるでもなく、ただ神楽坂を見つめる。
「俺さ、ずっと自分に自信がなくて、今まで言いたいこと言えなかった」
花子は、本音を漏らす神楽坂に、脈が高まるのを感じる。
「最初はさ、ただ同じ苗字フェチってだけで興味を持っただけだった。でも、山田さんは、いろんな俺を知っても、ガッカリしたとかそんなこと言わずに、付き合ってくれた」
神楽坂は、花子の目の奥に映る自分を見つめながら、一言一言丁寧に言葉を紡ぐ。
そして、神楽坂は、一呼吸置く。
「俺は、そんな山田さんが好きだ。こんな情けない俺だけど、付き合ってくれませんか?」
花子は、神楽坂からの告白に、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
「わっ、私もね…。最初は、ただ苗字フェチってだけだったの。でも、実は可愛いもの好きだったり、あんまり体力ないところだったり、気づいたら、神楽坂君自信を好きになってた」
「そ、それって…」
少し周りくどい告白に、神楽坂は戸惑う。
そんな神楽坂を見兼ねた花子は、満面な笑みを浮かべる。
「私も、神楽坂君のことが好きです!」
はっきりと好きだと言われて、神楽坂はたまらなくなり、花子の頬を両手で覆うと、熱い口付けを落とした。
その口付けは、いつも余裕そうな神楽坂とはイメージが違う、慣れない不器用な口付けだった。
二人は暫く口付けを交わしていたが、風呂釜から湯が溢れている音に気付き、花子は、慌てて神楽坂から離れる。
「そっ、そうだ!お風呂、入れてたんだった!」
花子が立ち上がろうとしたが、捻挫をしていたことを忘れていて、その場に転倒してしまう。
「大丈夫?!」
「だ、大丈夫だから、早くお風呂止めて!」
花子を介抱したい気持ちを抑えて、神楽坂は言われるがまま風呂場に向かって湯を止めた。
素早く花子の元に駆け寄ると、まだ床に転がっている花子の腕を掴んで引っ張った。
先程の余韻が残っている神楽坂は、そのまま花子を抱きしめる。
「神楽坂君…」
「あのさ、せっかくカップルになったんだから、下の名前で呼ばない?」
「し、下の名前…」
花子は、提案に少し思考を巡らせた。
「が、楽人…君?」
「そう…俺は、花子ちゃんって呼ぶね」
「花子ちゃん…」
花子は反復すると、気恥ずかしそうな顔をする。
「なんか不思議…」
「何が?」
「だって、今まで花子って呼ばれるのあんまり好きじゃなかったのに、かぐらざ…楽人君が呼んでくれ他だけで、凄い特別な名前になれた気がする…」
「俺は、最初から特別だと思ってたよ」
「そう?だって、昔なんか嫌で仕方なかったから、自分で本気で花に変えようとしてたんだよ?」
「ああ、だから百目鬼さんが花ちゃんって呼んでるのか」
花子は、コクリと頷くと、神楽坂から離れる。
「あ、お風呂…」
「そうだね、待ってるから、先に入って来ていいよ」
花子が、風呂場に向かおうとした時、足を止めて振り返る。
「あと、これからは、その…本当の楽人君で接してほしいな」
「え?本当の俺?」
「そう、望月と接してる時が、本当の楽人君なんでしょ?じゃあ、特別扱いなんかしなくていいから、本当の神楽坂君で接してよ」
神楽坂は、突然の提案に意外そうな顔をすると、困ったように頭を掻く。
「ど、努力するよ…」
その返事に満足した花子は、風呂場に向かった。
◇◆◇
翌朝、チェックアウトをして外に出ると、昨日車で迎えに来てくれる約束をしていた、立花と小百合が待っていた。
「おっはー、花ちゃん、足、大丈夫?」
「一晩寝たらちょっとマシにはなったけど、まだちょっと痛いかな…」
「朝ご飯は?もう食べた?」
立花に聞かれて、花子と神楽坂は首を横に振った。
「そっかー。実はさ、あたし達、昨日あれからあたしん家に泊まって、まだ食べてないんだよね」
立花の唐突な告白に、花子は驚きの声を上げる。
「えぇ?!二人、いつの間にそんな仲になったの?!」
立花と小百合はお互いに顔を見合わせて、満面な笑みを浮かべる。
「まぁ、色々あってねぇ。望月にフられたから、小百合ちゃんに慰めて貰ってたんだ、ねぇ〜」
小百合に同意を求めるように、立花が言う。
「え…フられたって…」
花子が、先の言葉を催促しようとしたが、立花に制された。
「はい、この話しはもう終わり!さぁ、朝ご飯食べに行こう!」
「二人はどこがいい?」
「私はなんでもいいよ?か、楽人君は?」
「んー…俺も、花子ちゃんがいいならなんでも…」
そう言いかけると、神楽坂は、昨日花子に言われた言葉を思い出し、フっと笑みを浮かべた。
「いや、やっぱりパンがいいな。いつものコーヒー屋って、この時間空いてたっけ?」
いつもは、全部第三者に選択権を委ねていたのに、ハッキリと自分の意見を言う神楽坂に、小百合と立花は、ポカンと口を開けている。
「珍しいね、神楽坂君が自分の意見ハッキリ言うなんて…」
「て言うか、名前呼びってもしかして…っ」
勘のいい小百合に聞かれて、花子と神楽坂はお互い顔を見合わせると、満面な笑みを浮かべる。
「さ、行こ。お腹すいた!」
そこまで意味深な態度をとったにも関わらず、花子はお茶を濁して、さっさと車の後部座席に乗り込む。
「ええ〜!なんだよ、気になるじゃーん!」
小百合に迫られるが、花子はあえて無視を決め込む。
「いいからいいから、小百合も早く乗って、お腹すいたでしょ」
「もう、花ちゃんのケチ!」
「さー、しゅっぱーつ!」
花子は、小百合と立花が車に乗ったのを確認すると、元気に掛け声をかける。
立花は、文句を言いながら、渋々ギアを引いて、颯爽とその場を立ち去った。
ーーーーー
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
皆様の応援のおかげで、無事に完結できました!
これから読み返して、改稿や追記することがあると思いますが、完結と言うことで、もし宜しければ、ブクマや評価など下さると、今後の励みになります!
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