【十八話目】カミングアウト
三人は、喜多川の車に乗り込むと、フローラル系の香水の香りに包まれ、洋楽の流れる車内で十分程、夜の町を走って目的地に着いた。
店内は、街中な上に夕飯時だからか、家族連れやカップル達で込み合っていて、そのいずれにも該当しない花子達は、少し肩身の狭い思いで、待合所に座った。
花子達は、三十分程待ってようやく案内された席に向かうと、花子は、喜多川と立花を隣に座らせるようにと思い、真っ先に腰を下ろした。
二人も、花子の気遣いを組んだのか、二人並ぶように座ると、立花は深々と頭を下げた。
「この前は、本当にごめんなさい…。責任押し付けるようなことしたり、その、いっ、嫌がらせとか…」
途切れ途切れにも、謝罪する立花に、花子は目を細めた。
「もういいんですよ、この話は。代わりにお寿司一杯奢って貰うんで」
お冷を飲みながら言う花子に、喜多川が続ける。
「よかったね、山田さんがいい人で」
花子を習うように、喜多川もお冷で喉を潤すと、申し訳なさそうに、目を細める。
「俺もごめん、殴って。痛かったよね?」
立花は無言で、首を横に振る。
「そういえば、二人って、幼馴染だったんですね。初めて知りました」
その話に変わった途端、立花の表情が、花が咲いたような顔になる。
「そうなんだよ!幼稚園の時に、お互い好きって言って、結婚しようって言って」
花子は、微笑ましそうに話を聞く。
「よっしーね、その頃からバージンヘアが好きだったから、どんなに周りに染めろって言われても、どんなに染めたいって思っても、ずっと我慢して、黒髪貫いてきたんだから!」
立花はふふん、と鼻を鳴らすと、自慢の黒髪を見せつける。
「よっしー、将来美容師になるのが夢だから、あたしが最初のお客になるのも夢なんだ」
喜多川の話を生き生きと話す立花は、自分に嫌がらせをした人物とは、もはや別人のようで、ここまで来るともはや清々しい気分になった。
「それなのによっしーったら、こんな女に…やっ、山田…さん?に浮気してぇ!」
「ごめんって…」
「そう言えばさ、さっきも言ってたけど、山田さんの好きな人って誰?」
脈絡もなくコロコロ話が変わる立花に、花子は混乱するが、その質問には、ほんのり顔を赤らめて、
「か…っ、神楽坂君…」
と、素直にカミングアウトした。
「えっ、うっそ、神楽坂君って、最近うちに来たバイト君よね?」
花子は、うん、と頷く。
「あの子もかっこいいよねぇ〜!どこが好きになったの?」
さっき結婚の約束しただとか言ってた口で、他の男を褒める立花に、喜多川は、ムッと唇を尖らせてる。
花子は、喜多川のその仕草を見過ごすことなく、心の中で、はいはい、と笑う。
「どこが好きになったの?」
「あ、俺も気になる」
花子は、立花が、自分の苗字フェチなのを知らないことにが、少し意外で、やはり知らない人に言うのは恥ずかしい。
「ひっ、引かないでくれます?」
「大丈夫!あたし、よっしーの性癖で色々慣れてるから」
「どう言う意味だよ」
喜多川がすかさず突っ込むと、花子はゆっくり口を開く。
「じっ、実は私、苗字フェチなんです…」
それを聞いた瞬間、二人はポカンと口を開いて、花子を見る。
「みょ、苗字フェチ…?何それ…?」
「あ、あれ…?もしかして、喜多川先輩も知らなかったんですか?」
「初めて聞いたよ」
立花が、まるで毛虫でも見るような顔で、詳細を聞く。
「む、昔、名前が変だって虐められて…。それで、親に名前を変えてくれって言ったんだけど聞いてもらえなくて。でも、苗字だけなら、結婚したら変えられるって分かった時、珍名字の人と結婚するんだって思って…」
「なるほどね…。あんたも、昔から虐められ体質だったんだ」
先程まで毛虫でも見るような顔をしていた立花の顔が、同情の顔に変わる。
「まぁ、俺も言っちゃえば、髪フェチだしね」
喜多川も、花子に同調する。
「って言うか、六花も人のこと言えないしね」
喜多川が、意地悪い笑みを立花に向ける。
「もしかして、立花先輩も、そう言う特殊フェチなんですか?」
立花は、恥ずかしそうに顔を赤ながら、ポツリと言う。
「それこそ引かないでくれる?」
花子は、深く頷き、真剣な顔で耳を傾ける。
「あっ、あたし…。泣き顔フェチなの…」
「へっ?!」
花子は、これまた初めて聞くフェチに、思わず声が裏返る。
「あっ、あのね?それが特殊性癖だって気づいたのは、中学ぐらいだったんだけど、最初は幼稚園の時、初めてよっしーの泣き顔が綺麗だって思って。あ、別に感動の涙、とかじゃなくて、よっしー、昔苛められっ子だったから、悲し泣きって言うの?そう言う泣き顔に、グッときてさぁ。それが、よっしーが好きになったきっかけなんだけどね?」
立花は、気恥ずかしそうに、自分の髪をいじりながら話す。
