【二十四話目】夏休み

テスト期間も無事に終わり、待ちに待った夏休みがやって来た。

 花子やバイトをしている人達は、バイトに明け暮れる日々となる。



「お祭り?」

「そう、明後日のお祭り、皆で行かないかって、話してたの」

 花子は、昼、バイトに向かうと、バックヤードでは、一緒にシフトに入ってる綾瀬と、朝勤務組が、夏祭りのチラシを見ながら話していた。



「いいですね!皆って、綾瀬先輩達も来るんですか?」

「もちろん、夏休みは、少し余裕あるからね。久し振りに皆と遊びたいしさ」



 花子は、綾瀬に手渡されたチラシを見ると、なかなか有名なお笑い芸人や、バンドが名を連ねている。

「あ、結構有名なバンドも来るんですね!」



「そ、県内でも結構おっきなお祭りだからね。浴衣着てさ、どう?」

「浴衣…」



 花子は、神楽坂の浴衣姿を想像すると、綾瀬が、まるで花子の心を読んだかのように、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。



「神楽坂と浴衣デート、できるかもよ」

「ばっ、べっ、別にそんなこと期待してません!!」

 花子は、顔を真っ赤にさせて、きっぱりと否定する。



「あはは、分かりやすいなぁ〜。あ、でも、望月の浴衣も似合いそうだねぇ」

 綾瀬は、面白そうに笑うと、ふむ、と顎に手を当てて望月の浴衣姿を想像する。



「あ、でも、私、浴衣持ってない…」

「それなら大丈夫だよ。俺の専門学校、衣装で浴衣もあるから、貸し出しできるし」



 喜多川が、ここぞとばかりに提案すると、スマートフォンで、サイトを検索し、その一部を花子に見せる。

「どんなのがいい?」

「わぁ、可愛い!」

「俺だったら、青とか似合うと思うなぁ」



 喜多川に、青い浴衣を見せられると、花子は、ほう、と溜め息を漏らす。

「ええ〜、何言ってんの、やっぱ女の子は赤でしょ」



 綾瀬が、北側の意見を否定する。

「何言ってんの。今時そんなの、時代遅れだよ。今の時代は、そんな固定概念なんか捨てなきゃ」



 喜多川に強く言われ、綾瀬は唇を尖らせる。

「じゃあ、望月は何が似合うと思うー?」

 綾瀬は、花子より先に更衣室で着替えていた望月に話かける。



「俺は、断然緑ですね」

 望月は、カーテンを開けるなり、そう断言した。

 意見は完全に割れてしまい、花子は苦笑いを浮かべる。

「ふーん、望月は白、と。神楽坂はなんて答えるかなぁ〜」



 喜多川は、いつの間にアンケートを作っていたのか、緑の項目にチェックを入れる。

(アンケートとか取ってたのか…)

