【三十一話】苛め対策会議
花子と小百合が駅のホームに降り立つと、綾瀬、立花、喜多川が二人に気づいてやって来た。
「山田ちゃん!!どうしたの?今日学校休みじゃ…」
綾瀬が声をかけると、花子の表情が今までと違う、やつれた表情に気づいて、言葉に詰まった。
「早退したんです。ちょっと色々あって…」
小百合の重々しい言葉尻に、いち早く全てを察した喜多川が、不穏な表情で花子に近づく。
「今、綾瀬さん達とこの前のことで話してたんだ。ちょっと話す余裕ある?」
小百合は、花子の様子を伺いどうするか尋ねると、花子は、弱々しく、こくりと頷いた。
「分かった。俺ん家すぐそこだけど、どうする?喫茶店とかの方がいい?」
「喜多川先輩の家でお願いします…」
花子は、ポツリと呟くと、五人は喜多川の家に向かった。
「お邪魔します…」
喜多川の家は、駅から徒歩で五分程歩いたところにある、二階の戸建てだった。
花子が玄関を潜ったのを確認するも、こもまで来ておいて、全くの初対面である自分も入っていいものかと、戸惑ってしまう。
「さ、百目鬼さんも、入って」
「お、お邪魔します…」
喜多川に進められて、小百合は恐る恐る足を踏み入れた。
喜多川の部屋は、男の部屋にしては、綺麗に整理されており、メイク道具や、香水の香りが広がっていて、男の部屋というよりは、女の部屋みたいだと小百合は思った。
「適当に座ってて、お茶入れてくるから」
「あ、あたしも手伝います」
機転をきかせた小百合が、ついて行こうとしたが、喜多川は、いいから、と断った。
小百合は、申し訳ない気持ちになったが、素直に従うことにした。
「小百合ちゃん、だっけ、久し振りだね」
「そうですね、四ヶ月振りくらいですか?」
綾瀬に言われて、小百合は、初めて会った時のことを思い出す。
「えっ、何?二人、会ったことあんの?」
立花に言われて、綾瀬は悪戯な笑みを浮かべる。
「そ、秋山君とデートしてた時に会ったんだ」
「で、デートってあの時はまだ付き合ってなかったし…」
小百合は、なんとなくだが、言ってはいけないことのような気がして、口を塞いだ。
「ってことは、もしかして、秋山君と付き合ってんの?」
まるで焚き付けられたように綾瀬に言われて、小百合は、諦めて白状する。
「だって、秋ちゃん、全然諦めてくれないから…」
「それで、根負けしたって訳だ」
立花に、率直に言われて、小百合は顔を赤らめる。
「いいじゃん、秋山君、チャラ男だけど悪い奴じゃないよ」
「そうですね…。花ちゃんも、結構助けて貰ったみたいだし」
小百合は、否定することなく、素直に受け止める。
「お待たせー!」
喜多川が、人数分のお茶とお菓子を運んで来た。
「おー、サンキュー」
綾瀬が、いち早く立ち上がると、盆を受け取りテーブルに置き、各々に配る。
「ありがとうございます…」
花子が、アイスティーを受け取り、一口喉に流し込むと、ようやく落ち着いたのか、少し緊張が解れた表情になった。
それを見た四人は、ホッとして、各々飲み物を味わった。
喜多川が、アイスコーヒーが入ったコップを置くと、包み隠さず本題を切り出した。
「で、山田さんの話だけど、思ったより深刻みたいだね」
花子は、身をこわばらせると、代わりに小百合が答える。
「あたしも、まさかここまで酷いとは思いませんでした。最初は、上履きを隠されたり、体操服をボロボロにされたり…。今日なんか、斎藤にレ…レイプまがいのことまでされて…。だから、早退したんです…」
小百合の話に、予想外だったのか、三人は思わず絶句した。