「でもって、ぶっちゃけちゃうと、今回の苛めもさぁ、最初はあんたが可愛いから、泣き顔が見てみたいって思ったからでさぁ。でもあんた、なかなか泣かないから、エスカレートしちゃった。ごめん」
立花は、許してもらえたからか、悪びれる素振りもなく、暴露する。
花子は、自分のバイト先の人達は、自分を筆頭に特殊性癖の人ばかりだとは常々思っていたが、立花の話を聞いて、やっぱりこのコンビニのメンバーだ、と思った。
「おかげで、俺はずーっと、六花の被害者だよ」
黙々と備長マグロを食べながら、喜多川が溜め息をつく。
「てことは、もしかして、喜多川先輩、ずっと立花先輩にいじめられてたんですか?」
「…察してくれない?」
喜多川は、まるで死んだ魚のような目をしているところを見ると、喜多川が立花から逃げようと思った理由はこれだな、と確信めいたものを感じると、なんだか気の毒になった。
花子は、ふとある人物のことを思い出した。
「そう言えば、店長や藤田先輩も、そう言うフェチとかあるんですか?」
サーモンを頬張ってた立花が、ニヤリ、といやらしい表情を浮かべると、口に手を覆う。
「知りたい?」
やっぱりあるんだ、と花子は、ここまで来ると、怖いもの聞きたさと単純な興味が入り混じり、頷いて、胸を躍らせる。
立花は、サーモンを飲み込むと、ここだけの話だけどね、と声を潜める。
「店長は体臭フェチ、藤田先輩は寝息フェチ」
期待通りの特殊なフェチに、花子は満足したと同時に、自分の苗字フェチが、普通に思えてきた。
それから三人は、ただ黙々と好きな寿司を心行くまで食べ、皿が合計三十皿を超えたところで、帰路に着いた。
◇◆◇
「で、例の件許しちゃったんだ」
その翌日、花子は、ホームルーム前に、小百合に一部始終を話した。
「まぁ、色々聞いたら、なんか可哀想になっちゃってさ」
「ま、花ちゃんがそれでいいならいいけど」
「なんだかんだ、優しいよね、花ちゃんは」
花子は、苦笑いをしていると、スマートフォンが鳴った。
画面を確認すると、立花からである。
「立花先輩だ」
「ラインまで交換したんだ…
小百合は遠い目で見るが、花子は気にせず、内容を確認する。
「よかった!例の件、結局先輩も私もクビにならなくて済んだって!」
「そりゃあよかったね」
「あ、でも…、やっぱり立花先輩はシフト削られて、週五で入ってたのに、週三に減らされたって…」
「ああ…。まぁ、それくらいで済んだんならいいんじゃない?」
「でも、朝ただでさえ人手足りないのに、大丈夫かな…」
「それは、花ちゃんが心配することじゃないっしょ」
「うん…」
歯切れ悪く返事をすると、ホームルームのチャイムが鳴り、花子は自分の席に戻った。
◇◆◇
その放課後、花子はバイト先に向かうと、店のショーウィンドウに、早朝のバイト募集のチラシが更新されていることに気づいた。
(そうそういないと思うけどなぁ…)
そう思いながら、花子は店に入る。
「お疲れ様でーす」
花子がバックヤードに入ると、同じ時間の神楽坂と、十六時上がりの喜多川がいた。
「お疲れ!今、喜多川先輩に話聞いたけど、クビにならなくて本当よかった!」
神楽坂が、心底心配していたかのように言うと、昨日花子の本心を知った喜多川は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「お疲れ様。昨日は付き合ってくれてありがとう。昨日の君も可愛かったよ」
喜多川は、花子の髪を一房つかむと、意味深なことを言うと、神楽坂は、ムッと唇を尖らせる。
「はっ?何言ってるんですか、喜多川先輩。昨日って、一緒にご飯食べただけじゃ…」
神楽坂の反応を見逃さなかった喜多川は、一層唇を歪めて、腰に手を回して花子を引き寄せる。
「そう、一緒にご飯食べにいったんだよ。二人きりで。俺の運転でさ。ドライブも楽しかった」
花子は、何を言っているのか訳が分からず混乱していると、神楽坂の激しい視線が背中に突き刺さる。
「山田さん、それ本当?」
神楽坂の声が、いつもの蜂蜜のような甘い声ではなく、花子は、ヒッと上擦った声を上げる。
「たっ、確かに、ドライブもしたし、一緒にご飯にも行ったけど、別に、そんな深い意味は…っ!」
花子は慌てて弁解しようとするが、火に油だった。
「そうなんだ。山田さんって、どんな男の人でも、ホイホイご飯に言っちゃうような人なんだね」
怒気を帯びた声で言うと、いつも花子に先に譲ってくれるのに、さっさと更衣室に入って行った。
そんな神楽坂を見ていた喜多川は、仰け反りながら、大笑いをしている。
喜多川は、花子の気持ちを知っていて、わざと誤解を招くようなことをやったのだ。
一体、なんの為に…?花子は、深い溜め息をつきながら、更衣室を見た。
「頑張ってね」
喜多川は、満足した顔で、レジに向かった。
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