【二十八話】新学期

長かった夏休みが終わり、新学期が始まった。

 けたたましいバイクのエンジン音が鳴り響き、何事かと花子は振り返ると、大型バイクに乗った二人組の一人が、こちらを目掛けて手を振っている。



「おーっす、花ちゃん、おひさー!」

 バイクの後ろに乗っていたのは、意外にも小百合で、ヘルメットを外し、長い髪をなびかせながら、いつも通りの軽い挨拶をする。



 インターハイやら、バイトやらで、お互い忙しくて夏休み中、あまり会っていなかった花子と小百合は、久し振りの対面である。


 

 小百合がバイクから降り立つと、ヘルメットを被った人物が誰かだいたい察しがつき、花子は、冷ややかな目でその人物を見る。



「で、なんで、秋山先輩がここにいるんですか?」

 花子は、違う学校にも関わらず、バイクを転がしてる秋山に、悪態をつく。



「なんでって、小百合ちゃん送ったに決まってんじゃん」

 当たり前のように言う秋山に、花子は苦笑いを浮かべる。

「そういえば、付き合うことになったんでしたね」



「そ。可愛い彼女をバイクで送り迎え、俺の夢でもあったんだー♪」

 朝っぱらから浮わついたことを言う秋山に、花子はそうですか、と軽くあしらう。



「あ、早くしねぇと遅刻する!それじゃ、また帰りに!」

「はーい、行ってらっしゃい」

  手を振りながら、送り出す姿は、まるで、新婚夫婦のようだ。



「お熱いことで」

 花子に揶揄されるも、小百合はお構いなしと言った態度である。

「いやぁ、電車通学と違って、バイク通学は最高だわぁ」



「あんなに嫌がってたくせに、すっかりラブラブになっちゃって。筋肉フェチはどうなったんだか」

「ああ、その話ね。いいんだ、もう。そりゃあまぁ、秋ちゃんだって、そこまでもやしって訳じゃないし、大事なのは中身だって気付いたから」



 全てを悟ったように、満面な笑みで話す小百合に、花子はやっと心から祝福したいと思えるようになった。



◇◆◇


 

