【三十話】苛めの犯人

「え…」

 花子が教室のドアを開けると、クラスメート達が、こちらを見ながら何やらざわついていた。



 何事かと教室に足を踏み入れると、花子の机がない。

「なんで…」



 花子が、クラスメート達に視線を向けるも、皆一様に視線を逸らす。

「ちょっと、誰がやったの?!」

 小百合が皆を睨みつけるが、皆は何も答えない。



「おーい、ホームルーム始めるぞー」

 担任が、やって来て、何事もなかったかのように、教卓に着く。

「あの、山田さんの机がないんですけど!」



 小百合が、強い口調で言うと、ビクッと肩を震わせて、なんとも情けない反応をしている。

「そ、そうか…じゃあ、空いてるのを使え」



 小百合が窓際の空いてる机を持って、花子の前に置く。

「ありがとう…」

 花子が席に着いたのを見届けると、小百合も席に着き、それを確認した担任は、出席を取り始めた。



 一限の授業が終えると、花子と小百合は、今回の一件について、話し合いをすることにした。

「どう思う?」

「どうって言われても…」

 小百合に聞かれて、花子は口ごもる。



「もしかして、また星空先輩のせい…?」

「私も思ったけど、安井と繋がってる可能性なんて…」

 花子は言いかけて、あるもう一つの可能性が浮上した。



「も、もしかして…」

「そう、星空先輩じゃなくて、取り巻きの中に、安井と繋がってる可能性があるとしたら?」

 花子は、奥歯を噛み締めた。

「まぁ、他にも可能性はあるかもしれないけどね」



 キーンコーン…。

 休憩時間終了の合図が鳴り響くと、小百合は席を立つ。

「まぁ、まだなんとも言えないけどね。あたしも色々探ってみる」

 花子は、ただ頷くと、教科書の準備をした。



 三限目、体育の授業の時。

 着替えようと花子がロッカーを開けると、体操着がボロボロに破られている。 



「ひっ、酷い…」

 花子が絶句していると、小百合は予備の体操着を花子に差し出した。



「とりあえずこれ着な」

「う、うん…」

 花子は、体操着を受け取り、ノロノロと着替えると、どこからか写真を撮る音が聞こえて振り返る。

 しかし、そこには誰もおらず、花子が身震いした。



「い、今写メの音しなかった?」

「うっそ、盗撮?きっも!」

 一緒に着替えてたクラスの子達が、口々に言う。



 花子は、立ち眩みがして倒れそうになったが、ここで負けてはダメだと、首を横に振る。

「行こう」

 小百合に声をかけると、花子は運動場へ向かった。



◇◆◇



 昼休憩、どこかの教室の一角で、とある三人組が、先程スマートフォンで撮った写真を確認しながら笑っていた。



「よくやった、ご苦労様」

「でもいいのかよ?こんなことして?」

「何言ってんの、斎藤、あんただって山田には恨みあるでしょ?」



「それはそうだけど…」

 斎藤と言われた男、斎藤隼人さいとうはやとは同調するも、良心が痛むのか、口ごもる。



「なんだよ、はっきりしないな。フられたこと悔しくないの?しっかも苗字が普通ってだけの意味分かんない理由でさ?」



「う…っ」

 斎藤は、言葉を喉に詰まらせると、星空は鬼のような形相で睨みつけて、強く壁を叩きつける。



「いい?あいつはね、あたしがバスケでやっと勝ち取ったメンバー入りを、奪ったの!今までどれだけ、しんどい思いをしたかも知らないで!だからあたしは、あいつを絶対許さない!!」



 花子を今回また苛めて来た人物の正体は、言わずもかな、星空星李ほしぞらきらりだった。

「そういえば、あんたの兄貴も山田に振られたんだっけ?」



「そうなのか?」

 星空と斎藤に聞かれて、もう一人の女は恨みの目で二人を見つめる。



「そうだよ。あいつにフられてからだ。兄貴の奴、ただでさえ仕事で精神崩壊してたってのに、あいつにフられて自暴自棄になって、引きこもってさ。あたしにも暴力振るうようになって、もう最悪!」



