【二十二話】ライバル

その五日後の土曜日、この日は初めての神楽坂と望月の対面の日である。

 花子は、そわそわしながら店に向かうと、店内は客でごった返していた。



「「いらっしゃいませ!!」」

 店に入るなり、神楽坂の甘い声と、望月の重低音が綺麗に重なる。

 店内は、神楽坂が初めて来た時以来の盛況っぷりである。



「お疲れさま〜」

 花子は、人ゴミの中をかき分けるように、バックヤードに入る。

(望月が来てから、高齢者のお客さんが増えたよなぁ…)



「や、お疲れ〜!」

 バックヤードに入るなり、久しぶりに仕事に来ていた綾瀬が、軽く手を上げて挨拶をする。

「綾瀬先輩、お久し振りです!」

「それはいいんだけどさぁ、久し振りに来たら、新人が増えててびっくりなんだけど」



 花子は、どう説明すればいいものかと、苦笑いを浮かべる。

「秋山君からチラッと聞いたんだけど、あいつが例の、昔あんたを苛めてた奴?」

「は、はい…」

「で、よくよく話を聞いたら、好きだったが故に苛めてた、と…」



「みたいです…」

「神楽坂は、それ知ってんの?」

 言われて、花子は、そう言えばと思考を巡らせる。

「多分、知らないと思います…」



「ふーん…。で、あんたはどうするの?」

「どうするって言われても…」

「ダメよ〜、あんまり情に流されすぎちゃあ」

 花子は、図星のようで、思わず、ドキッと息が詰まる。



「お疲れ様です、お久しぶりですね、綾瀬先輩」

 最後の客を捌いた神楽坂が、望月を連れて、バックヤードにやって来た。

「大学一年の、綾瀬綾子先輩」

 神楽坂に紹介されると、望月が、ぺこりと頭を下げる。



 案外仲の良い二人に、綾瀬は意外そうな顔をする。

「へぇ、なんだ、二人結構仲良いんだ?」

「そうなんですよ、望月君、覚え早いし、重い物とかも率先して持ってくれるから、結構助かってます」

「ほぉ〜、それじゃあ、神楽坂のが、つけられてる感じ?」



「そう言う時もありますね」

 綾瀬は、神楽坂と望月を一瞥すると、遠回しな質問をする。



「じゃあさ、二人はもうお互いのことを知ってる訳だ?」

「なんの話ですか?」

 神楽坂が、目をパチクりさせながら聞くと、綾瀬がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、花子に絡み付く。



「実はね、神楽坂も望月も、二人共、山田ちゃんのこと好きなんだってさ」

 その瞬間、あからさまに神楽坂と望月の表情が陰る。



「それ、本当?」

 神楽坂が、冷ややかな笑顔で望月を見る。

「本当です。久し振りに再開して、自分の気持ちを確認しました」

 望月は、さすが部活で心身共に鍛えられてるだけあるからか、神楽坂の威嚇にも全く屈しない。



「さっき、先輩として宜しくって言ったの、やっぱり撤回するよ」

「じゃあなんですか?」

「そうだね、ライバルとして宜しくってとこかな」



 望月は、フッと笑みを浮かべると、見下げるような、挑発的な視線を向ける。

「いいですよ、俺、勝つ自信ありますので」

(その自信は、一体どこから来るの?!)

 花子は、心の中で突っ込む。



「いい心がけだね。まぁいいけど。じゃあ、俺、ぼちぼち上がりますね。お疲れ様でした」

 神楽坂は、余裕な様子でタイムカードを切り、さっさと更衣室に入る。



 望月は、困惑している花子に、優しい笑みを浮かべる。

「あの時言ったことは全て本当だ。嘘はない」

 神楽坂が、即座に着替えて出てくると、望月に声をかける。



「空いたよ。早くしないと、遅刻するよ」

 望月に、先を急かすと、神楽坂は、花子に笑いかける。

「それじゃ、お疲れ様」

「おっ、お疲れ様…」

 まるで、何事もなかったかのように去っていく神楽坂を、花子はただ横目で追った。



◇◆◇


 

