【三十五話】学園祭(後編)

学園祭のカップルイベント。

「そのモニュメントで告白したカップルは、絶対報われる」

 綾瀬が、そう言っていたのを花子が思い出していた。



「ただし!日が沈みきる前に告白しないと、無効になるからするなら早い目にしたほうがいいよ!」

 辺りは、ぼちぼちライトがつき始め、夕陽はドンドン沈んで行く。



 モニュメントは、ライブ会場から全く逆の方向にあり、男の足でも三十分はかかる。

 しかも、今日は祭りで人がいつもよりも何倍もいるこの状況で、人混みを掻き分けながら走るのは非常に困難である。



 花子は、そんなことはお構いなしに、ただひたすらに走った。

 もう、あと少しで日が沈んでしまう。

(お願い、間に合って!)



 花子が、願った時だった。

「きゃっ!」

 花子は、何かにつまづき転んでしまった。



「痛った…」

 花子は、立上がろうとしたが、ひねってしまい、立ち上がろうにも立ち上がれない。



 目的地まではあと少しだと言うのに。

(それでも、行かなきゃ!)



 花子は、ハンカチを取り出し、膝小僧から出てる血を拭き取るだけの応急処置をした。

 もう一度立ちあがろうとしたが、足が言うことを聞かない。



(動け!私の足!)

 花子が心の中でそう叫んだ時だった。

「山田さん!」



「山田!」

 神楽坂と望月の声が聞こえた。

「大丈夫?山田さん!足…!」



 花子はなんのことか理解するのに暫し、時間が掛かってようやく二人の存在を認識した。

「かっ、神楽坂君なんで…っ、望月も…!」



「さっき久保さんって言う人と会って、山田さんが俺達を探してるって教えてくれたんだよ」



「電源切れてるから、スマホ貸してあげようとしたけど、番号覚えてないからって」

 花子は頭がいっぱいで、神楽坂と望月の説明を聞くのがやっとだった。



「小百合達は?」

「モニュメントで待ってる。立てるか?」

「足、ひっちゃって…」



 花子が苦笑いを浮かべていると、神楽坂がしゃがみこみ、花子に背中に乗るように誘導した。

「大丈夫かよ?お前にそんな体力あると思え…」



 しかし、望月の予想は外れ、あっさりと花子を背負い上げた。

「舐めるなよ。好きな子くらい抱えられなくてどうすんだよ」

「え…っ」

 花子は耳を疑った。



 神楽坂の口から、そんな言葉が出てくるとは思えなかったのだ。

 聞き間違いかもしれない、そう思ったが、花子は、神楽坂に身を委ねた。



 それから、五分ぐらい歩いて、ようやく目的地に着いた。

「花ちゃん!」

「花子ちゃん!」

 モニュメントの前で待ってた小百合と立花が、花子を見るなり駆け寄って来た。



「どうしたの?神楽坂君におんぶなんかされちゃって〜!」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら揶揄する立花だったが、花子の足が怪我をしているのに気づいた。



「あ、足…」

「ちょっとひねっちゃって…」

 花子が苦笑いを浮かべていると、ハッと息を飲んだ。

「そうだ、モニュメント…っ!」



 花子が上空を見上げると、空はもう夕日はなく、真っ暗になっていた。



「残念だったね…」

 小百合に言われて、花子は、うっすらと涙で目が滲んだ。

「とりあえず、まずは治療しよう。緊急室どこだっけ」

 立花がすぐさまパンフレットを広げて確認する。



「えっと、あっちみたい」

「分かった」

 神楽坂は、それ以上言わず、ただ黙々と治療室に向かった。



「消毒借りて来た」

 望月は、傷口を洗い流している間に借りて来た消毒を、神楽坂に渡した。



「ちょっと、沁みるよ」

 花子は、唇を強く結び、体をこわばらせると、消毒の痛みが走り、声を上げる。



 神楽坂は、慣れた手つきで包帯を巻いて行く姿に、花子は意外そうな顔をする。

「慣れてるね、神楽坂君…」



「神奈がよく怪我して帰って来てたからね」

 花子は、なるほど、感嘆の声を上げる。

「できたよ」

「ありがとう」


 花子が、治療室の時計を確認すると、十九時前を指しており、あたりはすっかり真っ暗になっていて、祭り会場も片付けに取り掛かっていた。



 一同が花子の胸中を察して、かける言葉を見失っていると、花子は、苦笑いを浮かべた。

「帰ろっか」



 花子が立ちあがろうとしたが、やはり足が動かず、また座り込むことになった。

「ごめん、やっぱり歩けないや。皆、先に帰ってて」

「え…っ」

「それは、ちょっと…」



 小百合と立花が顔を見合わせていると、望月がスマートフォンを開いて、何かを調べ始めた。



「この近くに空いてるホテルがある。今、予約入れた」

「じゃあ、花ちゃんが動けるようになるまで、一緒に泊まろうか?」

 小百合の提案に、望月は首を横に振る。



「残念だが、定員は二名までだ。しかも俺は山田を探しまわってヘトヘトだから、これ以上は動けねぇ」

 望月は、どう見ても神楽坂よりは余裕そうな顔をしているのにと、四人は不思議うな顔をしている。

「あとは任せた」



 望月はそう言うと、足早にこの場を立ち去る。

「いっ、いいの?」



 立花に止められるが、望月は振り返ることなく、先に進む。

「もう、答えは分かりきっているからな」


 


