【二十一話】望月、参戦

それから五日後。

 立花から、望月が受かってることを聞いていた花子は、重い足取りでコンビニに向かう。



 バックヤードに入り、真っ先にシフトを確認すると、そこには新たに望月望の名前が刻まれていた。

「マジで受かってる…」



「あ、山田さんお疲れ」

 シフトの前で呆然と立ち尽くしていた花子は、神楽坂に声をかけられ振り返る。



「お、お疲れ様…」

「どうしたの?どっか具合でも悪い?」

 引きつった表情の花子に、神楽坂が心配そうに声をかける。

「な、なんでもない…」



 フラつきながら更衣室に向かおうとする花子の目線がシフトに集中していたことに、神楽坂は気づく。

「あ、新しい人入ったみたいだね。望月さんだっけ、聞くところによると、山田さんと同い年なんだって」



「へ、へぇ〜…」

 予想外な無関心な反応に、神楽坂は不思議そうな顔をする。



「本当に大丈夫?しんどいのなら、帰る?」

「いや、そういう意味じゃなくて、その人、私の昔の馴染みなんだ…」

「そうなんだ?」

「更衣室、先に使わせてもらうね…」



 花子が更衣室に入ると、喜多川がやって来た。

「二人ともお疲れー」

「お疲れ様」

 喜多川が、更衣室に花子がいることに気づくと、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。



「そうそう、神楽坂さ、いいこと教えてあげよっか?」

「なんですか?いいことって?」

「実はね…?この間俺、見ちゃったんだ」

「見たって、何がですか?」



 遠回しに言う喜多川に、神楽坂が不思議そうな顔をする。

「この間の日曜日にね、山田さん、イケメンとデートしてたんだよね」



「えっ?!」

 突然のカミングアウトに、更衣室で聞き耳を立ててた花子も、思わず声を上げるが、まだ途中な為出るに出れない。



「…喜多川先輩、その話、詳しく聞いていいですか?」

 神楽坂の声も、どことなく怒気を帯びている。

「あのね、結構ガタイのいい高身長のイケメンだったよ?あ、そうそう!確か、今度来る新人と同じ奴だったっけ」



 喜多川は、ちらりと更衣室に視線を向けると、着替え終わった花子が、勢いよくカーテンを開けて出て来た。



「やぁ、山田さん、おっつー」

 喜多川が、陽気に笑いながら、手を振っている。

 横にいる神楽坂は、明らかに不機嫌な表情をしている。

 以前にも、こんなことがあったような、と花子は思う。



「山田さん、今の話本当?」

「ただ一緒に話してただけですっ!」

 花子は、何も隠すことなく、事実だけを伝えた。

「っていうか、喜多川先輩、連絡ないと思ったら、遊びに行ってたんですね」



「まぁ、元々休みだしね。それに、もう六花とは連絡取らないようにしてるから」

 喜多川は、冷たく言い放ち、花子は、立花の胸中を知ってるだけに、胸が痛くなった。



「本気、なんですね…、立花先輩のこと…」

「まぁね。この前も言ったけど、高校に入ってから、どんどんエスカレートしてったからね。いくら好きでも、俺の身が持たないよ」



(いくら好きでも?)