「そ、それ、別に山田が悪いわけじゃないんじゃ…」

「あ゛あ゛?なんだよテメェ、山田の味方すんのかよ?」

 まるでただの逆恨みのように聞こえて、斎藤はフォローするも、男は鋭く睨みつけて否定する。



 星空は、隠し撮りをした写真をある人物に送ると、悪意の強い笑みを浮かべる。

「送信完了ー♪今頃バイト先は大変なことになってるかもねー♪」

 教室に、星空の高笑いが響き渡った。



◇◆◇



「お疲れ様です」

 花子が、バイトにやって来ると、店長と喜多川は、同時に花子を一瞥した。



「どっ、どうしたんですか…?」

 花子が恐る恐る聞くと、店長が複数枚のコピー用紙を差し出した。



「こっ、これ…っ!」

 花子は思わず目を疑った。

 そこには、学校で着替えている写真が何枚も添付されていたのだ。



 店長は、溜め息をついて、怪訝な表情を花子に向ける。

「誰がこんなことやったのか、今調べてる。まぁ、一応立花さんにも確認したけど、違うみたいだった」



「もしかして、この間嘘のクレームつけた子?」

 喜多川に聞かれて、花子はビクッと肩を震わせる。

「分かりません…。一緒の学校じゃないし…」



 花子は、振り絞るような声で否定する。

 店長は、思考を巡らせると、ある提案をした。

「犯人がまだ誰か分からないし、君の心身も心配だ。犯人が分かるまで、暫く休むかい?」



「あ…っ」

 花子は、震える手を支えながら、大丈夫ですと言おうと口を開いたが、言葉が出てこない。

 そんな花子を見かねた喜多川は、花子の頭を優しく叩く。



「無理しちゃダメだよ。後のことは俺たちに任せて、山田さんは休みな」

 花子は、緊張の糸が切れたのか、大粒の涙をこぼした。

「店長、山田さん、今日、もう帰っていいですか?」

 


 花子の様子に、機転をきかせた喜多川が、店長に確認する。

「そうだね。今日は俺が変わるから、山田さんは帰って、ゆっくり休んで」

「俺、後ちょっとだから、待っててくれる?送ってあげるよ」



「あ、ありがとうございます…」

 花子は、なんとか力を振り絞って礼の言葉を紡いだ。



 喜多川が仕事を終えて、着替えると、花子の手を引き店を出手駐車場に向かうと、後をつけていたのか、三人組が花子と喜多川を囲った。



 喜多川は、そのうちの一人に見覚えがある顔がいて、冷ややかな目でその人物を見つめる。

「やっぱり、あんたの仕業か」



 喜多川に睨みつけられ、四人組の一人である安井が、喜多川に噛み付く。



「あ、喜多川さんだっけ?覚えててくれたんですかぁ?嬉しいなぁ」

 安井は、わざと感に触るような口調で、ちゃらけたように手を振る。



「そうでーす、その女に昔の恨みを晴らす為にやりました♪その女の着替えシーンを見れて、嬉しかったんじゃないですかぁ?」



 クスクスと、下衆い顔で笑う安井に、喜多川は、一層冷ややかな目で見下ろす。



「馬鹿にしないでくれる?俺が好きなのは、山田さんの綺麗な髪であって、着替え写真なんかに興味なんてないよ」

(何言ってんのこの人っ!!)



