【三十二話目】最後のざまぁみろ!

結局五人は、一番近かった喫茶店に入ることになった。

 三時間程談笑して、十六時頃には、別れた。



「いい人達だね」

 綾瀬、立花、喜多川の姿が見えなくなるまで見送ると、小百合は微笑む。



「うん、本当いい人達だよ」

 すっかり、いつもの表情を取り戻した花子が、肯定すると、小百合が、少し意地の悪い表情を浮かべた。



「いつの間に、あたしの知らない間にあんないい人達に恵まれちゃってさぁ。あたし、必要ないんじゃないの?」



「そっ、そんなことない!学校じゃ、友達、小百合だけだもん!」

 ちょっと意地悪するだけだったのに、必死に否定する花子に、小百合は満足気に花子の頭を撫でる。



「あはは、冗談だよ、冗談!これからも花ちゃんはずっと親友だから」

「うん」

 花子は、嬉しそうな表情で頷く。



「さ、帰るか」

 小百合が電車を乗り込もうとした時、後ろから、聞いたことのある声が耳に入った。

「あっれー?誰かと思えば、山田じゃーん!」



「安井…っ!」

 小百合は振り返り、その人物を睨みつけると、安井はわざとらしく、怖がる。



「おお、怖っ!どうしたの?そんなに怖い顔して?」

「アレの日じゃないのー?」



 もう一人、聞いたことのある声に、小百合は目を丸くする。

「あ、あんた…っ、星空星李!」

「ちょっと、先輩にはちゃんと敬語使えよ!」



 鬼のような形相で睨みつけられ、花子は体を震わすも、小百合は全く怯まず、立ち向かう。



「これは失礼しました、星空先輩。お久し振りです。あれからどうなったんですか?聞くところによると、バスケ部のメンバーから外れたらしいじゃないですか」



 勝気な表情で痛いところを小百合に突かれ、星空は、激昂して拳を振り上げる。



「テメェ…っ!」

「やめなよ」

 その手を掴み、星空を制したのは、二人の後ろにいた、斎藤とは違う見慣れぬ少年だった。



「なんだよ、あんた、邪魔する気?!」

「違うよ、こんな公共の場で暴力なんか振るったら、またあらぬことになるかもしれないって言ってんだよ。それくらいわかるだろ」



 星空は、なんとか感情を押し込めると、舌打ちをして、腕を振り払った。



「そう言えば、今日は、あの男はいないんですか?」

「あの男?」

 小百合に聞かれて、安井は反復する。



「ほら、花ちゃんにレッ、レイプまがいのことした…」

「ああ、斎藤ならあんたにやられてさっさと抜けたよ。ったく、情けないったら」

 星空は、嘲笑する。



「あの、一つだけ、聞いていいですか?」

「何よ?」

 小百合に聞かれると、星空は睨みつける。



「なんでまた花ちゃんを苛めるんですか?星空先輩は分からなくもないけど、なんで安井が?」

 小百合に聞かれて、安井は奥歯を噛み締める。

「なんで?はっ、よくそんなことが言えるね!」



 物凄い形相で安井に睨みつけられ、その気迫に、花子どころか小百合までも怯んでしまう。



「山田、あんたはあたしが望のことずっと好きだったの知ってるよね?」

「え…っ」

 言われて、花子は、言葉を詰まらせる。



「あたし、望のこと諦めきれなくて、最近もう一回、望に好きだって言ったんだ!今はもうあんたがいないから大丈夫だろうと思って!でもあいつ、なんて言ったと思う?」



 今にも泣きそうな顔で聞かれて、花子は、言葉が見つからず、困惑する。



「最近またあんたと会って、やっぱり好きなんだって、フられたんだよ!!」

 安井は、ここが公共の場だと言うことなど忘れて、大声で思いの丈をぶちまける。



「小学校の時からずっとそうだよ。あんたはそうやって、あたしの好きな人を皆奪って行くんだ…っ!」



「あんたなんか…っ!」

 安井は、また強く拳を握ると、勢いよく花子に向かって飛び出した…

「あ、危ないっ!!」



 少年は、今度は間に合わず、叫ぶと、見知らぬ陰が現れ、目を見張った。

「も、望月…?」

 目の前には、安井の拳を、顔面で受け止めた望月がいた。



「大丈夫か?」

「だ、大丈夫…」

 花子と小百合は、なぜここに望月がいるのか分からず、キョトンとしている。



「なんでよ…っ」

 安井に聞かれるが、望月は目を合わさない。

「なんで、そいつのことばっか好きになるのよ!あたしの方が、ずっとあんたのこと好きなのにっ!」



 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、安井に訴えられるが、望月は無感情のまま口を開く。

「言った筈だ。俺は、お前を好きになることはないって。俺がずっと好きなのは、他の誰でもない、山田花子だって」



 安井は、唇を噛み締めると、ボロボロと大粒の涙を流しながら、望月を睨みつけると、行き場のなくなった拳を握り、顔を目掛けて、拳を振り上げる。



 しかし、その拳は、望月の顔寸前で止まった。

「殴れる訳ないじゃん、馬鹿野郎…っ!あんたなんか、大嫌いだ…っ!」

 安井は、拳を引っ込めると、その場に崩れ落ちて号泣した。



 花子と小百合は流石に胸が痛み、慰めの言葉を探すが見つからず、ただただ安井を見つめた。