◇◆◇



 今から約十五分程前。

 神楽坂達は、はぐれてしまった花子に連絡を取ろうと、ただひたすらに電話を鳴らした。

「くそっ、ダメだ、やっぱり出ねぇ!」



 苛立って、いつもと違う口調の神楽坂に、立花は、呆気に取られている。

「神楽坂君、なんかいつもと違くない?」

 立花に言われて、神楽坂が正気を取り戻す。

「あ…っ」



「気にするな、これが素だ」

 望月に包み隠さず言われて、神楽坂は言葉に詰まる。

「え、じゃあ、神楽坂君も、キャラ作ってたって訳?」

 立花に揶揄すりように言われて、神楽坂が、唇を尖らす。



「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ。早くしないと、日が暮れる!」



 神楽坂がもう一度コールボタンを押そうとした時、立花が、ポツリと呟いた。

「結局、神楽坂君って、花子ちゃんのこと好きなんだ?」



 無遠慮に言う立花に、神楽坂は思わずドキッと胸を詰まらせる。

「あは、やっぱりそうなんだ!分かりやすいなぁ」

 立花は、ただ確認したかっただけなのだが、神楽坂の反感を買うには十分だった。



「ああそうだよ。俺は山田さんが好きだけど、それが何?」

 そこには、いつもの甘い顔の神楽坂はいなかった。

「い、いや、別に、ただ聞いただけだし、そんな顔しなくても…」

 しどろもどろで、笑って誤魔化す立花に、神楽坂は更に言葉を荒げる。



「言っておくけど、俺はまだあんたのこと全て許した訳じゃないから」

「お、おい、神楽坂…っ」

 望月に止められたが、神楽坂は止まらない。



「どんな理由があったか分からないけど、よく山田さんのこと傷つけといて、ヘラヘラしてられるよね」

「おい、神楽坂、やめろって!」

 神楽坂に辛辣な言葉を突きつけられ、立花は奥歯を噛み締める。



「あは、まさか神楽坂君にまで、言われるなんて思わなかったなぁ」

 立花は、声を荒げそうになるのを堪え、精一杯の笑顔を見せた。



「うん、そうだよ。神楽坂君の言う通りだよ。あたしは花子ちゃんに酷いことしたのは、変わらない。それは事実だよ」



 立花は、一呼吸おいて、またくちを開く。

「だからさ、ずっと大好きだったよっしーにもフられたんだ」

「え…」

 神楽坂は、初めて聞く事実に、目を見開く。



「でもね、それはもういいんだ。あたしも、もう好きな人できたから」

 立花、先程とは違う笑みを浮かべると、望月に視線を送った。



「そういえば、ここって、告白したら、絶対報われるんだよね?」

 言いながら、立花は望月を指差す。



「あたし、あんたが好き」

 望月は、夕日に照らされる立花の顔が、全てを吹っ切った満面な表情をしていた。



 しかし、望月は、頭を下げて、イベント内容を完全に無視した答えを投げかけた。



「悪い。俺も、好きな人がいる。だから、あんたの告白は受けられない」

「えっ?!」

 今まで、ただ三人の会話を聞いていた小百合が、声を上げる。



 しかし、立花は、そう言われることを理解していたのか、特段驚くことはなかった。

「あーあ。やっぱりフられたかぁ!ここのイベント、やっぱ嘘じゃん!」

「た、立花先輩…」



 立花を心配して小百合が手を差し出すが、立花は、その手を拒んだ。

「行って来な。もう時間ないでしょ。花子ちゃん、きっと探してるよ」

「立花先輩…」



 泣き喚くでもなく、怒るでもなく、ただ受け入れて、しかも恋敵のもとへ息ことを容認する立花に、望月は、呆然と見つめる。



「いいから、行け!!」

 その合図に、真っ先に神楽坂が走り出し、一瞬遅れて望月も走り出す。



「い、いいんですか…?」

「いいも何も、フられたのにいいも何もないっしょ」

 乾いた笑いを漏らしていた立花だったが、頬に涙が伝い、小百合は胸が痛む。



「あーあ、今年入ってフられたの、二回目だよ。皆花子ちゃん花子ちゃんってさ。本っっ当、大嫌い」



 大粒の涙を流しながら、本心なのかただの去勢なのか分からない言葉に、小百合はただ、立花の背中を摩り、あっという間に人混みの中に消えて行った、二人の残像を見ていた。

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