【二十話】新たな告白

花子が待ち合わせの時間に着いたのは、十五時半前だった。

 コンビニを出ると、待ち合わせの駅で立ってる望月を見つけて、花子は全速力で駆けつける。



「ごめん、遅くなって」

 花子は、息も絶え絶えに謝罪をする。

「いや、大丈夫だ。緊急事態だったから、仕方ない」



 花子は、望月が、首から大量の汗が滴り落ちているのに気づく。

 いくら三十度は超える猛暑と言えど、十分十五分でかくような量ではない。



「…もしかして、ずっとここで待ってたの?」

「ああ、緊急事態だったから、来ていなかったら、帰ったかと思うんじゃないかと思って」



 花子は、思わず呆れた。

「馬鹿じゃないの…。なんの為のラインなんだよ…」

「そっか。その手があったか」

 淡々と言う望月に、花子は拍子抜けしてしまった。



「ま、いいけど。で、これからどうするの?なんかどっか行く予定?」

「こんなとこで立ち話もなんだからな。奢れなくていいなら、あそこのコーヒー屋とかどうだ?」



 望月は、近くのコーヒー屋を指差した。

「あのね、私が奢られないとダメな女みたいに言わないでよ。あたしの方が稼いでるって言ってるでしょ。なんなら、あたしが奢ってもいいんだけど?」



 花子は、不本意なことを言われて、思わず喧嘩腰な態度になる。

「い、いや、流石にそれはできない」

 花子は、自分よりも背も高いし体格もいいくせに、押しに弱い望月が、思わずおかしくて笑いそうになる。



「ま、なんでもいいから、行こ」

 そういうと花子は、先頭を切って目的地に向かった。

 喜多川にその姿を見られていたことに、気づきもせずに…。



◇◆◇


 

 花子と望月は、目的地に着いた。

 やはり神楽坂のような紳士的な対応はなく、花子は自らドアを開けて入った。

「いらっしゃいませ!二名様ですか?」

「二名です」



 花子は、当たり前のように、率先してカウンターに向かい応対する。

 望月は、どこか慣れない様子で、店内を見渡している。

「ご注文あお決まりですか?

「じゃあ、私これね。あんたは?」



「えっと…」

 望月は、見慣れないカタカナが羅列しているメニューを、睨みつける。

「もしかして、初めて…?」

「ああ、こう言う店は来たことねぇから…」



 花子は、小さく溜め息をつく。

「じゃあ、甘いの飲める?」

「いや、あんまり…」

 花子は、溜め息をつき、良く入ったことのない店を選んだな、と心の中で呟く。



 それを接した店員は、こういう客は初めてではないのか、慣れたように、初心者向けのメニューを薦める。

 花子は、神だ!と、店員の対応に感動した。



「じゃっ、じゃあそれで…」

 望月は、ブラックコーヒーを頼んだ。

「かしこまりました。お連れのお客様はお決まりですか?」



 ようやく望月の注文が決まり、ほっとしていたからか、急に振られて、花子は慌てて注文する。

 「かしこまりました。では、できましたらこちらの番号でお呼びしますので、あちらでお待ち下さい」



 二人は、店員に案内された場所に向かうと、望月が感嘆の息をつく。

「凄ぇな、お前…」

 


