【二十七話】旅行(後編)

花子たちは、旅館に戻ると、食事の時間を楽しむことにした。

 その頃には、四人はいつもの空気を取り戻していた。 



「おおっ、美味しそう!」

 食事は、部屋で取るタイプで、海鮮料理がメインの豪華な食事が並んだ。



 皆は、一様に手を合わせて食事を始める。

「わぁ、さすが高級旅館!めっちゃ、美味しい!」

 花子は、普段滅多に食べることのない、鯛の刺身を口に含みながら感動する。



「お魚も凄い新鮮!」

 続いて、立花も鮪の刺身を味わいっている。

「やっぱり、他の皆も一緒に来れたら良かったなぁ」

「仕方ないよ、元々四人だけだったし」



 花子に残念そうに言われて、神楽坂は苦笑いを浮かべる。

「そう言えばさ、あっきーに聞いたんだけど、花子ちゃんの友達と付き合うことになったんだって?」

 唐突に、立花に振られて、花子はそうなんだ、と続ける。



「実はね、小百合も筋肉フェチで、ずっとそこにこだわってたみたいなんだけど、秋山先輩の押し負けたみたい」



「ふーん、皆それぞれいろんなフェチがあんのねぇ…」

 感慨に浸りながら立花が言うと、ふと思い立ったように声を上げる。



「そういえばさ、あんた達もそんなフェチあるの?花子ちゃんの苗字フェチは有名だから知ってるし、あたしが、泣き顔フェチなのは知ってると思うけど…」

 今更な質問に、三人は顔を見合わせる。



「あれ、立花先輩知らなかったんでしたっけ?」

 料理を取ろうとした手を止めると、神楽坂が顔をほんのり赤らめて気恥ずかしそうに、発言する。



「俺も、山田さんと同じ、苗字…と言うか、名前フェチなんだ。変わった名前が苦手な方の」

「マジか」



 立花が意外そうな顔をすると、望月も神楽坂に続く。

「俺は、咀嚼音フェチだ…」

「へ、へぇ…。あ、じゃあ、花子ちゃんを好きになったのも、咀嚼音がタイプだったから?」

「そうだな」



 立花が、暫し沈黙すると、満面な笑みを浮かべると、思い切り望月の背中を叩く。



「じゃ、せいぜい頑張んなさいな!お姉さんは応援してあげるから!少なくとも、あたしみたいにはなるなよ!」

 ゲホゴホと望月はむせ返る。

「いっ、いいんですか?立花先輩!だって、望月のこと…っ」



 花子が、慌てて反論しようとした時、立花に口を押さえて制された。

「余計なこと言うんじゃないの。あ、これも美味しい〜」



 自分の感情を殺して、料理を楽しむ立花に、花子は胸が締め付けられる思いになった。



◇◆◇



 食事が終わると、皆は風呂に入る準備を始めた。

「そういえばさ、お風呂、混浴だったよね」

 その単語に、一同は敏感に反応を示し、顔を真っ赤にさせる。



「お、おい、もしかして、本当に皆で入る気か?」

 動揺する望月に、立花はいやらしい顔をすると、望月にまとわりつく。



「あたしは別にいいけどぉ?ピチピチの女子の柔肌見たくない?」

 望月は、一層胸を高鳴らせると、思わず花子の裸を想像したのか、顔が茹蛸みたいになっている。



「みっ、見たくないかと言われれば嘘になるが…」