「え、じゃあ望月にも告白されたんだ」

 花子は、久し振りに余暇を貰えた小百合と、いつものコーヒー屋に来ていた。

「もう大変だよ…。神楽坂君とバッティングした時なんか、もう火花バッチバチ」

「はいはい、よかったねぇ〜」



「もう、真面目に聞いてよ」

「聞いてる、聞いてる」

 適当にあしら割れて、花子はムッと唇を尖らせる。

「そういや秋山先輩に聞いたよ。初めて買ったバイクに乗せて貰ったんだって?」



「えっ、そんな話したっけ?」

「秋山先輩に聞いた。結講建設的だよね。先輩。将来とか考えてんのかな…」

「将来…」

 小百合は、コーヒーを飲もうとした手を止める。



 花子は、初めて聞いたような反応をする小百合に、更に突っ込んで聞く。

「そう言う話、しないの?」

 小百合は、コクリと頷く。



「三年だったら、もうボチボチ就活始まるよね?まさか、このままずっとコンビニバイトって訳じゃないだろうし…」

「そう、だよね…」

「まぁ、私達にはまだ関係ない話だけどねぇ〜」

 そういうと、花子達は、暫く沈黙して、ただただコーヒーを味わった。



◇◆◇



「お疲れ様です」

「おー、お疲れ」

 翌日、花子はバイトに行くと、秋山がバックヤードで発注作業の為、パソコンと向き合っていた。



 花子は、昨日の小百合との話を思い出し、おもむろに聞く。

「そういえば、秋山先輩って、将来どうするんですか?」

「なんだ、急に?」

「いえ、昨日小百合とそんな話してて、気になったんで」



「…まぁ俺は就職だなー。就活ももう始まってるから、ここも辞めなきゃいけねぇんだけどな」

「やっぱり、辞めるんですか?」

 花子は、寂しそうな表情で秋山を見る。



「そりゃあ、まぁ、ずっといる訳には行かないだろ。なんだ、山田は俺が辞めたら寂しいのか?」

「べっ、別にそんなんじゃ…」

 図星なのだが、花子は咄嗟に嘘をついて俯く。



「まぁ何がやりたい訳でもねぇから、明確じゃねぇからなぁ~。ただ、接客は楽しいから、そういう系でもいいとは思ってっけど」

 秋山は、相変わらず、いつもの余裕な笑みを浮かべている。



「そ、そういえば、小百合の道場に入門するって言ってませんでしたっけ?」

 秋山は、天井を見上げながら、思考を巡らせる。

「そんなことも言ったっけなぁー。まぁ、それは小百合ちゃんと恋人になれたらの話だしな」



 花子は、改めて秋山がまだ小百合と付き合ってないことを思い知らされた。

「やっぱり、小百合、OKくれないんですか?」

「んー、なかなかなぁ。つーか、俺のことより自分の心配しろよ。このままずっと宙ぶらりんって訳にもいかねぇだろ」



 それはそうなのだ。

 それは、花子自信が一番良く理解している。

 だが、神楽坂の気持ちがどうにも掴めないので、気持ちが揉んでいるのだ。



「それは、分かってます…。でも、神楽坂君の気持ちが、分からなくて…」

 歯切れ悪く言う花子を察した秋山は、確信めいたことをつく。



「確認するのも、怖い?」

 花子、ゆっくりと、頷くと、秋山は、顎を撫でる。

「まぁ、綾瀬んとこの学園祭まで、あと一ヶ月切ったからなぁー。ま、それまで待てば全部分かるんじゃねぇの?」



「学園祭…」

 花子は、胸に当てていた拳を強く握ると、その場から逃げるように、更衣室に向かった。



◇◆◇



 今日は、久し振りに神楽坂と二人のシフトだった。

 こういう時に限って、客の入りが少ないのだ。

「そうだ、山田さん、手伝って欲しいことがあるんだけど…」



「えっ?!」

 珍しく、神楽坂からの申し出に、花子は思わず声を上げる。

「な、何…?」



「収納代行なんだけどさ、ちょっと分からないことがあって…」

「あ、ごめん…。それ、私も分からない…」 

「そっか…。じゃあ、藤田先輩が来た時でいっか…」



 神楽坂は、作業を中断すると、時計を見て、他の仕事を探す。

「そうそう、この間の新商品のパン食べた?結構美味しかったよ」



「そ、そうなんだ?まだ、食べてないや…」

「そっか…」

(だ、ダメだ!間が持たない!)

 花子は、居心地が悪くなり、バックヤードにドリンクを飲みに行こうとした。



「待ってよ」

 神楽坂に手を掴まれ、花子は、思わずビクッと肩をはね上げる。

「な、何…?」



「なんで逃げるの?」

 神楽坂の真剣な瞳に、花子は逃げ腰になる。

「べっ、別に逃げてないよ。ただ、ドリンク飲みに行こうとしただけ」



「嘘。だって、今日はずっと避けてるもん」

「さっ、避けてないってば!」

 花子は、声を荒げてしまい、ハッと我に帰る。

「やっぱり、最近おかしいよ。もしかして、望月に何かされた?」



 心配そうに見つめる神楽坂に、花子はドキッと胸を高鳴らせる。

「何か、聞いたの…?」

「本人から聞いたよ。山田さんと昔何があったのか」



「そ、そう…。で、でも!もう昔のことだし、望月もかなり変わったみたいだし、全然平気だから!」

 花子、無理矢理笑顔を作り、必死で弁解すると、神楽坂に腕を引かれて、強く抱き締められた。



「かっ、神楽坂君…?」

「そうやって、全部一人で抱え込むんだね、山田さんは」

「べっ、別に全部って訳じゃないよ。結局、皆に助けて貰ってるし…」



 花子は、神楽坂の体温と鼓動がダイレクトに感じて、自分の鼓動が聞こえないか不安になる。

「でも、俺は、何もできなかった。そりゃあ望月みたいな筋肉もないし、ひ弱だから、頼りになんかされなくて当然かもしれないけど…」



 花子は、唐突に紡がれる言葉に、なにがなんだか分からなくなり、思考が追い付かない。

「それでも、俺は、山田さんのこと…」

 神楽坂が、中途半端に言葉をと切らせる。



 この先の言葉を、花子が考えている時、客の声に阻まれてしまった。

「すみませーん!」

 その声に、ビクッと肩をはね上がらせた二人は、すぐさま離れて、レジに向かう。



「は、はーい!」

 花子は、鳴り止まない鼓動を必死に落ち着かせながら、レジを打った。

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