【十七話】三度目の、ざまぁみろ!
その三日後の火曜日、花子は、休みなのにも関わらず、話があるからと、学校の帰りに店長に呼び出された。
内容は勿論、例の立花との一件だろうと、花子は思った。
店内に入ると、秋山と神楽坂が、忙しなく客をさばいている。
バックヤードに入ると、立花もいて、とても重い雰囲気である。
「え…っ」
花子は、店長から出た言葉に、思わず耳を疑った。
自分が思っていた件とは、全く違う案件ではないか。
「ちょっと待って下さい、私がクビって、なんでですか…?」
「実はね、お客さんからクレームがあったんだよ。この間の土曜日のことでさ」
花子は、思考を巡らせるが、なんのことか、全く理解ができなかった。
「チケット発行したのは、覚えてるよね?」
「チケット…?」
「ほら、コンサートのチケット発券してくれって来たお客さんいたでしょ?」
立花にも言及されるが、なんのことか、さっぱり思い出せない。
「それがね、あなたのミスで、発券されたことになってるのに、現物が出てこなくて、どうしたらいいかわからないからって、私に聞いたの覚えてる?」
そこまで言われても、全く何の事かわからず、花子は混乱する。
「それでね、お客さんが、物凄い剣幕で本社に電話で怒鳴り込んできたんだって。まぁそうだよね。行けるはずのコンサートに行けなかったんだから」
「それで、今朝オーナーが来て、君を首にしてくれって…」
「そっ、そんな!待って下さい!私、そんなことしてません!」
花子は、必死に弁明するが、立花は、それを否定する。
「私、見てたんですよ。山田さんがチケット発券できてたのに、できてないって言ってて。後で発券機の下の棚にあるのが分かって、それを隠してたとこ」
「本当か?」
いつも穏やかな店長の顔が、歪んで位て、花子はグッと奥歯を噛み締める。
「何も言わないってことは、本当なんだな?」
「違います…っ!私、そんなことしてません!」
「山田さんじゃないと思いますよ」
その時、背後から、先程まで仕事をしてた秋山と、朝勤務だった喜多川が立っている。
狭いバックヤードは、店員オーバーだ。
「あっ、秋山先輩!どうしたんですか、今日、休みの筈じゃあ…」
「いやぁさ、さっき喜多川先輩にラインで教えて貰ったんスよ、そのチケットの件」
「今朝、オーナーが物凄い剣幕で怒鳴り込んで来てさ。流石にちょっとおかしいなぁって思って、防犯カメラ確認したら、チケット発券したの、山田さんじゃなくて、六花なのがすぐ分かりましたよ」
「よっ、よっしー!いっ、いつの間にそんなこと…っ!」
喜多川に、冷ややかな目を向けられて、立花は怯む。
「ぼ、防犯カメラ…」
「ちゃんと見ました?なんなら、この場でお見せしましょうか?」
盲点だったのか、呆然としてる店長に、喜多川が追い討ちをかける。
「それと、立花先輩が、先週の土曜日、山田さんに規定の休憩時間を与えず、立花先輩の分までトイレ掃除させてたの、知ってます?」
秋山に言われて、店長な初めて聞いたような顔をしている。
「本当か?」
「ちっ、違いますよ!チェックシートみました?ちゃんとあたしのとこにも、チェック入ってるじゃないですかぁ~」
立花は目を泳がせながら、否定しようとするが、秋山がそれを許さない。
「そういえば、ここで撮影した写真をばらまくって言って、脅したらしいですね」
「なっ、なんのこと?」
秋山に追い討ちをかけられ、シラを切る立花だが、喜多川が立花の鞄からスマートフォンを取り出し、慣れたように画像を確認する。
「やっぱ嘘だったんだね。そんな写真ないよ」
「かっ、返して!」
立花が手を伸ばすが、喜多川はヒョイと後ろに隠す。
喜多川は更に、鞄の中を探すと、チケットも出て来た。
「立花さん、本当のことを話してくれないかな?」
先程まで自分の味方だった店長が、疑いの眼差しで、立花を見つめる。
「なんで、こんなことしたの?」
喜多川が軽蔑の眼差しで、立花を見ると、立花は、ポツリと呟く。
「よっしーも、あいつの味方するんだ」
立花は、強く奥歯を噛み締めると、鬼のような形相で、皆を睨みつける。
「なんだよっ!皆して、山田、山田って!この女の何がそんなにいいんだよ!あいつが来るまで、あたしがその立場だったのに、あいつが来た途端、コロっと手の平変えて、バッカみたい!」
長いセリフを、感情に任せて一息で言うと、はぁはぁと息を荒げる。
「じゃあ、チケットのこと、本当は山田さんじゃなくて、立花なんだね?」
喜多川に、問い正されて、立花は、投げやりに自白した。
「そうだよ。全部あたしのミスだよ。でも、本当のこと言ったらクビになるかもって思って、全部こいつのせいにしたんだ。クビにしたけりゃ、クビにすれば?」
まるで開き直ったように、自嘲気味に言う立花に、喜多川が、立花の顔を叩いた。
「ちょっ、喜多川先輩!」
花子が口を挟もうとしたが、喜多川が無視して、立花に詰め寄る。
