【三十四話】学園祭(前編)
「秋山先輩、辞めるんですか?!」
十月の始まりに、花子は、バイト先に向かうと、唐突に秋山からそう宣告された。
「言っても俺、もう三年だから、就活しねぇといけねぇし、むしろ遅いくらいなんだよ」
「そ、そうなんですね…」
花子は、この前、秋山が言った言葉が頭を過った。
花子の表情に秋山は、悪戯な笑みを浮かべる。
「何、俺がいねぇと寂しい?」
「そっ、そりゃあ寂しいですよ!先輩には、なんだかんだで、色々お世話になりっぱなしだし…」
秋山は、照れ臭そうに顔を掻く。
「そりゃあまぁ、一応は、惚れた相手だし?山田がいなきゃ、小百合ちゃんとも会えなかったかも知れねぇし、色々恩義はあるからな」
花子は、俯いて複雑そうな表情を浮かべる。
「でも、今は、俺じゃなくても、皆が守ってくれるし、もう大丈夫だろ」
優しく微笑む秋山に、花子は目頭が熱くなった。
「あ、そうそう、おみから聞いたよ。お前にフられたこと」
「え…っ」
唐突に言われて、花子は動揺する。
「まぁ、なんだ。フられて相当ショック受けてると思ってたけど、案外そうでもなさそうだから、安心しろ」
秋山に、優しく頭を叩かれ、花子は、その言葉を心の底から信用していいのか悩んで、言葉に詰まる。
そんな花子を見かねた秋山は、なるべく自然に話題を変えることにした。
「そうそう、俺の就活の話だけどな、一応小百合ちゃん家の道場継ぐことになったんだ」
「そうなんですか?!じゃ、じゃあ、婚約ってことですか?」
秋山は、照れ臭そうにはにかむ。
「まぁ、そういうことになるかな。つーか、小百合ちゃん、言ってねぇの?」
「おめでとうございます!小百合、そんな話全然しないから…」
「そっか、まぁ、そういうとこあるよな、小百合ちゃん」
秋山は、小さく溜め息を付きながら、一人で納得すると、監視カメラに客の姿が映り、急いでレジに向かった。
◇◆◇
十月の最初の土曜日、待ちに待った、綾瀬の大学の学園祭が始まった。
「おーっす、皆、来てくれたんだー!あんがとねー!」
花子は、小百合、立花と一緒に学園祭に訪れた。
「あれ、神楽坂達は?」
綾瀬は、キョロキョロと、花子達の周りに目を配らせる。
「皆、バイトだから、終わってから来るって」
「そっかー。まぁいいや。そうそう、ライブ、豪華ゲストいっぱい呼んだから見て行ってよ」
「は、はい!」
「綾子!ちょっとこれ、確認したいんだけど…」
チラシを持ってやって来た女は、山田達を見て、軽く睨みつける。
「あ、あんた、もしかして、ずっと綾子に言い寄られてた子?」
花子は、女の派手な風貌に思わず体をこわばせる。
「ちょっと、なんですか?花ちゃんになんか用?」
小百合が、花子の前に躍り出ると、負けじと女を睨みつける。
「言っておくけど、アタシの女傷つけたら、ただじゃおかないから!」
花子は、女の言葉に反応を示すと、目を丸くする。
「へ・アタシの女って…」
「コラコラ!会ってすぐに喧嘩しないの!」
女は、止めに入った綾子の胸倉を掴むと、まるで見せつけるように、熱い口付けをした。
唇を離すと、綾瀬は、腰が砕けてふらつくと、女は無理矢理綾瀬の肩を組む。
「アタシの名前は
真田はまるで啖呵を切るように自己紹介をすると、暫くポカンとしていた三人は、ようやく口を開いた。
「あ、綾子ちゃん、いつの間に彼女できたの?!」
立花に言われて、綾瀬は照れくさそうな顔をする。
「あはは、まぁ、学園祭の準備中に色々あってねぇ〜。あたしも晴れて、恋人ができました♪」
「おめでとうございます!」
花子は、心から祝福すると、綾瀬は悪戯な笑みを浮かべる。
「人のこと祝ってる場合じゃないでしょ〜」
「え?」
「あんたも、神楽坂と頑張んなよ!」
花子は、顔を真っ赤にさせてると、逃げるように、そそくさとその場から離れる。
