【十六話目】強力な協力者
その日、花子は家に着いてから、スマートフォンを確認したら、小百合からラインがあった。
ラインには、秋山とのデートで立ち寄ったのだろう、雰囲気のいい、ハンバーガー屋の外観写真が映っていた。
なんだかんだ言って、楽しんでるようで、花子は微笑ましい気持ちになった。
しかし、次のメッセーじで、花子は現実に引き戻されるこちになってしまった。
【初めての九時勤務お疲れー!】
たったこれだけなのに、花子は一気に地獄へと引き戻されることとなる。
先程まで、忘れていた、鬱屈とした感情が、再び湧き出てしまった。
花子は、一瞬悩んだあと、電話していいか尋ねた。
小百合からの返事は、OKだった。
花子は、早速通話ボタンを押すと、小百合の明るい声が聞こえてきた。
「ヤッホー、どうしたー?何かあった?」
花子は、少し口ごもった後、今日の出来事を、ポツリポツリと話した。
「え、それ、だいぶやばくない?」
なかなかの仕打ちに、小百合は背筋が凍る気分になった。
「なんかね、私の着替えてる写真ばら撒くから、言うこと聞けって…」
「それ、証拠あんの?」
「あっ…」
花子は、写真そのものを確認していないことを思い出した。
「多分、その場でついた、適当な嘘かもよ?」
「な、なんか確認できる方法ないかな…」
小百合は、うーん、と唸り声を上げる。
「その、喜多川先輩とか、協力できないの?」
考えてはみたが、まだ告白の返事をしていない相手でもあるので、それは気が引けるのだ。
「じゃあ、秋山先輩は?」
「今日、デートだし、まだ聞いてないけど…」
「分かった。多分、もう家着いてると思うから、相談してみたら?」
「う、うん…」
「まぁあたしも聞いてみるから。次、その人とのシフトは?」
「まだわかんないけど、週一くらいは入ると思う…」
「おっけ。それまでになんとかできないか、話してみる」
「ありがとう」
花子は、通話を切ると、更新されたシフトを、スマートフォンで確認した。
「やっぱり、来週の日曜日も入ってる…」
花子は、深い溜め息を付くと、ベッドに倒れ込もうとした時、またラインが鳴った。
画面を確認すると、望月だった。
【今日は悪かった。奢るって言ったのに、結局払わしちまって】
【別に、気にしてないから】
【それで、来週の日曜日、会えないか?】
花子は、シフトの時間を、脳内で確認する。
【十四時までバイトだから、それ以降だったら…】
【そうか。だったら、来週日曜日、十五時に駅前でいいか?】
花子は、合意と言う意味の可愛いスタンプを送った。
【それじゃ、来週日曜日、十五時に駅前で】
スタンプも何もない、淡々とした会話は終わった。
(望月のことも、小百合に話さなきゃな…)
花子は、ふと何かを思い出したように、ポケットから、望月に渡されたハンカチを取り出すと、ラーメン屋で言っていた男の客の話を思い出した。
(あんな話聞いたら、許すしかないじゃん…)
花子はまた、深い溜め息をつくと、ベッドに身を沈めた。
◇◆◇
翌日、学校の帰りにバイトに向かうと、バックヤードに入るなり、既に着替えを済ましていた、テンションの高い秋山の声が耳に入った。
「おーっす、山田!お疲れー!」
「お疲れ様です。昨日はいいデートだったみたいですね。小百合に聞きました」
花子は、うざったいくらいの笑顔の秋山に、思わず不快な表情を浮かべてしまう。
「そう、いいデートだったの!」
「その様子じゃあ、とうとう落としたんですか?」
秋山の表情が、一気に暗転した。
「んな訳ねぇだろ」
「じゃあ、なんでそんなにテンション高いんですか」
「そりゃあまぁ、いいデートには変わりないし、小百合ちゃんもさ、俺のこと嫌いな訳じゃないって言って貰えたからさ」
花子は、なるほどね、と納得する。
「ここまで来たら、もう押し切るっきゃないっしょ!」
握り拳をして息巻く秋山に、花子は頑張って下さい、と励ましの言葉を送ると、更衣室に向かった。
「それはそうと、かなり酷かったみてぇじゃねぇか、立花先輩」
花子は、ドキッと胸を高鳴らせる。
「小百合に、聞いたんですね…」
「まぁ、ホットスナックはともかく、トイレ掃除は流石に、ルール違反だし、やりすぎにも程があるだろ」
花子は、何も言わず、押し黙る。
「でもあの人、仕事できるのは確かだし、古株だし早朝の時間は人が一番いないし、店長とも仲良いから、その時間を外すってのは無理かもな」
「あと、その写真の話だけど…、恐らく嘘だろうな。普通、撮られてたら分かるだろ」
「ですよね…」
「まぁ、問題は、どうそれを証明するかだよな…」
秋山は、言葉を選びながら話す。
「綾瀬に聞いたんだけどさ、実は、立花先輩と喜多川先輩って、幼馴染らしいんだよな」
花子は、意外な事実に、えっ?!と驚きの声を上げる。
「で、立花先輩は、喜多川先輩のことが好きなのに、なかなか振り向いてくれない上に、お前に現を抜かしてるもんだから、八つ当たりしてるっぽいんだな」
なんて端迷惑な話だ、と花子は溜め息をつく。