 唐突に褒められて、花子は、は?と首を傾げる。

「俺なんか、こんなとこ来るの初めてなのに、なんでも知ってて…」

「なんでもって、普通でしょ、これくらい」

「そうか、普通なのか」



 望月が一人で納得してるうちに、注文したコーヒーが来ると、花子は、望月に手渡した。

「どこに座る?」

「どこでもいい。お前の好きな場所で」



 花子は、神楽坂とも、小百合とも全く違うタイプに、少しもどかしさを感じつつも、言われた通りにいつもの窓際の席に座る。



 望月は、恐る恐る進められて頼んだコーヒーを飲む。

 すると、キリマンジャロの少し薄めの苦味と、僅かな酸味が口に広がる。

「美味しい?」

 花子に聞かれて、望月は美味い、と素直に答える。



「それはよかったね。そうそう、これ…」

 花子は、洗い立てのハンカチが入った、気の利いたラッピングを施した包みを差し出した。



「悪かったね、長いこと借りてて」

「いや、別に構わない。元々やるつもりで渡したんだから」



 花子は、フッと顔を綻ばせる。

「この間は悪かったな。嫌なこと聞かせちまって」

 望月が、話を切り出す。

「この間の話って?」



 望月とは逆に、甘いコーヒーを飲みながら、花子は聞く。

「ラーメン屋で、時酔っ払いの爺さんが話してただろ…」

 花子は、息を呑んだ。



「べっ、別に、気にしてないから。あんたが大変だったてのは、よく分かったし、だから、もうあんたのことを責めたりはしないよ」



「そうか…。でも、俺は、これからも、できる限り償って期待と思ってる」

 花子は、なんて言えばいいのか分からず、コーヒーを飲んで時間を稼ぐ。



「だっ、だから、それは、近いうちにラーメン奢ってくれたらいいって言ったでしょ」

「そうか…」



「そのことなんだけどな。俺、恥ずかしい話、今はまだ、それができる財力がない。だから、それができるようになるまでは少し時間がかかる。それまで待ってくれるか?」



 望月に、曇りのない真剣な目で見つめられ、思わず胸が高鳴る。

「そ、それは構わないけど…」



 望月は、柔らかい笑みを浮かべて、ありがとう、と礼を言う。

「それから…。あと、俺がこんなことを言うのもなんなんだが、よかったら聞いて欲しい」



 急に改まった態度の望月に、花子は、目をぱちくりさせる。

 よく見ると、望月の顔がほんのり赤い気がする。



「この前会って、やっと確信したんだ。俺、お前のことが好きなんだって」

「へっ?!」

 唐突な告白に、花子は思わず声を上げる。

「なっ、何言ってんの?私のこと、ずっと名前が変って苛めてたくせに…っ!」



「それは全部あいつの…父親のせいなんだ。母親がずっとDV受けて育ったから、それが正しい愛し方なんだって思って」

 花子は混乱しながら、なんとか言葉を搾り出す。



「ちょっ、待って!でも、あたしと最初に会った時、分からなかったんでしょ?!」

「ああ、分からなかった。でも、二回目あって、山田だって分かった時は、運命だって思った。だから、ラーメン屋に誘ったんだ」



 花子は、いよいよ訳が分からなくなって、目が回りそうになる。

「こんなの都合がいいって分かってる。六年間間違った愛情表現でお前を苦しめてきたのも。でも、お前が好きなのは変わらない」



(そっ、そんなこと言われたって、どうすりゃいいのーっ!!)

 花子は、思わず心の中で叫ぶ。



「返事は、いつでもいい。ずっと、待ってる」

 望月は、残りのコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「ちっ、ちなみに、私のどこが好きだと思ったの?」

 望月は、気恥ずかしそうに口を手に当てると、視線を逸らす。



「引かないでくれよ?」

 なんだか、最近どこかで聞いたことのあるフレーズに、花子は既視感を抱く。

 望月は、先程よりもさらに顔が赤くなっている。

「おっ、俺、実は…」



 花子は、変な汗をかきながら、胸を高鳴らせる。

「咀嚼音フェチなんだ…」

(お前もかーーーーーいっ!!!!)

 花子は、心の中で、どこかのお笑い芸人並みの突っ込みを入れる。



 望月は、握り拳に一層力を込めて、語り出す。

「最初は、給食で、初めてうどんが出された時、下手な食い方ばっかの中で、お前だけは、凄く綺麗な音を立てて食うなって思って。それがどんどん、好きだって、気持ちに変わって行ったんだ」

「さ、さいですか…」



 ここまでくると、花子は、もう何も言うまいと、残りのコーヒーを一気に飲み干すと、フッとあることが脳内をよぎった。



「も、もしかして、あんた、最近どっかでバイトの面接受けたりした?」

「ん?ああ、すぐそこのコンビニでな。朝帯だけだったけど、部活で鍛えてっから、体力には自信あるからな。と言ううか、なんで分かったんだ?」



「うん、もういい…」

 花子は、頭痛がして、額に手を当てながら、投げやりに答えた。

 おもむろに時計を見ると、十六時半を過ぎていた。

「ぼちぼち帰ろっか…」



「大丈夫か?家まで送るぞ?」

「いや、いい。この後用事あるから…」

 足取りがおぼつかない花子を、望月がすかさず支える。

 二人は、店内を出ると、各々向かう方向へと、向かった。



◇◆◇



 花子が、店内に向かった頃は、秋山と神楽坂が出勤していた。

 時計を見ると、十六時半を回っている。

「おう、お疲れ!悪いな、急に変わって貰って。立花先輩、中で待ってるぞ」

 接客が一段落ついた秋山が、申し訳なさそうに言う。



「ごめんね、神楽坂君、今日約束してたのに」

「いいよ。事情が事情だし。それに、俺も、藤田先輩が変わってくれた分、二十二時まで仕事することになったし…」

「そ、そうなんだ…」

 花子が、断っておいてなんだが、少し複雑な気持ちになった。



「やっほー!花子ちゃん、待ってたよー!!」

 その時、バックヤードから、立花が出てきて、花子に抱きついた。



「あれ、二人、いつの間にそんな仲良くなったんスか?」

「ふっふ〜。あたし達、もう友達になったんだ。羨ましいだろー?」



 すっかり、ぶりっ子モードではなくなった立花に、秋山は少し不思議そうな顔をする。

「あれ、先輩、その口調…?」



「ああ、別に、あっきーにはもうあたしの本性バレてるし、今更ぶりっ子する意味もないっしょ」

「そうっすか…」

 秋山は、乾いた笑いを浮かべながら、女って怖い、と心の中で呟く。



「それで、これからどこか行きたい場所とかあるんですか?」

「そうだなぁ〜カラオケ行きたい!大きな声いっぱい出したら、少しは立ち直れるかも!」

「いいですよ。私も友達とよく行くんで!」

「よっし、じゃあカラオケで失恋ソング大会だ!」



 意気込んでる立花に、秋山は、目を見開く。

「え、立花先輩、失恋って…」

「あれ、よっしーから聞いてないんだ?そ。フラれたんだよ。よっしーに。なんならあっきーも入る?フラれた者同士」

「俺がいつ、小百合ちゃんにフラれたんスか」



 立花は、初めて聞く名前に、目を丸くする。

「あっれー?なぁんだ、もう新しい彼女できたんだ。切り替え早いなぁ」

「まぁ、つっても俺の片思いですけどね、まだ」

 まだ、と言う意味深な言葉尻に、立花は、笑みを浮かべる。



「そっか、まぁ、頑張りたまえ、若者よ。フラれたら、お姉さんが慰めてやろう」

 ふふん」、と何故か得意げに鼻を鳴らしながら、二人は、まるでカップルのように腕を組みながら、駐車場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る