「帰るぞ」



 望月は、花子の手を引いて、電車に乗り込もうとしたが、星空に呼び止められた。



「待ちなよ!まだ話は終わってねーよ!」

 星空が叫ぶと、さっきから黙ってみていた少年が、呼び止めた。

「だから、やめときなって!」



「あんた、さっきからなんなんだよ!あんただって、山田に恨みがあるんじゃねーのかよ!」



 飛びかかりそうになる星空に、少年は深い溜め息をつき、ポケットから録音機を取り出した。

「なんだよ、それ…?」



「悪いけど、今までの全部録音させて貰ってたんだ♪」

「は?録音?なんで…」

 少年は、含みのある笑みを浮かべた。



「自己紹介がまだだったよね。俺、久保保臣くぼやすおみ。コンビニで、山田さんにフられた、久保明くぼあきらの弟です」



「あっ!!」

 花子は、思い出して、声を上げる。



「もしかして、連絡先くれた、サラリーマンの…」

「そ。その、陰キャのキモいサラリーマンの弟」

 花子は、兄弟と言われても、全く似ても似つかない、兄と違って整った顔立ちの弟に、度肝を抜かれた。



「で、でも、なんで、その弟君が、私を助けてくれるの?」



「いやぁ。まぁ、色々あるんだけどさ、俺、ぶっちゃけ兄貴のこと大嫌いでさ。ずっと山田さん山田さんってキモかったんだよ。だから、今日は告白するって言って出て行った時は、フられろって心の底から願ってたんだけど、本当にフられたから、その時はスカッとしたよね」



 花子は、どう反応したらいいのか、複雑な表情をする。



「あと、秋山いるじゃん?あいつ、実は俺の友達でさ。なんとか君を助けてやってくれないかって頼まれててさ。だから、あいつらの味方のフリしてたって訳」

「な、なるほど…」



 花子は、あっけに取られつつも、ようやく全てが繋がって、つっかえていたものが取れた。

 結局自分は、最後まで秋山に守られていたと言う訳だ。

「でもごめんね。斎藤からは守れなくて…」



「ううん、小百合が助けてくれたから…」

 花子が否定すると、ふと最初の頃、警察官の友達がいると言う話をしていたことを思い出した。

「もしかして、秋山先輩が言ってた、親が警察官の友達って…」



「そ、それ、俺」

 久保は眩しいくらい満面な笑みで、さらっと答えると、星空の顔色が急に真っ青になる。

「は?あんた、何?親が警察官って、聞いてないんだけど…」



 震える指で自分を指す星空に、久保はあっけらかんと言ってのける。

「当たり前じゃん。スパイがさ、普通自分は警察官です、なんて言わないっしょ」

 安井は、その場に力無くヘタリ込んだ。



「そ、その録音したの、どうするつもり…?」

 久保は、録音機を顎に当てながら、意地の悪い笑みを浮かべる。



「そうだなぁ〜、まぁ、親父に聞かせてもいいけど、言ってもあんた達、未成年だから、法で裁かれることはないだろうねぇ」



 星空は、安心した表情を浮かべると、久保は、意地の悪い笑みを浮かべた。

「あ、でもぉ、お先は真っ暗かもね?」

 星空は、無理矢理立ち上がると、必死に久保に懇願する。



「そっ、それだけはやめて!あたし、まだバスケは続けたいし、将来、やりたいことがあるの!」

 久保は、冷ややかな目で、安井を見下ろす。



「で、言うことは?」

「え…っ」



「え?じゃないでしょ…俺じゃなくて、他に言う人がいるんじゃないの?」

 星空は、両手の拳を握ると、花子に近寄り、深々と頭を下げた。



「ごめんなさい!もうしないから!どうか、許して…っ!」



 流石に、かわいそうになった花子は、笑みを浮かべて、手を差し伸べた時、久保にその手を制された。



「甘いね。それだけで済むと思ってんの?お前、一体どれだけ山田さんを苦しめたかわかってる?」

 星空はこれ以上言葉が浮かばず、息を飲み込む。



「なっ、なんでもする!なんでもするから…っ!」

 我を忘れて食い下がる星空に、久保は笑みを浮かべる。

「本当になんでもする?」

「します!なんでもします!」



 久保は、一層冷たい笑みを浮かべた後、無表情になった。

「そこまで言うなら、最初から苛めなんてくだらねぇことすんな!一生そうやって、苦しみながら償い続けろ!」



 安井に怒号を浴びせると、久保は、踵を返してその場を去って行った。



 花子は、慌てて久保の後を追う。

「あそこまで言ったら、もう大丈夫でしょ」

「あ、あの、ありがとう。私の為にここまでしてくれて…」



 久保は、不意に足を止めると、憂い帯びた目を向ける。

「お礼なら、こっちの方がいいな」

 久保は、花子の頬に口付けた。



「んなっ!!」

 それを見ていた望月は、大声を上げる。

「本当は口にしたかったんだけど、今は頬で我慢しとくよ」



 花子は、顔を真っ赤にさせて、唇が触れた頬に手を当てる。



「兄貴を振ったってことは、まだフリーってことだよね?じゃあさ、俺と付き合ってよ。俺も、秋山に写メを見せて貰った時から、ずっと可愛いって思ってたんだよね」

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