 花子は、関心すると、更衣室に入って行った。



「そうそう、さっきの話なんだけど、望月も来るっしょ?」

「そうですね、バイトの都合さえ合えば」

「じゃあ、浴衣どうする?」

「そうですね、お願いしてもいいですか?」

「りょーかーい」



 いつの間にか、すっかりバイトメンバーと馴染んでる望月に、花子は少し意外だった。

「じゃああとは、立花にも聞かなきゃだけど、読んでいいよね?」



 綾瀬が、喜多川から全ての事情を聞いたようで、念の為確認する。

「いいよ、今はただいいバイト仲間だから」



 喜多川は、相変わらずの態度で、花子はなんとも言えない気持ちになった。

「それじゃあ、俺はそろそろ帰るね、お疲れ様ー」

 喜多川は、軽く片手を上げるとさっさと帰って行った。



 喜多川の後ろ姿を見送ると、花子は恐る恐る綾瀬に、喜多川と立花のことを聞いた。

「あの、喜多川先輩、ああ言ってますけど、やっぱり、復縁したりはないんですか?」



 綾瀬は、深く溜め息をついて、頭に手を回す。

「まぁ、事情が事情だけに仕方ないよ。他人のあたし達がどうこう言うことじゃないっしょ」



 もっともな意見に、花子は綾瀬に同意するしかなかった。

「すみませーん」

「はーい!」

 花子は、客に声をかけられ、駆け足でレジに向かった。



◇◆◇



 祭りの日当日。

「わぁ、混んでるねー!」

 花子は、喜多川に着付けて貰った、紫の浴衣に身を包み、祭り会場を見渡した。



「結局、神楽坂は、紫を選んだ、と」

 同じく、青い浴衣に身を包んだ綾瀬が、花子を見るなりそう結論づけた。



「まぁ、紫も悪くないよねぇ。あいつもなかなか見どころあるじゃん」

 マジマジと、花子を見ながら綾瀬が言う。



「こんにちは。浴衣、よく似合ってるよ」

 遅れて、浴衣姿に身を包んだ神楽坂と望月が現れ、花子は思わず見惚れて、ほう、と溜め息をついた。



 望月も、見惚れているのか、うっすらと顔を赤ながら、花子を見ている。

「ありがとう。神楽坂君達もすごく似合ってるよ!」

「そう?ありがとう」



「そう言えば、あっきーは来てないの?」

 立花に聞かれて、花子も、少し残念そうに俯く。

「みたいですね。なんか、小百合と別行動したいみたいです」

「ええ〜、それって抜け駆けじゃん、ずるい〜」



 頬を膨らませて文句を言う、立花に、花子は苦笑う。

「まぁいいじゃん。それよりどうする?花火までまだ時間あるよ?」

「せっかくだし、屋台回ろうよ。皆何食べたい?」

 喜多川に提案されて、皆は、考える。



「焼きそば!」

「りんご飴!」

「イカ焼き!」

「フランクフルト!」

「たまごせんべい!」



 とバラバラの答えが返って来て、喜多川は、バラバラじゃん、と溜め息を付く。



 仕方なく、皆は、一軒一軒店を回ることにした。

「あれ、あなた確か…」

 花子達が、フランクフルトの前で立ち止まると、自分のことを学年二位で、花子をライバル視していた、桂木が、売り子をしていた。



「えっ、何?知り合い?」

 綾瀬に聞かれて、花子は、同級生だと説明する。

「たっ、ただの同級生じゃないわ!学年二位で、山田さんの永遠のライバルよっ!」

 桂木は、聞かれてもないのに、捲し立てる。



「こっ、今回は勝ったからって、お祭りを楽しむなんて、いいご身分ね。さぞかし、次のテストは余裕なんでしょうね」

 喧嘩腰に言われて、花子は、お互い様じゃあ、と呆れる。

「そんなこと言って、自分だって、楽しんでんじゃん」



 フランクフルトを食べながら、喜多川が花子が敢えて言わなかったことを、しれっと言う。

「なっ、違います!これは、店の手伝いで…っ」

 途中でいいかけて、桂木は、咄嗟に自分の口を手で覆う。



「店…?」

「なっ、なんでもないわ!とにかく、次こそは、絶対学年一位になってやるから、覚えてなさい!」

 人差し指を花子に突きつけると、桂木は何度目かの啖呵を切った。



「なんか、大変だね、山田さんも」

「ま、色々ね…」

 フランクフルトを手に、二人は苦笑いを浮かべる。

 