 放課後、花子はバイトに行くと、神楽坂が、鞄の中を漁りながら、珍しく慌てふためいている。

「どうしたの?」

「財布、どっか落としたみたい…」



「珍しいね、神楽坂君が落とし物なんて」

「昼にはあったから、多分ここに来るまでなんだよなぁ…」

 神楽坂が、考えあぐねていると、藤田がやって来た。

「どうした?」



「藤田先輩!じ、実は…」

 花子が一部始終を説明すると、藤田がふむ、と顎を撫でて思考を巡らせる。



「分かった。一先ず店長に電話で伝えてみな。俺、暇だから、見つかるまで変わってあげる」

「本当ですか?ありがとうございます!」

 神楽坂は、礼を言うと、すぐさま店長に連絡して、慌ただしく店を出て行った。



 神楽坂が出て行った、三十分後、一人の人物が店にやって来た。

「いらっしゃいませー…あ、神楽坂君、お帰り、早かったね!」



 その人物は、キョロキョロと店内を見渡した後、花子の名前プレートを見てパッと明るい表情を浮かべる。



「君が山田さんだね?毎日楽人に話聞いてるよ!」

「え、楽人?」

 花子は、意味がわからず、首を傾げる。



「あれ、あいつ俺のこと話してなかったのか。俺、神楽坂神奈かぐらざかかんな。楽人の双子の妹」

「い、妹?!」



 神楽坂と瓜二つの顔を持ち、背も高く、短い黒髪のその人物は、女と言われなければ、男と見まごう程の容姿で、女の花子は、まるで雲梯の差で、理不尽だと思った。



「楽人、今日いないの?」

「お、お財布をどっかに落としたみたいで、さっき探しに行ったんだ」



「あちゃ、入れ違ったんだ。俺が昼に借りて返すの忘れたんだよね…」

「じゃあ、神楽坂君に渡しとこうか?」



「ほんと?じゃあ、お願いしようかな…」

 財布を取り出して、花子に渡そうとした時、バックヤードで発注作業をしていた藤田がやって来た。



「お、神楽坂、財布見つかったのか!」

「あ、いえ、この人は…」

 藤田は、花子の言葉を遮り、会話を続ける。



「じゃあ、俺、子供が急に体調崩しちまったみたいだから、今日は帰るわ!じゃあ、あと宜しくな!」

 藤田は、一息で言うと、タイムカードを切り、さっさと帰って行ってしまった。



 二人は暫し、口を開けてポカンとしていたが、急にレジに客が並び出した。

「すみませーん、レジお願いしまーす」



 客に呼ばれて、花子は慌ててレジに向かう。

「とっ、とりあえず、神楽坂く…神楽坂さんは、着替えて来て!」

「ええっ?!俺、部外者だけど大丈夫かよ?!」



「顔は神楽坂君とそっくりだし、本人ですって言い張れば多分大丈夫でしょ!」

「マジか!!」

 花子は咄嗟のことで頭が回らず、神奈にそう指示を出す。



 神奈は言われた通りに、素早く神楽坂の服を着替えてレジに立つ。

「いらっしゃいませ!」

「タバコ下さい」

「あ、55番ですね!」



 花子は、緊急で入ったにしては、手慣れている神奈に、呆気に取られる。

「すみません、唐揚げ下さい」



「あっ、は、はい!」

 花子は、すぐに我に帰り、注文通りのメニューを取る。



「あっ、あの!」

「いらっしゃいませ!」

 神奈は、中学生だろうか、小柄な女の子に声をかけられ、満面の笑顔で対応する。



「ずっと、気になってました!よっ、よかったら、連絡先交換して下さい!」



 神奈は、思いもよらない客に、一瞬目を見開いたが、憂い帯びた顔をすると、首を横に振った。

「ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど、俺、好きな子いるから」



 女の子は、目に涙を浮かべると、歯を食いしばって店を走り去って行った。



「かっ、神楽坂く…神楽坂さん、今のは…」

 花子は、流石にまずいと思って、歯切れ悪く口を開いた。

「え、だって、好きでもないのに告白されたって、付き合えないんだから、下手に期待させる方が駄目でしょ」

 はっきりと言われて、花子は、胸が微かに痛んだ。



「て言うか、君がそれ言う?楽人と付き合ってるくせに」

「へっ?!」

 花子は、突然の告発に、思わず素っ頓狂な声を上げた。



「いつ、誰が誰と付き合ったって…?」

「え、楽人と山田さんって付き合ってるんでしょ?」

 まるで話が噛み合わず、花子が混乱している。



「だって、楽人の奴、毎日楽しそうに君のこと話してるから、てっきり付き合ってるのかと…。あいつ、滅多に人の話なんてしないから…」



「そ、それって…」

「ごめん、山田さん!やっぱり見つからなくて、一旦帰って来た…」



 神楽坂が、小走りで店内には入ると、背筋が凍りつく。

「か、神奈!なんでお前が、ここにいるんだ?て言うか、なんで接客…っ!」