「とりあえず、あたしが一緒にいる時は守れるけど、四六時中一緒にいる訳じゃないし、苛めてる奴らもあたしの怖さ分かってるから、一緒にいる時は何もして来ないから大丈夫だけど、一人になった時に狙われたら、どうしようもないって言うか…」
流石に気の強い小百合だったが、涙声で訴える。
その様子に、喜多川は、少々呆れたように、一番手っ取り早い方法を提案した。
「て言うか、なんで休まないの?」
「え…」
「そこまでされるって分かってるなら、休めばいいじゃん」
花子と小百合は全く盲点だったのか、ハッと息を呑んだ。
「もしかして、親に知られたくない?」
率直に言われて、花子は思わず息詰まる。
「わっ、私、昔からずっと苛められてたから、また苛められてるって思ったら、心配するし…」
「なんで心配させちゃいけないの?親なら子供の心配するのは当たり前じゃん?」
真剣な表情で言われて、花子は、言葉を失ってしまう。
「まぁ、休んだところで、収まる可能性は少ないってことだよね?」
「は、はい…」
花子が、コクリと頷く。
暫く喜多川と花子の話を聞いていた綾瀬が、口を開く。
「問題は、山田ちゃんを守れるのが、小百合ちゃんだけってことだよね?私達も、皆学校違うしなぁ…」
「せめて、男連中が一人でも一緒の学校だったら…」
綾瀬の言葉を汲んで、立花が続ける。
「そういえば、なんで恨まれてるのか分かんないんだよね?」
喜多川に聞かれて、花子は、頷く。
「どうせ、フられたーとかでしょ」
綾瀬が、アイスティーを飲みながら、憶測ではあるが、理由を推測する。
花子は、それならいくつも考えられるが、かと言って、いくらなんでも酷すぎるのではと思う。
「そう言えば、コンビニの方はあれから何もありませんか?」
「まぁ、とりあえずはね」
それを聞いて、花子は、ホッと安堵の息を着く。
「せめて、バイト先でやってくれるんなら、俺達が全力で守るんだけどね…」
喜多川の言葉を聞いて、小百合はハッと息を呑む。
そして、自分がいないところで、花子はこんなにも味方がいるのかと、安堵の息をついた。
それから五人は、各々策を練ったが、いいアイデアが浮かばず、今日のところは諦めることにした。
「そう言えばさ、小百合ちゃんと秋山君って付き合ってるんだっけ」
先程、その話題に乗れなかった喜多川が、話を蒸し返した。
「なんかさ、しつこく付き纏われた結果、付き合うことになったんだって」
綾瀬に揶揄するように言われて、小百合は気恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「で、でも、今は毎日バイクで学校送ってくれたり、優しくしてくれるよ?」
「あ〜はいはい、ご馳走さままぁ。はぁ、この中でフリーなのって結局あたしだけかぁ」
綾瀬が適当に聞き流すと、深く溜め息をつく。
立花と喜多川が顔を見合わせると、そういえば別れたことを報告してなかったことに気がついた。
「そう言えば、言ってなかったっけ。別れたんだよ、あたし達」
立花に告白されて、綾瀬は、声を上げる。
「えっ?!うっそ、いつの間に?!」
立花は、頬を掻いて苦笑いをしてお茶を濁す。
「でもね、もういいんだ。好きな人できたから」
立花が、気恥ずかしそうな表情で、カミングアウトする。
「えっ、もう?誰、誰?!」
「教えな〜い」
綾瀬に食いつかれるが、立花がそっぽを向く。
「て言うか、フリーなのって、綾子ちゃんだけじゃないでしょ?」
立花は、意味深に花子と喜多川を交互に見る。
「えっ、何?山田ちゃん、もしかして、まだ神楽坂と付き合ってないの?」
「そ、その、色々ありまして…」
