【二十三話】テスト勉強

夏休み前、学校のホームルームで、明日からテスト期間であることが発表された。

「テスト期間かぁ〜…花ちゃんはいいよね。勉強できるからさ。あたしなんか、赤点こそないけど、結構やばいんだよねぇ」

 小百合が、用紙を睨みつけながら、文句を言っている。



「何言ってんの、あんたあたしが元々勉強苦手で、人より何倍もしてるの知ってるでしょ」

「何にも聞こえませーん!」

 小百合は、耳を塞いで、知らん顔を決め込んでいる。



「山田さん、なんか呼ばれてるよ?」

 クラスの話したこともない子に声をかけられ、花子は、入り口に視線を向けると、初めて見る女子生徒がいて、花子を睨みつけている。



「な、何ですか…?」

 女は、黒髪に眼鏡をかけていて、明らかにガリ勉タイプだった。

 女は、花子がまるで、自分のことを初めて見るような顔で見るので、不服そうな顔をする。



「なっ、何って失礼ね!あなた、私のことくらい知ってるでしょ?!」

 花子は、全く身に覚えがなく、眉をひそめる。

「まっ、まぁいいわ。知らないのなら教えてあげる。私の名前は、桂木桂子かつらぎけいこ。中学の時から、常に学年二位で、今は隣のクラスの、学年二位の女よ!」



 

 フフン、となぜか得意げに鼻を鳴らす桂木に、そこまで言われて、やっと花子は、認識した。

「その、学年二位の桂木さんが、私に何か?」

 学年二位を強調され、桂木は、一瞬言葉に詰まるも、ビシッと人差し指を突きつける。



「言っておくけど、今回こそは、あなたを負かして学年一位になってやるから!」

 そう啖呵を切ると、桂木は満足したのか、身をひるがえして去って行った。

(めんどくさ…)

 花子は、盛大な溜め息をついた。



◇◆◇



「テスト期間?」

「はい…。なので、来週から一週間、バイト休むことになります」

 花子は、バイトの帰り、店長に伝えた。

「そう言えば、神楽坂君も、今週からテスト期間じゃなかったっけ?」



 神楽坂は、昨日の今日なのに、まるで何事もなかったかのように、シフトを確認していた。

「そうですけど、テストなんて、毎日予習復習してれば、普通に点数取れますよ」

 全く悪気はないのだが、その言葉が鋭く花子に付き刺さった。



「そ、そういえば、神楽坂君って、学校も結構いいとこだったっけ?」

 秋山から聞いた話ではあるが、お金持ちな上に、学校もなかなかの名門校に通ってるらしい。

「あれ?山田さん、勉強苦手だったっけ?」



 言ってしまえば、花子は元々勉強が得意な訳ではなく、今の地位も、望月を見返したいと言う一心であり、実は人の何倍も努力しなければ、手に入れることができないくらいの頭脳なのだ。



 それでも、なんとか、学年一位を死守してきたのだが、ここ最近、恋愛に釜かけていたからか、学年四位まで下がってしまったのだ。



「なるほどねぇ。でも、それでも学年四位は凄いと思うけど…」

 言われてみれば、確かに、馬だ付き合ってすらいないにしても、こうして、神楽坂と言う理想の男性に巡り会えたのだから、もうそこまで勉強する必要もないのではないかとも、思ったのだ。



「それが、なんか、中学の時からずっと私を目の仇にしてた子がいて、その子に、見損なったとか言われちゃって…」

「ふーん…」

 神楽坂は、顎を撫でながら、暫し考える。

「だったらさ、一緒に勉強しない?教えてあげるよ?