「そういやお前、喜多川先輩に告白されたんだろ?」
「はい…」
「だったら、立花先輩の前で、きっぱり降れば、嫌がらせは無くなるとは思うんだよな」
本当に、そんな簡単な話なんだろうかと、花子は思う。
「まぁ、嫌がらせの話は、一応店長に相談はしてみるわ。なんにせよ、綾瀬がいない間は、一緒に仕事しなきゃいけないんだし」
「ですよね…」
花子は、また深い溜め息を付くと、カーテンを開けると、秋山が優しく頭を撫で、笑みを浮かべる。
「大変かもしれないけど、遠慮せず、なんでも相談しろよ」
「…それ、好きな子以外にするの、止めた方がいいですよ。間違って惚れたら大変ですし」
花子は、先程までの憂鬱だった気持ちが吹き飛んで、フッと柔らかい笑みを浮かべる。
「えっ、なになに、もしかして、惚れたの?フったくせに?」
唇に手を添えながら、悪戯な笑みを浮かべながら言われ、花子は、はいはい、と適当に受け流し、接客へ向かった。
それから、四時間程は、目まぐるしく忙しい時間ではあったが、花子はとても久し振りに充実した時間のように感じた。
「そういえばさ、喜多川はともかく、神楽坂とはどうなったよ?」
客足が引き、収納代行の処理をしていた秋山が、唐突に聞いてきた。
「どうって言われても…」
歯切れ悪く言う花子に、秋山は、怪訝な表情をする。
「もしかして、なんもねぇの?」
花子は、こくりと頷く。
「何やってんだよ、馬鹿だなぁ。神楽坂みてぇな逸材なかなかいねぇのに、モタモタしてっと他の女に取られっぞ?」
花子は、顔を赤らめながら、ポツリポツリと呟く。
「だって、どうすればいいかわからないし…」
「普通に飯にでも誘えばいいじゃん。なんなら、昨日行った店教えっぞ?」
「う、うーん…」
「なんなら、デートのセッティングしてやろうか?」
「えっ?!」
あまりに突拍子のない提案に、花子は思わず声を上げる。
「そうじゃん!俺がセッティングすりゃあいいんじゃん!」
やる気満々の秋山は、仕事の合間を縫い、バックヤードに向かおうとするが、花子に止められる。
「まっ、待って!流石にそれは、唐突すぎますって!!」
「じゃあどうすんだよ?」
どっ、どうって…。
「こんばんは」
その時、まるでタイミングを測ったかのように、神楽坂がやって来た。
「お、噂をすれば!」
「どうしたの?今日確か休みでしょ?」
キョトンとしながら、花子が聞く。
「近くに用があったから、寄ったんだ」
「そっ、そうなんだ…」
「そう言えば、綾瀬先輩に聞いたんだけど、昨日、大変だったんだって?」
「あっ、綾瀬先輩、神楽坂君にまで言ったの?」
「今日、ラインがあってさ。それで」
「そっか…」
それを聞いた秋山は、何を思ったか、ははーん、と目を光らせる。
「お前、もしかして、心配で見に来たな?」
「えっ?!」
神楽坂は、ドキっと胸を高鳴らせて、顔を真っ赤にさせる。
「お、その顔は、図星だなぁ?」
ニヤニヤと嫌らしい顔をする秋山に、神楽坂は動揺する。
「そうなの…?」
キョトンとする花子を見て、神楽坂は口に手を当ててしどろもどろになる。
「い、いや、本当に、たまたま近くに来てて…っ!」
どうしても誤魔化そうとする神楽坂に、秋山は、確信をついた質問をする。
「神楽坂、お前、山田のこと好きだろ?」
神楽坂の顔は、更に赤くなり、茹蛸のようになっている。
「なっ、何言ってるんですか!そんなこと…っ!」
「ほんとか?」
頑なに否定し続ける神楽坂だったが、秋山の真っ直ぐな目で見つめられて、言葉を詰まらせる。
(この反応、もしかして本当に…?)
花子が胸を高鳴らせていると、店のドアが開いて、遮られてしまった。
「しっ、仕事戻りますっ!」
花子は、鳴り止まない鼓動を必死に抑えながら、レジに戻る。
神楽坂も、煩い胸の音を必死に抑えていると、秋山に突然腕を引っ張られる。
「本当の好きなら、早めに告れよ。知ってるだろうけど、あいつ、喜多川先輩にも告られてっから、早くしねぇと、取られるぞ」
そう耳打ちすると、何事もなかったかのように、前出しを始めた。
居心地が悪くなった神楽坂は、適当にドリンクを選び、レジに向かう。
「お会計、百二十八円になります」
「今週の日曜日、時間ある?」
不意に聞かれ、花子は確認するが、その日は朝から予定が詰まっていて、暫し悩む。
「十八時ぐらいなら、多分いけると思うけど…」
その日は、確か神楽坂もバイトだが、花子のすぐ後、十九時まで入ってる。
「じゃあ、十九時半に、会えないかな?どっかで、ご飯たべながらでも」
「うっ、うんっ!」
花子は、顔をパッと花が咲いたような、満面な笑みを浮かべる。
それじゃあ、来週の日曜日、十九時半に、と約束を取り付けた神楽坂は、颯爽と帰って行った。
その様子を、仕事をしながらこっそり見ていた秋山は、花子の近くにやって来て、
「頑張れよ!」
と、満足げな顔で、親指を立てながら言った。
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