 うっかり本音を言ってしまった望月の頭を、神楽坂が鈍器のようなもので殴り、制する。



「おい、このケダモノ、何口走ってんだ」

「てめっ、神楽坂…っ、何しやがる…っ」



「なんだ、やるってのか?」

 掴みかかりそうになる二人を、慌てて花子が止めに入る。



「やめて、二人とも!もう、立花先輩が余計なこと言うから!」

「冗談だよ、冗談!混浴なんてしないに決まってるでしょ。さ、お先に失礼するよ」

 立花が、花子の腕を掴むと、そそくさと露天風呂に向かった。



「おお、満点の星空だ!」

「綺麗ですね!」

 星空を眺めていた花子は、ちらりと立花の白い肌をを見る。

「それにしても先輩、胸大きいですよね…」



「そう?よっしーに揉まれたからかなぁ?」

「え゛っ、先輩達って、そこまでの関係だったんですか?!」



「まぁ、嘘だけどね」

 さらっと、立花は悪戯な笑みを向けると、後ろから、花子の胸を鷲掴みにする。



「ちょっ、何するんですか!」

「うふふ〜、この胸を神楽坂と望月、どっちが堪能できるのかなぁって」

 花子は、耳まで顔を真っ赤にする。

「せっ、先輩っ!!」



 立花は、花子の胸を揉む手を止めると、ポツリと呟く。

「ねぇ、いい加減、その先輩ってのやめない?」

「え?」

「あたし達さぁ、もう友達じゃん?だからさ、名前で呼んでよ」



 花子は、暫し口をつぐむ。

「もしかして、友達なんて思ってない…?」

「そっ、そんなこと…」



「まぁ、そうだよね。いじめてた奴だもんねぇ。でもそれはさぁ、花子ちゃんが可愛いからやったことだしさぁ…」



 立花は、花子の肩に顔を埋めて胸をいやらしい手つきで揉みながら言う様子に、言ってることと行動が伴っていないような気持ちになる。



「じゃっ、じゃあ、六花…ちゃん…」

 気恥ずかしそうに名前を言うう花子に、立花は満足げに笑う。



「上出来!」

 そう言うと、立花は、掛け湯をしてから湯船に浸かる。

「おお〜、いい感じの温度だよ。花子ちゃんもおいで〜」

「う、うんっ!」



 花子は、慌てて掛け湯をすると、湯船に体をつける。

「ほんとだ、気持ちい!」

「でしょー」

 花子は、まるで何事もなかったかのように振る舞う立花に、ふと聞いてみる。



「ねぇ、せん…六花ちゃんは、望月のどこが好きになったの?」

 先程まではしゃいでた立花の表情が陰る。



「その話はいいって言ったじゃん」

「…友達にも、本当のこと、教えてくれないんですか?」



 立花は、揚げ足を取られたような気がして、唇を尖らせる。

「そんなこと知ってどうすんだよ。望月が好きなの、あんたなのに」

「やっぱり、好きなんですね」

「うるさいなぁ。そうだよ、好きだよ。ついこの前まで、よっしーのこと好きだったのにって思う?」



 花子は、首を横に振る。

「秋山先輩もそうだったけど、あたしをフってから、小百合を好きになるまで三ヶ月も掛からなかったんですよ。でも、あの短期間で、あれだけ好きになれるなら、期間なんて関係ないって思います」