「流石に今回はやりすぎだ。クビにするしない関係なく、山田さんに謝れ」
顔を手で押さえ、目を潤ませながら、立花は震える声で、呟く。
「何よ…っ、元はと言えば、全部よっしーが悪いんじゃない…っ!」
顔を押さえていた立花は、拳を握り、胸中を全部ぶちまけた。
「幼稚園の時にあってからずっと好きで、将来結婚しようねって約束までしたのに、大学に入ってから、見向きもしなくなって、いつの間にか、こんな女に現を抜かしてさぁ!」
喜多川は、思わず言葉に詰まる。
「よっしーが、髪フェチなの知ってたから、ずっと髪染めたいの我慢して、今までバージンヘアも貫いてきたのに!皆も、山田、山田ってチヤホヤして、大っ嫌い!!」
大粒の涙をこぼしながら、訴える立花に、花子は少し胸が痛んだ。
皆が見てる前で、わんわん泣きじゃくる立花を見て、店長は深い溜め息をつく。
「君の言い分は分かったけど、トイレの件はともかくとして、チケットの件は言い逃れできないよ?」
「…やっぱり、クビですか?」
「まぁ、チケットはあったことだしね…。今までの君の仕事ぶりは評価に値するし、朝出れる人が少ないから、多めに見てくれるかもしれないけど…」
立花に聞かれて、店長は頭を抱える。
そんな二人の様子を見兼ねた花子は、仏心を見せた。
「あのっ、私から提案があるんですけど…」
皆の視線が、花子に注目する。
「あの時、私も一緒にいたのに、何も手助けできませんでした。だから、私と責任を二分するってことにすのはどうですか?」
「ほっ、本気で言ってるの?」
涙を拭いながら、立花に聞かれると、花子は意地の悪い笑みを浮かべ、その代わり、と続ける。
「立花先輩、今日これから予定ありますか?」
「べ、別にないけど…」
怪訝な表情で、立花が見つめると、花子は立花を真似するかのように、顎に人差し指を当てる。
「私、お腹が空きました。今日は、晩ご飯奢って下さい」
「はぁっ?!なんで、あんたにあたしがそんな…っ」
立花は言いかけると、飲み物を奢らせたことを思い出し、口に手を当てた。
「あと…」
花子は、踵を返し、喜多川の方を向くと、丁寧にお辞儀をした。
「ごめんなさい。私、好きな人がいます。だから、喜多川先輩の気持ちは、受け取れません」
頭を上げると、花子は満足げな表情を浮かべる。
喜多川は、溜め息をつくと、子供のように唇を尖らせると、頭を掻く。
「ちぇ〜。まぁ、なんとなくそんな気はしてたけどね」
花子のその言葉を聞いて、立花は急に目の色を変えて、身を乗り出す。
「えっ、何、何?よっしー、フラれたの?てか、あんた、好きな人いるの?」
先程まで、わんわん泣いていたのと同じ人間とは思えない程の立ち直りっぷりに、一同は、心の中で、女って分からねぇわ、と呟く。
「すみません!秋山先輩、ヘルプお願いします!」
十八時を回り、店が混み合って来たらしく、一人で店番を頼まれてた神楽坂が、協力を仰ぐ。
「あいよー!」
一段落がついたので、秋山はあとは喜多川に任せて、仕事に戻った。
暫く黙って、花子たちのやり取りを見ていた店長は、ようやく口を開いた。
「まぁ、とりあえずだ。チケットの話は俺がもう一度上に掛け合ってみるよ。他の件は、俺の判断だけで処理できるけど、どうする?」
「どっ、どうするって…」
「山田さんが、クビにしないでって言うなら、そうすることもできるってこと」
やっと納得した花子は、ああ、と声を上げると、瞼を持ち上げて考える。
立花は、心ここにあらずといった具合で、動揺しており、花子は目を伏せて、優しく微笑む。
「私が聞いたのは、チケットの話だけで、それ以外のことは、何も知りません」
「山田さん…」
喜多川は、花子の心の広さに、感嘆の声を漏らす。
「分かった。じゃあ、俺が上に聞くのは、チケットの件だけにするから。今日はもう帰っていいよ。お疲れ」
店長は溜め息混じりに言うと、早速本部に電話を入れた。
これ以上のことは、後で聞けばいいと、花子は先頭を切って、バックヤードを出ると、人混みをかき分けて、店を後にした。
「あ、そういえば、喜多川先輩も、これから予定あります?」
不意に聞かれて、喜多川は、目を見開きながら、ないけど、と答える。
「じゃあ、よかったら喜多川先輩も一緒にどうですか?」
「え…っ」
意表をつく提案に、喜多川は呆気に取られる。
「俺は別にいいけど…」
「よし!それじゃあ決まりですね!私、お寿司が食べたいなぁ〜」
花子は、少しわざとらしく、遠回しに店を指定する。
「…わかったよ。お寿司ね。回転寿司でいい?」
立花は、溜め息をつきながら、投げやりに言う。
「いいですよ!早くいきましょ!」
喜多川もはいはい、と溜め息を付くと、車のある駐車場に足早に向かった。
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