「えっ?!」

 思いがけない提案であるが、あんまりにも態度が変わらなさすぎて、花子は戸惑う。

「苦手な科目は?」

「えっ、えっと、理科と英語…」



「それなら、得意だから大丈夫だね。明日、バイト休みでしょ?」

「じゃっ、じゃあ、宜しくお願いします…」

「了解。じゃあ、明日、俺ん家で集合でいい?」

「えっ、神楽坂君の家?!」



「それ、俺も参加して良いか?」

 先程まで、仕事していた望月が、いつの間に立ち聞きしていたのか、会話に割って入って来た。



「ちょっ、話聞いてたの?!」

「ホットスナック揚げてたら、勝手に聞こえて来た」

 真顔で言う望月に、花子と神楽坂は、溜め息をつく。



「じっ、実は俺も、勉強は苦手で、教えて貰えるような友達もいなくてな…」

 どうやら、嘘ではなく、本当のことらしく、信じた花子は、そういうことなら、と神楽坂に聞く。



「や、山田さんがいいならいいけど…」

 少しいい淀むと、花子は笑みを浮かべて、約束を取り付けた。

「じゃあ明日、十六時に神楽坂君家に集合ね」



◇◆◇



 花子と望月は、学校の帰り、電車に十分ほど揺られて、神楽坂の家に辿り着いた。

 金持ちとは聞いていたが、改めて目の前にすると、二人は思わず言葉を失ってしまう。



「さ、入って。家、誰もいないから」

 心臓が飛び出るほど驚いて、足まで震えてしまう。

「おっ、お邪魔します…っ」

 花子と望月は、頭が真っ白になりながらも、なんとか言葉を搾り出す。



「あ、これ…つまらない物ですけど…っ」

 花子に菓子折りを手渡されて、神楽坂は、微笑みながら受け取る。



「ありがとう」

「神楽坂君、甘いの苦手って言ってたから、おせんべいにしたの…」



「ありがと。俺、せんべい好き」

 玄関に入ると、綺麗に手入れが行き届いていて、西洋の調度品や、高級な額縁に飾られた絵画が飾られていて、一層緊張してしまう。



「俺の部屋、二階だから、案内するね」

 神楽坂は、軽快な足音を立てて、これまたおしゃれなデザインの階段を登って行く。

 神楽坂が、一番手前の部屋で止まり、ドアを開ける。



 部屋を開けると、淡いピンクやら白やらで統一され、飾りっ気すらほとんどないものの、男性の部屋にしては、少し女性的な空間が広がっていた。



「お茶、用意するから、ちょっと待ってて。望月も、コーヒーでいいよね?」

 二人は、同時に頷いた。



 花子は、あまりにイメージとは違う部屋に、興味をそそられながら、部屋の真ん中にあるテーブルを見つけ、ドア付近に腰を下ろした。


 

 望月は、特に変わった様子もなく、平然と座ってコーヒーを待つ。


 部屋を見渡すと、ところどころに、女好きの思想な可愛い小物とか、ぬいぐるみやらが置かれている。

 本棚を見ると、芸術や絵画の本や、外国語で書かれた小難しそうな本が並んでいる。



「お待たせ」

 花子は、急に声をかけられ、思わずビクッと肩を振るわせ、体勢を整える。

 神楽坂は、淹れたコーヒーを花子の前に置く。

「あっ、ありがとう」



 神楽坂は、自分の場所にコーヒーを置くと、花子の前に座った。

「女みたいな部屋って思った?」

 まるで見透かされたように言う神楽坂に、花子は、心臓が飛び出そうになる。



「そっ、そんなことないよ!ちょっと意外だったけど…」

「俺は、別に、そういうのどうでもいい」

「あ、そう」



 神楽坂は、望月に冷めた声で答えたあと、花子に優しく微笑んで、ポツリポツリと話し出した。

「今まで付き合った子はさ、皆それで別れちゃったんだ。どうにも、イメージが全然違うみたいでさ」

 不意に、悲しそうに目を細める神楽坂に、花子は、少し胸が痛む。



「俺、昔から、こう言う可愛いものが好きでさ。親にもっと男らしくしろって言われて、努力はしたんでけどね。無理だった。まぁ、逆に、女性が好きそうな物とか分かるようにはなったから、そこはプラスだとは思ってるんだけどね」