「さ、早く行こう!ライブ前に見れるとこ見にいこう!」
花子に誘導されて、二人は足早に後を追う。
二人が入った部屋は、被服科の生徒達が作った、色取り取りのドレスが展示されていた。
「わぁ!凄い!これ、全部学生の人達が作ったんですか?」
「そうですよ!毎年テーマがあって、今年はウエディング!」
学生の一人に説明を受け、三人結婚式のシーンを想像する。
「おやぁ?その顔はもしかして皆さん、彼氏持ちかなぁ?」
揶揄されて、花子達は一層顔を真っ赤にさせる。
「かっ、彼氏がいるのは小百合だけだし、それにまだ、そんな…ねぇ?」
花子は、しどろもどろになりながら、立花に同調を求める。
「そうだよね!花子ちゃんはともかく、あたしが望月君と付き合える可能性なんて、微塵もない…」
立花は、自分で言ってて悲しくなったのか、うっすらと涙を浮かべると、生徒の一人は、慌ててフォローをする。
「だっ、だったら、例の、ここで告白したら絶対恋が叶うって言う、モニュメントで告白してみたらどうですか?」
「モニュメント…」
立花が、反復して、視線を落とすと、喜多川と神奈がやって来た。
「ヤッホー!花子ちゃん!」
神奈が現れるなり、黄色い声が響き渡る。
「喜多川先輩と神奈ちゃん!来てたんですね!でも、なんで二人一緒…」
花子は言いかけて、ハッと息を飲む。
「も、もしかして二人…」
喜多川は、花子が全てを言い切る前に口を開いた。
「そ。俺達、付き合うことになったんだ」
「い、いつの間に…っ」
呆気に取られている花子に、神奈は気恥ずかしそうな顔をする…
「な、なんかあれから意気投合しちゃってさ、それで色々あって付き合うことになったんだ」
まるで、初めて聞いたような顔をしている立花に、花子は、なんだか複雑な気持ちになる。
しかし、立花は、曇りのない笑みを浮かべて、祝福の言葉を紡ぐ。
「二人とも、おめでとう!」
喜多川は、一瞬目を見開いたが、すぐに目を細める。
「ありがと。六花もがんばってね」
立花に励ましの言葉をかけると、喜多川は、部屋の奥へと進ん行った。
「あたし達も次行こっか」
立花に先を急かされて、三人は次の部屋に進むことにした時、構内にアナウンスが鳴り響いた。
「これより、学園祭名物、チャンバラ合戦を始めます!参加者の方はグラウンドに集まって下さい。尚、飛び入り参加も可能ですので、奮ってご参加下さい」
三人は、顔を見合せる。
「チャンバラ合戦?何それ?
チャンバラってことは、刀使ってなんかするんでしょ?面白そうじゃん!」
小百合が訳が分からないままに、名前の印象だけで、面白そうだと判断すると、腕まくりをして、意気揚々と受付に向かった。
ルールは至って簡単で、玩具の刀で、腕に着けた風船を割った者が勝ちと言うルールである。
「なるほどねぇ!お、なんか豪華賞品もあるみたいだよ!」
豪華賞品には、金銭的な物も含まれていて、小百合と立花は血の気が増し、早々に準備して、威勢よくグラウンドに向かった。
「よっしゃー!豪華賞品ゲットだ!」
「おー!」
参加者は思った以上に多く、百人程の老若男女が参加していた。
開始の合図が鳴り響くと、皆一斉に刀を震う。
花子と立花は、あっという間に風船を割られてしまった。
「あーあ、賞品狙ってたのにぃ」
「残念でしたね」
「小百合ちゃんは?」
立花がキョロキョロと辺りを見渡すと、さすがは柔道道場の娘、半数も減った中で、まだ全線で戦っていた。
「おお!さっすが、小百合ちゃん!強いね!」
立花が、高らかに声を上げる。
「柔道道場の娘ですから」
花子は、自分のことではないのに、何故か誇らしげな表情を浮かべている。
開始一時間も経たない間に、小百合は、一対一の対決となり、観客達は皆一様に、固唾を飲む。
相手は、この大学の男子生徒で、剣道部の主将である。