 あっという間に、食べ終わった頃、喜多川のスマートフォンが鳴った。

「ごめん、大学の友達からだ」



 どうやら、大学の友達とも遊ぶ約束をしていたようで、喜多川は一旦退席することになった。

 残された四人は、少し名残惜しそうではあるが、他の店を回ることにした。



 人混みの中を歩いてると、花子は、後ろから背中を押され、体勢を崩しそうになる。

「大丈夫か?」

 すかさず、望月が花子の肩を抱いて引き寄せる。



 神楽坂が、眉間に皺を寄せながら、二人を見つめるが、綾瀬達がいる手前、本心を隠す。

「おや?いいのかな?山田ちゃん、望月に取られてるよ」



「なんのことですか?ほら、次行きますよ」

 あくまでも、いつもの甘い顔を貼り付けて、平静を装いながらも、つい早歩きで、先に進む。

「無理しちゃって、可愛い奴め」



 綾瀬が悪戯っぽく笑っていると、不意に道端で泣いてる子供を見つけた。

「あれ、もしかして迷子かな?」

 立花が、座り込むと、優しく頭を撫でた。



「よしよし、もう大丈夫だよ。お姉ちゃん達が、お母さんに会わせてあげるから」

「へぇ。あんた、子供の泣き顔には反応しないんだ」

 綾瀬に、意外そうに言われて、立花は、表情を引きつらせる。



「あたしをなんだと思ってんの!」

「泣き顔フェチの、変態娘」

「あんたに、言われたくないわっ!」

 喧嘩し始めた二人を見て、一層子供が泣き出してしまった。



 その様子を見ていた望月の顔色が、急に悪くなり、口を押さえて、うっすらと涙を浮かべているのに、花子が気付く。

「望月、どうしたの?顔色悪いよ?」

「あ、いや、大丈夫だ…」



 皆よりも先頭を歩いていた神楽坂が戻って来ると、子供を肩車させた。

「子供は俺が、面倒見るから、山田さんは、望月のこと頼む」



「あ、じゃあ、あたしも望月君と一緒に行く。花子ちゃんだけじゃ大変でしょ?」

「分かった。じゃあ、終わったらあとで、連絡するから」

 そう言うと、花子と望月と立花、神楽坂と綾瀬は、別行動を取ることになった。


 

◇◆◇



 花子達は、なるべく近くの休憩所で休むことにした。

 立花は、飲み物を買いに行っているので、今は二人きりで、望月は、花子に膝枕をされている。

「悪いな、迷惑かけちまって…」

「私はいいけど…」



「やっぱり、まだダメだな。忘れたと思ったんだけど…」

 望月が、肩で呼吸をしながら、ポツリポツリと話す。

「ダメなんだ…。子供の泣き顔見ると。昔の自分を思い出しちまって…」

 花子は、特別何を言うでもなく、ただただ望月の話に耳を傾ける。



「強く、なったつもりだったんだ…。その為に似合わないスポーツなんかして鍛えたんだ。でも、まだ無理みたいだな…」

 不意に、望月のこめかみに、一雫が伝う。

「飲み物、買って来たよ!結構売り切れてたから、これしかなか…っ」



 やっとの思いで、飲み物が手に入った立花が帰って来ると、立花は急に足を止めた。

 膝枕で寝ていた望月の顔が、涙であふれている。

「あ、立花先輩、お帰りなさい。ほら、起きれる?」

「ああ…」



 望月は、涙を拭いながらゆっくり起き上がる。

「立花先輩?」

 顔を赤ながら、呆然と立ち尽くしてる立花は、花子の声に反応して、我に帰る。

「あっ、ごめん、なんでもない!はい、これ。飲める?」



 立花は、ペットボトルのキャップを開けて、飲み物を渡す。

 望月は、喉に流し込むが、なかなか涙が止まら図、どうしたらいいか、二人は困惑する。

「ほっ、本当に大丈夫?病院行く?」

「いや…、その必要はない…」



 望月は、深呼吸してから、ゆっくりと続ける。

「こんな時に悪いが、なんか食っててくれないか?」

「へ?」

 突然の申し立てで、花子達は、同時に素っ頓狂な声を上げた。



「知ってるだろ、俺が咀嚼音フェチなの…。だから、それ聞いたら落ち着くから…」

 花子は、思わず凍りついてしまった。

「そうね、あんた、そんなキャラだったわ」

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