 立花は、憂い帯びた顔をすると、体を丸めて、望月に思いを馳せる。



「望月君が好きだって思ったのは、お祭りの時に、号泣してた時。凄く綺麗な泣き顔だなって思ったんだ」

 花子は、驚くこともなく、声を上げて笑う。



「やっぱり、ブレませんね、六花ちゃんは!」

「そう言う花子ちゃんこそ、神楽坂君が好きなの、苗字が好みだったんでしょー?」



 立花が、むくれながら言われて、少し顔を赤めながら頷く。

「そうですよ。おまけにかっこいいし、優しいから、本気で好きになったって言うか…」



「あーあ、望月の奴、かわいそ」

 呆れ気味に立花が言う。



「でも、最近思うんです。本当にそんな理由で好きになっていいのかなって…」

 暫し、沈黙する花子に、立花が、ふと空を見上げる。

「いいんじゃないの、別に。好きに、特別な理由なんかないでしょ」

 花子は、ハッと息を飲む。



「と言うか、そのフェチを貫けるんだから、それはもう才能でしょ」

「才能…」

 立花の言葉を反復すると、花子は、立花に抱きついて、豊満な胸を鷲掴みにする。



「ちょっ、何すんのっ」

「えへへ、さっきのお返し♩やっぱ、大きいですね♩」

「もう、そんなこと言うと、また揉むぞ!」

「やだやだ、くすぐったい!」



 花子と立花が、暫くお互いの体を堪能していると、出てくるのが遅いので、男性陣はいよいよ痺れを切らし始めた。

「お、おい…、流石に遅くないか?」



 なるべく、露天風呂側を見ないように勤めていた望月が、心配そうな顔をする。

 露天風呂は、ガラス張りのオーシャンビューになっている為、それだけを隠す為の方法がないのである。



「普通だろ、女の風呂は長いんだよ。俺の妹もそうだから」

「そうか、俺一人っ子だから、そう言うの分からねぇから…」

「そうかよ」



 望月は、神楽坂の態度に、あえて突っ込むつもりもなかったが、この際と、聞いてみることにした。



「お前、やっぱり、俺といる時と山田達といる時と、態度違うよな」

 神楽坂は、自覚がなかったのか、言葉を詰まらせる。

「と言うか、それが素か?」

「聞いてどうすんだ、そんなこと」



「いや、疲れねぇのかなと思ってな」

「別に、素で好きな子を幻滅させるくらいなら、相手の理想を演じた方がいいだろ」



「…幻滅させたことがあんのか?」

 神楽坂は、古傷が痛み、暫し悩んだが、ポツリポツリと紡いだ。



「昔、付き合ってた子がいてさ。俺から好きになった子だったんだけど。告白したら、顔が好みだからいいっていわれて付き合うことになって。でも、付き合ううちにだんだん、すれ違うようになってさ。そんで、その子、最後になんて言ったと思う?」



 望月の反応を伺うと、返事を待たずに続ける。



「イケメンだったから付き合ったのに、全然タイプじゃない奴で幻滅した、だってさ」

 自嘲気味に話す神楽坂に、望月は目を見張った。



「だから、色々研究して、どんな子にも好きになって貰えるように努力したんだよ」

「なるほどな…」



「でも、不思議だよな。山田さんは、そんなの全然関係な付き合えそうな気がするんだ」

 先程まで張り詰めていた神楽坂の空気が、柔らかくなったのを感じ、望月は眉をひそめた。



「悪いけど、譲る気はねぇからな」

 真剣な眼差しの望月に、神楽坂は目を丸くすると、フッと強気な笑みを浮かべた。

「当然だ」



「お待たせ〜、上がったよ〜!」

 花子に声をかけられ、神楽坂と望月は、思わずビクッと肩を震わせる。

「どうしたの?」

「なっ、なんでもないよ!」



 珍しく動揺してる神楽坂に、立花が、悪戯な笑みを浮かべる。

「はは〜ん、もしかして、覗いてたな?」

「ええっ?!」

 花子に、軽蔑の眼差しを向けられ、神楽坂が即座に否定する。



「何言ってんですか!そんなことないですよ!」

「怪しいなぁ、やっぱり一緒に入りたかったんでしょ」

 耳まで顔を真っ赤にさせる神楽坂に、立花がさらに追い打ちをかける。



「いやぁ、花子ちゃんの胸、気持ちよかったよ〜。サイズ、教えてあげよっか?」



 立花が、両手をいやらしく動かしながら言う。

「ちょっと、六花ちゃん!それ以上言うとほんとに怒る…っ!」



 花子も赤面しながら、声を荒げて、立花に近づこうとしたが、浴衣の裾を踏んでしまい、勢いよく頭から転倒した。

「あっ、危ないっ!」



 咄嗟に、一番近くにいた神楽坂と望月が、同時に支えようと手を伸ばしたが、もつれ合い三人とも転倒した。

 その反動で浴衣の紐が解けて、花子の白い肌が顕になり、神楽坂の手が花子の胸を掴み、望月は花子の下敷きになっている。



「ごっ、ごめん、わざとじゃ…」

 神楽坂が全てを言う前に、花子は、神楽坂と望月に盛大なビンタを喰らわした。

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