 あまりに突然のことで、神楽坂は気が動転する。



「つまり、藤田先輩が変わってくれたけど、突然、子供さんが体調崩したから帰って、丁度神奈がいたから、藤田先輩が俺と勘違いして、変わった、と…」



 神楽坂は、バックヤードに二人を呼びつけて、今までのことを聞くと、自分なりにまとめた。

「ごめん、私も咄嗟のことで、気が動転してて…」



「そうなんだよ!別に、山田さんが悪い訳じゃないんだ!」

 花子を庇い、弁明する神奈に、神楽坂は、とうとう堪忍袋の緒が切れた。



「そうだよ、全部お前が財布忘れたのが悪いんだよ!分かってんのか!」

「だっ、だからごめんって!」



 これ程にない神楽坂の様子に、流石の花子も、おそれおののいてしまう。

「ったく、やっちまったもんは仕方ねぇけど、どうすんだよ。バレたらクビだぞ…」



 神楽坂は、深い溜め息を付いた時、帰った藤田が帰って来た。

「おう、悪いな、急に帰っちまっ…」



 バックヤードに入るなり、藤田は、神楽坂兄妹を指差して。まるで幽霊でも見たかのような顔をしている。

「かっ、かっ、神楽坂が二人っ?!」



 三人は顔を見合わせると、先ほどまでの怒りはどこへやら、笑へと変わった。

「改めて初めまして、神楽坂神奈、楽人の妹です」



「い、妹…」

 藤田は、少し正気を取り戻したようで、まじまじとよく似た兄妹を見る。

「いや、それは悪かった。しっかしまぁ、ここまで美男美女の双子もいるもんだなぁ…」

 藤田は、顎を撫でながら、感嘆の声を上げる。



 「それで、神楽坂さんのことなんですけど…」

 花子は、一つの問題が解決したと判断すると、もう一つの問題を藤田に提起する。



 藤田も、ゴホン、と咳払いをして腕を組む。

「ま、まぁなんだ。気づかなかった俺も悪かったし、上には上手いこと言っておく」



 その言葉に花子達は、ほっと安堵の息をつく。

「それにしても、神楽坂さん、初めてにしては、凄い慣れてるからびっくりしちゃった」

「神奈でいいよ。神楽坂じゃ、楽人と混乱するだろ」

「あ、じゃあ、神奈…ちゃん」



 神奈は、満足そうな笑みを浮かべる。

「実はさ、俺も別のとこのコンビニでバイトしてんだよ。だから」



 花子は、事実を知って、なるほどなと納得する。

「でも、同じとこでバイトしようとは思わなかったの?」



 神奈は、少し不服そうな顔をする。

「いや、俺も本当は、ここが良かったんだよ。楽人の話聞いてたら楽しそうだったし。でも、こんなそっくりな奴がいたら迷惑かと思ってさ…」

 花子は、双子は双子なりの悩みがあるんだな、と感慨に浸る。



 神奈は、それに、と花子に、妖艶な笑みを向けた。

「違う店の方が、可愛い子にモテる倍率も上がるじゃん。楽人と一緒だと、ぜってー負けるもん」

「そりゃあ、お前は女で俺は男だからな。当然だろ」

 神楽坂は、腕を組み、恥ずかしげもなく言い切る。



「ああー、くっそー!なんで同じ顔なのに、いっつも楽人に負けるんだよな!可愛い子は皆楽人に取られるんだ!」

 神奈は、頭を抱えながら、悔しそうに声を上げると、花子を見つめて、腰を抱いて引き寄せる。



「でも、まだ付き合ってないみたいだし、俺にもまだワンチャンあるかも」

 花子は、思わずドキッと胸を高鳴らせて頬を赤らめる。



「ある訳ないだろ!お前女なんだから!」

「好きなら男も女も関係ないだろ、この馬鹿楽人!!」

 バックヤードで、客が見てないのをいいことに、二人は兄弟喧嘩を始めて、花子が止めようとした時、喜多川がやって来た。



「お疲れ様でーす。あっれー?神楽坂君って、双子だったんだ?妹?お姉さん?」

 会うなりあっさり神楽坂神奈を女だと見抜いた喜多川に、一同はギョッと驚く。



「びっ、びっくりした…喜多川先輩、こいつが女だって良く分かりましたね」

 神楽坂に意外そうに言われるが、喜多川はキョトンと小首を傾げている。



「え?普通にわかるっしょ?髪フェチな俺、舐めないでよ。髪を見たら、男か女か暗い分かるよ。凄く綺麗な髪だよね」



 満面な笑みを浮かべて、当たり前のように言う喜多川に、神奈は、思わず顔を真っ赤にさせる。

 喜多川は、神奈に近づき、髪を一房手に取る。



「凄く綺麗な髪だね。伸ばせば絶対美人なのに、もったいないなぁ」

「きっ、きっ、きっ、綺麗な訳ないだろ!!」

 大声で否定し、喜多川を勢いよく突き飛ばすと、物凄い勢いで走り去って行った。



「どうしたの?あの子?」

 首を傾げながら聞く喜多川に、全てを悟った一同は、ただただ苦笑いを浮かべた。

 

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