 花子は、含んだ物言いに、引っかかった。

 まるで、まだ好きなような物言いにも聞こえる。

「それって、もしかして、まだ、立花先輩とのこと…」



 喜多川は、ぽん、と花子の頭を優しく叩き、その言葉を遮った。

「この世にはさ、好きでも報われない方がいい恋愛ってのもあるんだよ」

 意味深なことを言うと、少し儚げな笑みを浮かべた。

「喜多川先輩…」



「あ、そうそう、六花と別れたからって、バイト辞める訳じゃないから安心して?」

「そ、そうなんですか?」



 いかにも辞めそうな雰囲気だったが、そんな花子の胸中を悟った喜多川は、 いつもの意味深な笑みを浮かべながら言う。



「これから、もっと面白くなりそうだし、それを見ないで辞めるなんて、勿体無いじゃん」

 まるで、これから何が起こるか分かってるような物言いだ。



「それじゃ、レジ戻るね〜」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、喜多川はレジに戻った。



◇◆◇



 それから、二日後の日曜日、花子はコンビニに向かうと、入った瞬間、望月の声が聞こえて、ついビクッと肩を跳ねあがらせる。



「いらっしゃいませ」

「ねぇ、お兄さん、聞きたいことがあるんだけど…」

「えっと、なんですか?」

「これなんだけど、やり方がわからなくて…」



 花子は、老婆にセルフレジについて聞かれ、まだおぼつかない様子で教える望月に、横目で心配そうに見る。

「花子ちゃん、お疲れ」

「おっ、お疲れ様です!」



 花子は、不意に立花に声をかけられ、ビクッと身を強ばらせる。

「どっ、どうですか?もっ、望月は…」

「どうもこうも、朝からあんな調子よー。子供とおじいちゃんおばあちゃんにモッテモテ」



 どうやら、望月は、可愛い女の子にモテる神楽坂とは真逆のようで、花子は意外な一面を垣間見たような気がした。



「そ、そうなんですか…?」

「初めてで分からないことばっかなのにさぁ、基本親切なんだよねぇ~」

 花子は意外そうに、望月を見た後、ちらりと立花に視線を移す。



「いいよねぇ、あんな一見強面で、屈強な男の子に優しくされたら、キュンキュンするよねぇ」

 立花は、喜多川にフラレたばかりだと言うのに、頬を手で覆いながら、現金なことを言っている。



「先輩、ああいうタイプ、好みなんですか?」

「まぁ、あたしのタイプは、泣き顔が綺麗な男の子だから、泣き顔が綺麗なら基本、顔とかそこまで興味ないんだよねぇ~」

「そうなんですね…」



 花子が、心配していたのが、馬鹿馬鹿しくなって来て、表情が引きつる。

「てゆーか、今まであたしが泣かせて来た子って、弱い子ばっかだから、ああいう屈強なタイプを泣かしたことないから、泣かせてみたい」



(あ、なんか始まった…)

 まるで恋する乙女のように言う立花に、花子は何故か身の危険を感じ身震いすると、そそくさとバックヤードに向かう。

 すると、秋山がやってきて、望月を見るなり、大声を上げて、指を差した。



「ああーっ!お前、この前の!!なんでここにいるんだよ?!」

「えっ、なんで秋山先輩知ってるんですか?」

「そりゃあ知ってるよ!だって、小百合ちゃんに、お前とのこと謝る為に許してくれって迫った時に、俺が助けたんだもん!」



 花子は、初めて聞く話に、なんのことかと戸惑う。

「あ、あんた、あの時の…」

 ようやく接客が終わり、話す余地なできた望月は、秋山を認識するが、驚いているのか、そうでないのか分からない表情をしている。



 望月は、丁寧にお辞儀をすると、改めて自己紹介をした。

「改めて、望月望です。宜しくお願いします」

「おっ、おおう、俺は秋山秋一だ。よ、宜しく頼む」

 秋山は、挙動不審な動きをしながらも、流されるように、挨拶する。



 そんな秋山を見越した花子が、咄嗟にフォローする。

「ちなみに、あいつ…もっ、望月は私の小学校の頃のクラスメートなんだ」

「えっ、まじ?年下?!」

 どうやら年上だと思ってたのか、秋山が驚く。



「もしかして、山田が誘ったのか?」

「ううん、本当にたまたまで…」

 苦笑いながら言う花子をよそに、何を思ったのか、望月は自己紹介を付け足す。

「昔はただのクラスメートだったけど、今は、片思いの相手です」



 聞かれてもいないことを暴露すると、花子達はどよめいた。

「なっ、何言ってんの!そんなこと、言う必要ないでしょ!」

 花子は顔を真っ赤にして言うと、隣にいた立花が、残念そうな顔をする。

「ええ、なんだぁ、望月君、既に好きな人いるんじゃん」



「え、立花先輩、もしかして、もうあいつに乗り換えたんですか?」

「違う、違う、あんま接点ないタイプだから、泣かせてみたいって思っただけ」



 怖いことを笑顔でサラッと言ってのける立花に、秋山は背筋が凍った。

「さいですか…」



◇◆◇



 望月と立花が帰り、ようやく店内は落ち着きを取り戻し、ホットスナックを揚げながら秋山が口を開いた。

「この間はマジで悪かったな。楽人と会う予定だったのに」



 花子は、秋山がいつの間にか神楽坂のことを、下の名前で呼んでることに、少し違和感を持った。

「それはもういいんですけど、そもそもなんで、神楽坂君と揃って遅刻したんですか?」



「ああ、ちょーっと色々相談されてなぁ。バイク免許取ったから、ドライブも兼ねて」

「秋山先輩、バイクの免許取ったんですか?」

「そ。バイトでずっと金貯めてたから」



「先輩って、意外と結構建設的ですよね」

「意外とはなんだ、意外とは」

 秋山が不貞腐れた顔とかをして、花子は笑う。



「でも、良かったんですかぁ?最初に乗せたのが小百合じゃなくて、神楽坂君で」

 花子に維持悪く言われると、秋山はふふん、と得意気に鼻を鳴らす。



「ざーんねんでした!実は小百合ちゃんは、もうとっくに乗せてるのだよ!」

「えっ、そんな話、聞いてない…」

 そもそも、最近柔道のインターハイが近いので、学校意外で話す機会があまりないのだ。



「まぁつっても、買ってその日に座らせただけだからな。実際走ってないし」

「じゃあ、結局、初乗りは小百合じゃなくて、神楽坂君ってことなんじゃ…」



「いいや!最初に座ったのは小百合ちゃんだから、初めては小百合ちゃんだ!」

 強い口調で断言する秋山に、花子はハイハイと受け流すと、ふと自分も神楽坂のバイクの後ろに乗ってドライブする光景を、想像して、表情が綻んだ。



「インハイが終わったら、ツーリングする予定なんだ~」

 秋山は、上機嫌に揚がったホットスナックを、店頭に並べる。

「あ、そういえば、綾瀬先輩から聞きました?学園祭の話」



 唐突に、花子に話を振られ秋山は、ああ、と記憶を巡らせる。

「聞いたよ。カップルイベントだろ?ベッタベタだよなぁ」

「ですよね」



 小馬鹿にしたように笑っていた秋山だったが、不意に真剣な顔になって、

「ま、頑張ろうぜ、お互い」

 と言った。

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