「凄いね、女の子でここまで勝ち進んで来るなんて。君みたいな強い子は初めてだよ」
小百合は、柔道の大会以外では珍しく、余裕のない表情を浮かべる。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。それでは、お手柔らかに頼みますよ!」
小百合の言葉を皮切りに、二人は、獲物を目掛けて刀を奮った。
しかし、両者共一歩も引かず、攻防戦が繰り広げられる。
相手の男が、小百合の獲物を目掛けて刀を振り下ろし、決着がつこうとしたその時、小百合は素早く身体をしゃがみこみ、相手の獲物を目掛けて刀を振り上げた。
会場にいる誰もが、男が勝ったと思った。
しかし、風船が割れたのは小百合ではなく、男の方だった。
その瞬間、小百合の勝利が確定し、会場は大きな歓声に包まれた。
男は、小百合に手を差しのべて、爽やかな笑顔を向ける。
「いやぁ、負けたよ。でも、いい勝負だった!」
小百合は、一瞬目を見開いたが、口元に笑みを浮かべ、男の手を握り返す。
「こちらこそ、お相手ありがとうございました!」
アナウンスの声と共に、チャンバラ大会は終了の合図を告げた。
小百合は、戦利品である豪華賞品を持って、二人のところに戻った。
「小百合、おめでとう!」
「いやぁ、凄かったね!年上相手に!」
花子と立花に賞賛されて、小百合は上機嫌だ。
「まぁ、インハイでも年上相手に戦うことはあるからねー!」
「いやはや、こりゃああっきーが将来尻に引かれるのは目に見えてるね!」
立花に揶揄されて、小百合は少し不服そうに口を尖らせる。
「そうならないように、秋ちゃんには、しっかり親父に鍛えて貰います!」
「え、なになに?あっきーってば、小百合ちゃんの道場に入部したの?」
初めて聞いたような口振りの立花に、花子と小百合は、顔を見合せる。
「先輩、知らないんですか?秋山先輩、小百合の道場継ぐって話」
「えっ?」
「じ、実はね、秋山先輩、辞めるんですよ、バイトも」「ええ?!」
立花は、いつの間にそんな話になっているのかと、驚きを隠せない様子で、小百合に詰め寄る。
「なにそれ、そんな話聞いてない!」
小百合は、照れ臭そうな、申し訳なさそうな複雑な表情で、ちゃんと事実を伝える。
すると、立花は、寂しそうな表情を浮かべる。
「そっかぁ…。いいなぁ、皆、恋人ができてさ。花子ちゃんもきっと、神楽坂君か望月君と付き合うんでしょ?あたしだけじゃん。独り身なの…」
花子は、胸が痛くなり、言葉に詰まったが、立花の手を握り、提案した。
「だったら、一緒に告白しましょうよ!例のモニュメントで!」
「え…っ」
立花は、呆気に取られて、花子を見つめる。
「そんな、無理だよ、無理無理!どう考えたって、望月君があたしを好きになるなんてありえないって!」
「ごめん、遅くなって!」
立花がきっぱりと否定していると、神楽坂と望月がやって来た。
「二人共、お疲れ様!」
花子に声をかけられ、神楽坂は満面の笑みを浮かべる。
「凄いんだよ、チャンバラ大会で小百合、優勝したんだ!しかも、年上相手に!」
戦利品を見せつける小百合に、神楽坂と望月は感嘆の声を上げる。
「さすがは柔道道場の娘だな…。将来、秋山先輩が尻に敷かれる姿が目に浮かぶ」
花子と同じことを言っている望月に、一堂は笑い声を上げる。
「って言うか、望月君まで知ってんの?あっきーが小百合ちゃんの道場継ぐ話!」
「さっき、聞いたんだ。帰り際に。神楽坂も」
「そう、なんだ…」
立花は、歯切れの悪い返事をすると、望月の腕を掴もうと手を伸ばす。
しかし、何を思ったのか、その手を引いて、先頭に立ち、皆を誘導する。
「行こ!あたし、お腹空いた!なんか食べよ!」
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