 花子は、今まで、紳士的な振る舞いは、そう言う裏があったからなのかと、妙に納得した。



「山田さんは?」

「へっ?」

 唐突に聞かれて、花子は、上擦った声を上げる。

「山田さんは、こんな俺を見て、どう思った?」



 真剣な神楽坂の表情に、花子の鼓動は、無意識に早くなる。

「わっ、私も…っ、苗字フェチって言う変なフェチがあるし、人の趣味嗜好をとやかく言える立場じゃないって言うか…」



 花子は、自分なりに、相手を傷つけないように、言葉を選びながら話す。



「神楽坂君だけじゃなくて、小百合…わ、私の親友だって、筋肉フェチだし、喜多川先輩だって髪フェチだし、極め付けに立花先輩なんか、泣き顔フェチだし、皆を見てたら、趣味嗜好は人それぞれで、迷惑かけなければいいかなって、思いました…」



 まるで読書感想文かのようにしめくくると、神楽坂は、いつもの大人びた笑みではなく、子供のような、無邪気な笑みを浮かべた。


 

「そっか。そう言えば、お互い苗字フェチだったね。忘れてた」

 花子は、初めて見る表情に、先程やっと鳴り止んだ鼓動が、また高鳴った。



「俺は別にどうでもいいな。他人の趣味嗜好なんて、他人が干渉する物でもねぇし」

 意外と大人びた考え方に、花子は少し感心する。

「お前の意見なんて聞いてないよ」



 そう言いつつも、神楽坂の口元は、どこか笑ってるようにも見えた。

「さ、勉強するよ。理科と英語、どっちがいい?」



 急に勉強の話になり、花子は今日の目的を忘れていた訳ではないが、急に現実に引き戻されたような気になった。

「どっちでもいい」



「じゃ、英語からしよっか」

 神楽坂は、教科書と、ノートを取り出して、テスト範囲を開いた。



 神楽坂の教え方は、とても丁寧でわかりやすくて、いつも解けない問題も、気持ちよく解けた。

「すっごい!神楽坂君、分かりやすい!」

「それは良かった」

 神楽坂が、満足げに言う。



「た、確かに分かりやすかった…」

 望月も、珍しく仏頂面に、分かりやすく驚いている。

 その時、花子のスマートフォンが鳴り、画面を確認すると、母親から緊急の電話だった。

「ごめん、ちょっと緊急みたいだから、席外すね」

「いってらっしゃい」



 二人は、花子が出ていくのを見送ると、神楽坂が、頬杖を付きながら望月を一瞥する。

「で、本当はどう言うつもりな訳?」

「何がだ?」

 真面目にシャーペンを走らせながら、望月が聞く。



「とぼけるな。勉強できないなんて嘘だろ」

「何を言ってるのか分からねぇな」

「本当は、俺と山田さんの邪魔しようと思ったくせに」

「…そう思うならわざわざ呼ばなきゃ良かっただろ」



 先程まで迷わず走らせていた手が、僅かに一瞬止まったのを見逃さなかった神楽坂は、やはり嘘だと推測した。

「やっぱり嘘か。せっかく二人きりのチャンスだったのに」



「それならお前の方がチャンスは多いだろう。俺なんか、基本朝だけだから、会うチャンスすら少ねぇんだぞ」

「まぁ、それはそうか」



 神楽坂は、何故か勝ち誇ったような顔をしている。

「で、さっきの話だけど、本音はどうなんだよ?」

「何がだ」

「俺の可愛いもの好きな趣味」



「その話か。さっき言った通りだ。他人の趣味嗜好なんて、他人がとやかく言う権利はねぇだろ」

「…そうか」

 それから、二人はただ黙々とシャーペンを走らせながら、花子の帰りを待った。



◇◆◇



「終わったーー!!」

 それから二週間後、ようやくテスト期間が終わった。

 神楽坂のおかげで、なんとか学年一位は死守できそうだ。

「小百合はどうだったー?」



「んー、まぁまぁかなぁ。これでダメなら、秋山先輩を恨むわ」

「ん?何?いつの間に、秋山先輩に教えて貰ってたの?」



「そう!もう聞いてよ、これがびっくりでさ!秋山先輩、実は結構頭良くて、めっちゃ分かりやすかったんだよ!」

「へ、へぇ…」



 花子は、神楽坂のことで、頭がいっぱいで、秋山も勉強ができることを初めて知り、言葉を失ってしまった。

 

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