 まるで斜め上な発言で、さらっと自分の好みをカミングアウトする喜多川に、四人は心の中で同時に叫ぶ。



「って言うか、あんたもそいつのこと好きな訳?!」

 星空に突っ込まれて、喜多川は、フッと自嘲にも似た笑みを浮かべる。



「好きって言うか、まぁ過去形だけどね。でも、それが何?」



「は、ははっ、なんだよ、お前も仲間じゃん!だったら、こっち来いよ」

 斎藤に言われて、喜多川はピクリと眉間に皺を刻む。

「仲間?聞き捨てならないなぁ」



 先程までと違うドスの効いた声色に、斎藤達は背筋を凍らせる。

「確かに俺も山田さんにフられたよ。でも、恨みなんか全然ない。お前達と一緒にすんな」



 喜多川がそう言い捨てると、花子の手を引いてさっさと車に向かった。



 逆上した斎藤が、奥歯を噛み締めると、大声で叫ぶ。

「いい子ぶってんじゃねぇよ!お前だって、そいつの裸見れて、内心いやらしいこと考えてんだろ!!」



 喜多川は、斎藤の言葉を無視してエンジンをかけると、颯爽とその場を走り去った。



「くそっ!」

 斎藤は、悔しそうに地団駄を踏む。

「決まりだ、山田の奴、ダダじゃおかねぇ」

 斎藤は、喜多川に対する恨みの矛先を、全て花子に向けた。



◇◆◇



 翌日、今日も相変わらず陰湿な苛めから一日が始まった。

 一限目が終わった頃、花子は、隣のクラスの全く面識のない子に、呼び出されて、屋上に向かった。

 屋上に向かうと、誰もおらず、花子は不審に思い、引き返そうとした、その時。



「ははっ、馬鹿だなぁ、本当にノコノコ一人で来やがった」

 後ろから、斎藤の声が聞こえて、花子は勢いよく振り返る。

「あ、あんた、昨日の…っ!」



 花子は嫌な予感がして、慌てて帰ろうとしたが、あっさりと腕を掴まれ、足を振り払われると、冷たいコンクリートに打ち付けられた。

「へへっ、悪く思うなよ。全部お前が悪いんだからな」



 斎藤の舌が花子の舌を這う。

「いっ、いやっ、やめて!」

 押し寄せようとするが、花子の力ではまるで叶わない。

「大丈夫、中には入れねぇから」



 斎藤は、花子のワイシャツを思い切りまくり上げる。

 あらわになった下着に興奮してるのか、はぁはぁと荒々しい息を立てながら、花子の胸を揉む。

(やっ、やだ!)

 花子は、助けを呼ぼうと口を開くが、恐怖で声が出ない。



 斎藤はお構いなしに、花子のスカートに手を入れ、下着越しに秘部に触れる。

「ひゃ…っ!」

「へぇ、嫌がってる割に濡れてるじゃん…感じてんの?もしかしてこういう状況好きとか?」



 斎藤は、いやらしく花子のナカに指を差し入れようとした時、荒々しく屋上のドアが開いた。

「花ちゃん!大丈夫?!」

「げっ、百目鬼小百合っ!!」



 斎藤は、小百合に恐れおののいて、咄嗟に花子から離れる。

「ちっ、違うんだ、これは、その…っ!!」



 斎藤が必死で弁明するが、花子のあられもない姿を見て、小百合の怒りは頂点に達し、気がつくと、斎藤は宙を舞い、地面に叩きつけられた。



「消え失せろ、このクズ野郎!これ以上花ちゃんを傷つけたら、次は殺してやる!!」

 まるで鬼のような形相で、物凄い剣幕で叫ぶ小百合に、斎藤は情けなく尻尾を巻いて慌てて逃げて行った。



「大丈夫?花ちゃん!!」

 小百合は、花子の下半身を確認して、思わず背筋が凍った。



「も、もしかして、遅かった…?」

 花子は、力無く首を横に振ると、小百合は安堵の息をついた。

 花子は、小百合の胸を握りしめると、大粒の涙を流す。



「もう嫌っ!なんで私ばっかりこんな目に遭うの!なんで…っ!!」

 小百合は優しく花子を抱きしめると、落ち着かせようと背中を撫でる。



「今日はもう帰ろう。あたしも一緒に家まで送るから」

 そういうと、二人は、二限目が始まる前に、早退することにした。

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