花子は、指と指をモジモジさせながら、歯切れの悪い返事をする。
「へぇ、じゃあ、喜多川もあたしも、まだワンチャンあるってことだ?」
ニヤニヤしながら綾瀬は、ニヤニヤと花子を見つめる。
「ザーンネンでした、俺もその中には入ってないよ」
「えっ?てことは何?喜多川も、もう相手いるの?」
「さぁね〜」
喜多川は、口元に笑みを浮かべながらはぐらかす。
「なーんだよー!やっぱり、あたしだけフリーなんじゃんか!あたしも彼女欲しいー!」
綾瀬は、天井に向かって欲望を叫ぶ。
その様子を見ていた花子は、笑い声を上げた。
「ごっ、ごめんなさい、笑っちゃいけないんであろうけど、おかしくて…っ」
四人は顔を見合わせると、釣られて笑い出す。
「ま、綾瀬さんの場合、その性癖で既に詰んでるよね」
喜多川に言われて、綾瀬は、喜多川の胸倉を掴んで、酔っ払いのように絡む。
「なんだよー!百合の何が悪いんだよ!このド変態、髪フェチ野郎!!」
「何言ってんの、ここにいる連中、皆変態じゃん」
「し、失礼な!あたしの泣き顔フェチまで変態呼ばわりする気?!」
喜多川に言われて、立花が食らいつく。
「な、泣き顔フェチ…」
初めて立花の性癖を聞いて、小百合が軽く引いている。
「さ、小百合ちゃんまで、そんな反応するの?!そっ、そりゃね、自分の欲望のまま花子ちゃん泣かせたのは、流石にダメだって反省してるけど…」
花子の、コンビニでの立花からの苛めを思い出して、怒りが込み上げて、小百合は、立花に冷ややかな視線を送る。
「そうだったね、あんたも、花ちゃんを泣かせた奴だったけ。丁度いいわ、今ここでその時の制裁お見舞いしていい?」
握り拳を作って、今にも殴りかかりそうになる小百合を、花子は慌てて止めに入る。
「わー!ダメダメ!その話はもういいから、落ち着いて!!」
「あはは、小百合ちゃんは本当に山田さんのこと好きなんだね」
笑う喜多川に、小百合は、拳を引っ込めて、顔を赤らめる。
「ま、まぁ、小学校の時からの親友ですし…」
「いいね、そう言うの」
「何言ってんの、あたしだって今はもうただの親友でしょ?」
羨ましそうに言う喜多川に、立花が口を挟む…
「ま、そう言うことにしとく」
「え〜、いいじゃん、親友で!」
頬を膨らませながら文句を垂れる立花を、喜多川は軽くあしらうと、部屋の壁掛け時計が、十三時を告げた。
「あれ、もうこんな時間だ」
喜多川に言われて、一同は、腹が減っていることに気がついた。
「そう言えば、お腹空いたね」
「なんか食べに行く?山田さんと、百目鬼さんは?もしかして、お弁当?」
花子と、小百合は顔を見合わせると、自分達もお腹が空いてることに気づく。
「あ、あたし達、いつも食堂で食べてるんです」
「そっか、じゃあ、どっか食べに行こうか」
喜多川が、立ち上がると、不意に思い出したように声を上げる。
「ちなみに、今日は奢らないからね」
まるで以前奢って貰ったことがあるような口振りに、花子は、悪戯な笑みを浮かべる。
「なーんだ、残念」
「何言ってんだよ、バイトしてんだから、金持ってんでしょ」
「はーい」
花子達は、飲み終わったコップを片付ける。
「どこがいい?まぁ、この近辺だから、そんなに選択肢はないと思うけど」
四人は顔を見合わせると、口々に自分達が行きたい店を上げる。
「コーヒー屋!」
「ハンバーグ屋!」
「パスタ屋!」
「ステーキ屋!」
相変わらず全員違う意見に、喜多川は脱力して、盛大な溜め息をついた。
「だから、そんなに選択肢ないんだってば」
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